第42話 桜の下で

あのね、一つだけカイに言ってないことがあるんだ。

ちょっとだけ、ちょっとだけなんだけど

カイの泣き顔、鼻にシワが寄ってブサイクになるんだよ。

たぶん、お父さんに心配かけないように、

必死に泣くのを我慢してたからだと思う。

誰だって泣き顔なんて自分では見ないから、

女優さんみたいに可愛いくホロリって泣けないし、

どうしたって感情が顔に出ちゃうもの。

でもね・・・

涙を見せられるのは、きっときっと、

その人のこと好きだからって思わない。

愛しい人に肩を抱いて欲しいから、

優しく涙を拭って欲しいから・・・だよね。


駅に続く街路樹の桜が満開です。

敷地にあるソメイヨシノも、負けじと咲き誇っています。

ベランダにピンクの絨毯が敷き詰められたようで、とても綺麗です。

履いても履いても積もるので、そのままになっています。

手を伸ばせば、枝に届くと君が言って、

本当に届いたら「ほらね」と小さい葉っぱを取って見せた。

咲いたら、お花見なんて行く必要がないねと、君が言ったから、

そうだねと私も言ったけど、花びらが舞う木の下で、

おにぎりを頬張る君が見たかった。

いつも口いっぱいに頬張るから、

「美味しい?」と聞いた返答に困って、

慌ててモグモグする君が愛おしくて。


もう一度、ゆりっちって呼んで欲しい。

あの声で名前を呼んで欲しい。

そうしたら、私はあなたの胸に飛び込んで、

長い腕に包まれて、深く深く息を吸い込んで、

あなたの体温を確かめながら、顔をうずめられるのに。


三枝介サエグサカイ 享年21 2023年3月1日永眠



ご愛読ありがとうございました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私が月になる 琴音 @cackle

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ