かけただけで賢くなるメガネ
透々実生
かけただけで賢くなるメガネ
実験は成功だ!
ふう、と体の力が抜ける感覚を覚えつつ、目の前の9歳の眼鏡の子供を見る。その眼鏡は、僕の発明品だ。
「眼鏡をかけると賢そうに見える」という言葉がある。それは所謂イメージの話なのだけど、僕はある日こう考えた。「本当に眼鏡をかけて賢くなったら?」と。
研究者の血が騒ぎ、すぐに開発に取り掛かった。金の匂いを嗅ぎつけた国や企業からたんまり資金援助を受けながら、数年かけて遂に『かけるだけで賢くなる眼鏡』が完成した。その仕組みは――残念ながら、秘密とさせて頂きたい。
で、今回秘密裏に応募をし、是非にということで総理大臣のお孫さんに被験者になってもらった。人間での治験は初めてだったが、無事に成功した――大学数学の問題を完答している時点で、成果は充分と見てよいだろう。
良いものができた。僕は明らかに興奮していた。
「さて、実験はお終いだ。その眼鏡を返してくれないか」
子供に要求すると、その子はにっこりと笑う。
「はい。もう充分ですので」
理知的にそう答えながら、素直に眼鏡を返してもらった。それからは何のトラブルもなく、無事に総理大臣の元へお孫さんを送り届けた。
さて、これから忙しくなるぞ。
僕は興奮冷めやらぬまま、極秘の眼鏡設計図ファイルを開きながら、2つ目の作成に取り掛かる。オフラインのパソコンを使っているから、情報を抜き取られる恐れはない。
***
その、1週間後のことだった。
「……は?」
コーヒーを飲みながら日課のテレビニュースを見ていた時のことだ。僕はあまりの驚きにコーヒーカップを落として割ってしまった。
そのニュースは、どのチャンネルでも大々的に報じられた。内容は、『かけるだけで賢くなる眼鏡の開発』。肝心の開発元は、僕が資金援助をしたのと全く無関係な会社だった。
おかしい。
僕はあまりの事態に混乱していた。
一体、どこから情報が漏れたのか。開発は僕1人で行なっていたし、開発に関する情報は全てオフラインのパソコンに入力していた。ここの研究室に来た人は何人もいるが、そのパソコンには一切触れさせていないし、大体触れられたところで、パスワードが解ける筈もない。
どうやって――。
呆然としながらテレビを眺めていると、開発の立役者の紹介に移る。その立役者が犯人だ――そう思って瞬きせずに目を凝らしていると。
「……嘘だろ」
思わず呟いた。
画面の向こうにいるのは、子供。先日実験をした、9歳の、総理大臣のお孫さん。
その子が、開発の立役者となっていた。
「……まさか」
あの眼鏡――「かけるだけで賢くなる眼鏡」。あれをかけてからあの子は、この眼鏡の仕組みについて思索を巡らせたのではないか。そして、なんと辿り着いてしまったのではないか。
この眼鏡の仕組みに。ノーヒントで。
『はい。もう充分ですので』
この前の実験で、眼鏡を返してもらう時に言われた言葉。急に背筋が凍る感覚がした。あの時、もう充分眼鏡の仕組みを理解したと言ったのではないか。
僕は愕然としたまま、テレビ画面を見つめていた。テレビに向かって屈託のない笑顔を向けるその子は、僕を嘲笑しているように見えた。
了
かけただけで賢くなるメガネ 透々実生 @skt_crt
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます