第4話


侍女たちは最初、よく働いていた。


しかし、結婚以来三ヶ月、夫でありこの屋敷の主である司が帰ってこないのを見て、対応が徐々に変わっていった。李瀬が望まれていない花嫁なのは明らかで、そんな女のために誠心誠意働くのは馬鹿らしいと思われたのかもしれない。

身支度の手伝いや掃除などがだんだん雑になり、しまいには離れに寄り付かなくなった。


さすがに食事まで抜いて餓死されては困ると考えたのか、食事だけは届けられるが、その内容も日に日に粗末になっていく。


そんな李瀬の扱いを良しとせず、他の侍女たちに隠れて仕えてくれたのが八重だ。


彼女は李瀬の一つ下で、侍女たちの中で一番の新入り。面倒な仕事をあれやこれやと言いつけられたり、理不尽に怒られたり、李瀬の世話をきちんとすべきだと進言したために嫌がらせを受けたりしていたという。

腹に据えかねて他三人と袂を分かち、李瀬のもとへ来てそれはもうよく働いている。李瀬にとって大恩人だ。


なお、司は数ヶ月に一度くらいの頻度で屋敷に戻っているそうだが、李瀬は結局五年で一度も会ったことがない。

というのも、彼は近場で仕事がある時の宿のようにこの屋敷を使っており、寝に帰るだけのことも多い。数日滞在する際も、李瀬は母屋に呼び出されなかったので、顔を合わせようがなかったのだ。


司は李瀬の四つ上で、婚約当初十六歳、結婚時は二十歳。力の制御に難儀しているという話だったが、常に全国各地を飛び回り祓魔の仕事を難なくこなしているのだから、今ではそちらもなんとかなっているのだろう。

であれば、妻の身を脅かす危険もなくなっているわけで、親が勝手に決めた結婚相手など不要のはずだ。


李瀬は、不要な身でありながら、この離れにずっと居座ってお荷物のまま一生を終えるのは御免だった。


幸いにして李瀬は植物を育てるのが得意で、薬学の知識もある。物心つく前に亡くなった祖母は植物に詳しかったようで、妖魔避けになるものなど祓魔師らしいものから、薬として使える薬草のことまで、たくさんの書き置きを残していた。


李瀬は親に顧みられず、体調を崩しても医者など呼んでもらえなかったので、よく隠れていた蔵や物置部屋で書き置きを見つけて必死で学んだのだ。


侍女たちに蔑ろにされはじめてから、李瀬は離れの庭の空いている場所を畑に変えた。作った薬は八重に協力してもらって売り、その収入で食料や娯楽品などを調達している。

自活できる程度の売上があれば十分なのであまり大々的に販売はしていないが、薬の評判はこの五年ですっかり広まっている。今なら自活も不可能ではないはずだ。


また、薬の材料を調達するために日中何度か森に入る中でわかったのだが、李瀬の霊力があまりに弱いからなのか、妖魔は襲ってこない。李瀬に妖魔がぼんやりと見えるように、妖魔にとっても李瀬は存在感が薄いのかもしれない。

流石に夜に出歩いたことはないが、あの感じでは、結界がない市井の家でも暮らせるのではないかと李瀬は考えている。


離縁する上で最大の障壁となるのは父だったが、この度の訃報である。


義父である一条家元当主は二年前に亡くなっている。李瀬と司の結婚を決め、取引を行った当人はともにこの世を去ったのだ。

今や、この結婚を継続する必要を感じている者などいない。


父の死を伝える兄からの手紙には、『当主交代の手続きが終わり次第、一条家に改めて謝意を伝える』『李瀬は達者でいるか。近々連絡するように』とあった。


おそらく、李瀬の手に渡る前に読まれても差し支えないよう、明確な書き方はしなかったのだろう。しかし文脈から察するに、結婚にあたって一条家から与えられた──もしかすると今も続いていたのかもしれない金銭的援助を打ち切るか返上するか。さらに、李瀬が望むなら花崎家に戻るのもありだと伝えているのだと思う。


(兄様が負い目を感じることなんてないのに)


兄も父の犠牲者だ。

李瀬はこれ以上兄にも負担をかけたくないし、花崎家に戻るつもりもなかった。


ただ、誰に憚るでもなく暮らしたい。そして、結婚にあたって動いたであろう多額の金銭を少しでも一条家に返して気分もすっきりさせたい。

それが五年の空虚な結婚生活を経た李瀬の望みだった。



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