第5話


その頃司は、二十戸ほどがまばらに建っている、山間の小さな村にいた。


「現場はこの先のようですね」


もう一人の祓魔師が、村長に渡された地図を片手に言う。


今日の仕事場は、この先にある天然の大きな洞窟だ。二週間ほど前から、得体のしれない不気味な音が聞こえるようになったという。

先遣隊の調査によると大型の妖魔が棲みついているとのことで、二人が派遣されたのだ。


(面倒な)


洞窟へ続く山道を歩きつつ、司は小さくため息をつく。


祓魔の仕事は危険と隣り合わせで、不測の事態が起こることもある。そのため、どんなに強い祓魔師でも二人以上で討伐に赴くべしと定められている。

しかし、司の場合は周囲に人がいるといろいろと気を使わねばならず、無駄に疲れてしまうのだ。


(……近場で待機させるか)


大物であればなおさら、存分に力をふるえるように一人の方が都合がいい。効率重視でそう結論を出し、司は前を行く祓魔師に声をかけた。


「ここから先は俺一人でいい。お前はここで待っていろ」

「しかし……! 討伐指令は私にも下されているのです。せめて現場には行かせてください」


追い縋られて、今度は大きめのため息が漏れた。ただでさえ痛む頭が一段と重く鈍い痛みを訴える。


(さっさと力を使わねば)


「ロウ」


面倒になり、手っ取り早く脅してしまおうと、使い魔の黒狼こくろうを呼び出した。

祓魔師でありながら、司は強力な妖魔を三体も従えている。重鎮たちは当初ああだこうだとうるさく文句を言っていたが、他の祓魔師が束になっても及ばないほどの力を司が示すうちに静かになっていった。


人よりずっと大きな狼の妖魔に唸られ、男は息を呑む。ついでに司は、漏れ出さないよう自分の中へと押し込めていた霊力を解放した。


「うっ……!」


霊力の干渉を受けたのだろう。祓魔師の男はすぐさま数歩後ずさりをする。


「わ、わかりました。ここで待ちますので!」

「……すぐに戻る」


目的の洞窟は、数分進んだ先にあった。

霊力で目を強化して、闇に包まれた洞窟の奥を見る。手始めに火球を出現させて飛ばすと、無数の球体に光が反射した。


「蜘蛛か」


キシキシ、カサカサと不気味で耳障りな音を立てながら現れたのは、巨大な蜘蛛の妖魔だ。ひときわ大きな親玉の後ろには、小さめの子分がひしめいている。


「虫なら金蛇かなへびの方か。来い」


爬虫類の使い魔を呼び、雑魚の相手を任せる。司は仮に洞窟が崩落しても脱出できるよう入り口付近へゆっくりと戻り、大蜘蛛と相対した。


(蜘蛛は素早いから範囲攻撃型の術だな)


司は祓う道筋を決めて、いくつかの呪符を取り出した。妖魔は祓うと跡形もなく消えるが、その前に爆散などさせて汚れるのは避けたい。


「霧雨」


司はまず細かな水滴を飛ばし、妖魔の体表を湿らせる。ただ湿らせるだけで攻撃力はないので、妖魔は警戒しているのか、動きを止めたままだ。

好都合なので、続いて氷の術式を組み込んである呪符を周囲に展開する。


「氷結」


一帯が一気に冷却され、大蜘蛛もみるみる凍りついた。抵抗するように少し足が動いたが、逃げ出すより早く全体が氷結したため成すすべはない。

最後に、大蜘蛛を閉じ込める形で結界を展開して、高火力で焼き尽くす。


「金蛇、下がれ」


雑魚蜘蛛の妖魔を咥えつつ、金蛇が素早く戻ってくる。それを確認してから洞窟の奥へ向けても業火の術を放ち、残りの妖魔をまとめて始末した。


ものの数分で祓魔完了である。


「図体ばかりでかい小物だな。黒狼、白狐、力をやるから適当に駆け回って消費してきてくれ」


金蛇は蜘蛛の妖魔を食らって既に満腹のようなので、他の二体を呼び、霊力を少し分け与える。二体はご機嫌で空へと駆けていった。

有り余る力が渦巻いていたせいで痛んでいた頭や、重かった身体が少しすっきりして、司の足取りが軽くなる。


待たせていた祓魔師と合流して討伐完了の連絡を済ませ、今日の宿へと向かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る