めがね卒業宣言
栗尾りお
第1話
「この時期にイメチェン?」
足を踏み入れた途端、どこからかそんな声がした気がした。
朝の教室は騒がしい。飛び交う笑い声や話し声。それに混ざって聞こえるヒソヒソ声。いつもは気にしない雑音が今日は全部気になってしまう。
俯きながら早足で席に着いた私は、いつも通り本を取り出した。
ページを開き、文を目でなぞる。しかし何度繰り返しても内容が頭に入ってこなかった。
全身に突き刺さる視線。理由はわかっている。
変わりたくて、変われなくて。そんな私を変えたくて。
そんな理由で眼鏡をやめた。
私の好きな私になりたかった。鏡の前でやった笑顔の練習も。落ち着いて話す練習も。全部頑張ったつもりだった。
でもコンタクトを付けて姿見の前で作り上げた自信は、教室に入った瞬間消える。
……無理。
本を鞄の中に入れる。そして見慣れたケースを取り出し、席を立った。
再び席に着く。
騒がしいだけの教室。飛び交うだけの笑い声。ヒソヒソ声も周りの視線も今は興味ない。
だって全ていつもと変わらないんだから。
「あ、コンタクト外したんだ」
不意に話しかけられる。顔を向けると頬杖をつきながら彼がこっちを見ていた。
「……う、うん。やっぱり私は目立っちゃいけないかなって。教室の隅でじっとしているのが似合ってるし」
焦って早口で告げた自虐に対して、彼は何も言わず真顔で見つめる。その反応に一層恥ずかしくなる。
本当は堂々としていたい。自信を持って彼の隣に居られる存在になりたい。でも、こうして会話できただけで、もう満足している私がいる。
地味な姿で目立たないように生きる。これが私らしい生き方なんだろう。
「別にいいじゃん」
「え?」
「変わりたかったんだろ? なら周りの反応とか関係ないし。自分の好きな自分でいいじゃん」
真顔で喋っていた彼がニカっと笑う。
いつもの眼鏡姿。早口は治ってないし、笑顔も出来ていないと思う。
家での練習は全て失敗に終わったのに、なぜか今の気分は良かった。
めがね卒業宣言 栗尾りお @kuriorio
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