【KAC20248】壊れためがねと愛しいキミ

あばら🦴

壊れためがねと愛しいキミ

 めがねが壊されてしまったカナタは私の手に導かれて歩いていた。私とカナタは高校からの下校途中で、目が特に悪いカナタは私が手を引かないと安心して帰れないようだった。

 私はカナタに言う。


「本当に目が余るよね、アイツら。もう頭に来た! そろそろいい加減にしてもらうから」

「うん……。いつもごめんね、ナナちゃん」

「なんでカナタが謝るのさ。いつもいじめてるあいつらが悪いんでしょ? もっと怒った方がいいよ」

「私にはできないよ。だから、ナナちゃんの強さが羨ましい」

「えへへ、そうかな。困ったことがあったらなんでも言ってね。私がカナタを守ってあげる」

「ありがとう。私、すごく嬉しい」


 カナタは今にも泣きそうな声で言うのだ。

 カナタがされているいじめは六人の女子グループによって行われていて、暴力を振るわれはしないものの、聞こえるように悪口を言ったりモノを隠したり壊したりと、陰湿極まりないことをされていた。今日カナタのめがねを壊されたのだってそうだ。

 そのいじめがいつから続いていたかは分からない。基本的にいじめっ子集団は気づかれないようにいじめをして、カナタも怯えているのかバレないように平然とするから、私も最近まで知らなかった。


 カナタは気が弱くて、それでいて友達もいなかったから、カナタに寄り添う人はいなくて、いじめを知っている人も見て見ぬふりだった。

 私を除いては。

 私は昔からイヤだと思ったものはイヤだと言う性格だった。堂々としているだとか勝ち気だとかとよく言われてきた。そんな私がカナタへのいじめを知った時、無視するなんて発想すら湧いてこなかった。

 以前学校の行事でカナタと話す機会があり、その頃から私は話しやすかったこともあってカナタと友達として接するようになった。その後から次第にいじめを知っていった。


 私がいじめっ子たちに強く言っていじめを辞めさせようか?と提案したことは何度もあった。しかしその度に彼女は報復を恐れて断るのだった。

 今現在私が握るカナタの手は、争いなんかまるで知らないような、無垢でしなやかな形をしている。


「めがねを壊されたのって今日で初めてじゃないんだよ。その時は壁とかを伝って、事故が起きないように耳をすまして帰ってたの」

「……大変だったね」

「でも、今日はナナちゃんがいるから。前みたいに怖い想いしなくていいのがすごく嬉しい。なのに私、ナナちゃんに何もしてあげられてない」

「え? そんなの気にしてるの? 別にいいんだよ。私たちは友達じゃん!」

「友達……。あはは。うん。なんだか恥ずかしいよ」


 照れくさそうに、そして心底嬉しそうにカナタは笑った。

 私に信頼を寄せて預けてくれているカナタの手。私がやろうと思えば事故に遭わせることもできるだろうに、それでも私に安心を見出して、カナタは私に全てを委ねてきた。

 私の中にはとても満たされるような何かを感じる。もっと欲しくなるような何かだ。

 純粋で心の優しい、そして孤独で不幸に陥っている、かわいいかわいいカナタが、真っ先に私を頼っている。それも大幅に信頼を寄せて。

 カナタの手を引いている間、その何物にも代えがたい快楽を噛み締める。


 カナタは私にいじめっ子への報復を辞めるよう言っているが、こんなことをされてはどこまでエスカレートするか分からない。特に今回のめがねの破壊は私的には許されるラインを越えていた。

 幸い、こんなこともあろうかと女子グループのまとめ役の住所は調べてある。カナタを家に送ったらすぐにでも話し合いに行ける。

 カナタ。キミのためだから。


「カナタ。私に任せてれば大丈夫だからね」

「うん。頼りにしてる」


 どんなにしようか。アイツの住所だけでなく、話し合いに有利な材料まで調べていた。

 いじめが無くなったら、カナタ。キミはもっと私に笑いかけてくれるよね。



 ――――――



 午後八時。アイツの家の前に私は来た。チャイムを鳴らして、出てきたアイツの母親に「西野リサさんのクラスメイトです」と言った。

 そしてカナタを守っている私のことを知っているリサは警戒するように出てきた。私は外を歩きながら話そうと提案し、リサは私のことを不気味に思ったのか不承不承そうに提案に乗った。

 共に歩きながらリサが言う。


「なんで家に来たわけ? 住所教えてないよね?」

「別に、なんでもよくない?」

「ダメだよ! プライバシーの侵害だから!」

「カナタに色々やってるアンタがそれを言うの?」

「……へぇ〜。知ってたわけだ。で? 話ってそのこと? まじでウザいんだけど」

「それもあるね。カナタへのいじめと、アンタの万引きの話」

「はぁ!? な、何言い出すんだよ急に!?」

「派手にやってるよね。私が撮ったのだけでも八つ動画があるよ」

「っ! なんでそんなこと知ってんだよ!」

「特別なことはしてないよ。最近アンタの後を付けてただけ。アンタみたいなのは、どこかしらでボロを出すだろうって思ってたし」

「まじで気持ち悪いんだけど……。うわ、ずっと付けられてたとか、ほんとキモい……」


 リサは露骨に引いた。


「その動画をスーパーの店長に見せて、警察や学校に色々とやってもらうのもいいけど、私はカナタのいじめが無くなればそれでいいの。分かるよね?」

「はいはい。辞めればいいんでしょ。ちょうどいい女だと思ってたら、お前が来てからやりづらかったんだよな。別にいいわ。あの陰キャと勝手によろしくやってろよ」

「それは良かった。あぁでも、まだ話はあるんだよ。来て欲しいところがある」

「はぁ? 早く帰らせろよ」

「……」


 私は無言で歩く。弱みを握られているリサは着いてくるしか無かった。

 私たちが来たのは夜の公園だ。


「で? なんなのよ話って」


 リサが私に問いかける。

 私は一方向に指を指した。


「あっち見てて」

「は?」


 リサが私に背を向けた。私は彼女の背中に接近して、隠し持っていたタオルでリサの口元を縛った。リサは驚いて咄嗟に取ろうとするが、私はそんな彼女に目掛けて蹴りをかます。


「っぐえぇっ!」


 リサは倒れ込む。倒れたところに私はさらに蹴った。

 恨みと恐怖で歪む顔を私の方へ向けた。彼女は声を出そうとするが口元のタオルのせいで思うように声が出せないようだ。


「んん゛ーーーーっ!」

「このことも黙っていてよ。アンタのお父さんって厳しい人なんでしょ? それも調べてあるんだよ。万引きしてたのバレたくないよね」


 私は来る途中にベンチの下に仕込んでいた木製バットを取り出した。


「私はいじめをやめさせに来たんだけど、やっぱりそれはそれとして、カナタをいじめやがったアンタのことは許せない」

「ん゛ん゛ん゛ーーーーっ!」


 私はリサの腹に五発、バットを振り下ろしてやった。遠慮なく思いっきり。

 本当はもっとやってやりたかったが、リサが泣きやがったので、学校に行けなくなるレベルになると面倒だと思ってこの辺で辞めることにした。夜になると人通りが少なくなる公園なのを知ってこの場所を選んだからバレる心配はしてない。


 ただ、バットを振り下ろしている間、私の脳内ではとめどない快楽が溢れた。それこそ、トマトをバットで打ち砕いた時のような、あの破裂したような感じだ。

 かわいいかわいいカナタ。キミのために私は動いている。キミはきっともっと私に感謝して、頼って、信頼して、ありがとうって、笑ってくれる。

 私だけの笑顔だ。


 口元のタオルを外した後のリサは、私が帰っていいよと言うと、痛みを抑えながらとぼとぼと帰路に着いた。家の中でリサは学校でのカナタのように、痛みがバレないように平然とするのだろう。

 彼女の後ろ姿を見送った後、公園の中で私は、カナタの手を引いた今日のことを思い出していた。あの手の感触。柔らかくて、スベスベで、そしてほんのり暖かかった。

 おしゃべりする時の可愛らしさも、助けた時に向ける純粋な笑顔も、カナタは私を虜にしたが、特に今日の手を引いている時の高揚は忘れられない。まるで……。まるで、そうだ。カナタを私のモノにできたような、そんな感覚がした。


 かわいいかわいいカナタ。

 安心して。

 キミの手を引くのは私だよ。

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