ヒロインに転生した私は地味めがねになって学園に通います

小春凪なな

ヒロインに転生した




「…なんて美少女……さすがヒロイン」


 とある男爵家の娘の部屋。その主である男爵令嬢は、鏡を前にして様々な角度から14年も見てきたはずの自分の顔を眺める。


 時折、『ヒロインってすごーい』などと呟きながら。


「…はぁ。思わず我を忘れて眺めてしまった」


 しばらく経って満足した男爵令嬢は、やっと鏡から離れた。


「まさかこんなにテンプレな転生をするとは…。しかも悪役令嬢の方じゃなくてヒロインの方に」


 テレビも冷蔵庫も何もない、中世の貴族のような部屋を眺めながらしみじみと呟く。


 私が転生したと気が付いたのは、ついさっき鏡に写る自分の姿に違和感を持った瞬間だった。


 膨大なもう1人のの記憶に頭痛と目眩がして、全てを思い出した。


 死んだ理由は、まぁ。夏を舐めていた。それだけ言っておこう。…室内だからって油断した。


 まぁ、ともかく転生したと気が付いた私は今までずっと鏡を見ていた訳だよ。


 艶やかな長髪は癖1つないピンク色。濃いピンクの瞳は大ぶりの宝石のように光を反射する。顔立ちは幼さと大人っぽさの中間と言うべきとても美少女。


 この容姿に転生するなんて嬉しくて堪らない。そして私は貴族である男爵家の娘、ご令嬢なのだ。


 アイリス・シーピー。


 それは今世の名前でありながら、前世で読んだある小説のヒロインの名前でもあった。


『努力家令嬢は天才公爵様に溺愛される』


 ヒロインが努力と綺麗な心で、若くして公爵家の当主になった天才公爵様の心を振り向かせて溺愛される王道ストーリー。


 天才の公爵様は若くして公爵家の当主になった天才公爵様のヒロインの溺愛っぷりと、2人の邪魔をする悪役令嬢への冷たい対応が天才公爵様の腹黒さとヒロインへの愛を感じた。


 そんな物語の、しかもヒロインに転生したなんて、私は私は…!


「……………面倒くさい」


 私は別にヒロインに転生して、玉の輿とかそんな事は全くもって望んではいない。


 物語は物語。それ以上でも以下でもない。


 高位貴族に対しての知識は頭の中に多少はある。その生活たるや面倒の一言につきる。


 朝から夜まで1分1秒何もかもが管理され、お世話される。


「そんなの耐えられない…!」


 前世庶民とちょっと裕福な男爵令嬢の記憶が混ざった新生アイリスでも荷が重い。


 恋した人の家だったら受け入れられただろうが、生憎恋する予定の天才公爵様は物語のヒーローとしては良いが恋愛対象としてはダメだ。


『ふん。そのピンクの髪色と同じく、思考すらもピンク色なのか?』


 それは、天才公爵様とまだ出会って間もない頃に言われたこの言葉で分かるだろう。


 天才公爵様の性格は、俺様で傲慢。才能と他者を使うカリスマ性以外を捨てたような性格だ。傲慢なところは作中のアイリスが頑張って改善される。


 そう改善するのはアイリスなのだ。


 つまり、しばらくは傲慢な性格を我慢しなければならない。そして頑張っても俺様なところは改善されるのかは不明。少なくとも作中では改善されていない。


「そりゃあ、若くして公爵家の当主になった天才なのに婚約者の1人すらいない訳だよ」


 前世で読んだ小説では、そんな問題ありありな性格でも狙ったヒロイン転生した者の話もあったが、やっぱり私には無理だ。


 他の転生ヒロイン達のガッツがどれ程凄いものなのかを理解した。


「……まぁ。物語の通りに動かなかったら世界が滅ぶとかそんな話ではなかったから、自由に生きよう」


 小説のシナリオを守ったら悪役の公爵令嬢が破滅するし、シナリオはガン無視して自分らしく生きる事を決意した私は考え疲れて眠った。


 布団は前世の私が使っていた物よりも数倍は上質な物だった。





「んー、これください!」

「はいよ!」


 翌日、私は街で買い物をしていた。


 記憶を思い出す前から私は魔術、それも何かに効果を付与させる付与魔術の勉強や実験をしていた。


 成果は、あんまりだったが、今ならば前世の記憶を思い出した効果で上手くいく気がする。みなぎる自信とやる気を抱えた私は即座に出掛ける事にしたのだ。平民のような服装で目立つピンク色の髪をフードで隠すいつもの格好で、付与魔術に使う鉱石や薬品等々を買っていた。


 そんな中で立ち寄った店で私は目を輝かせた。


「…あ!インテスが安い!この薬品があれば…!」


 私が見つけたのは、インテスと呼ばれる薬品。魔術と物質の結び付きの安定性を高めるこの薬品があれば色んな事が出来る。その代わりに高いのだが、この店のは安い上に品質は高く見える。


「あの!この……」


 そんな掘り出し物を逃すまいと店主のお婆さんに聞こえるようにしっかり声を出す。


「「インテスをくださいくれ!」」


 元気よく告げた声は、隣から聞こえた声とキレイにハモった。


「すまないねぇ。もうこれが最後の1つなんだよ」


 店主のお婆さんが非常な事実を伝えた事で私はハモった声の主、フードの男と他所で買ったら高価なインテスを奪い合わなければならなくなった。


「…そうか、おい。俺が先に声を掛けたんだ。俺が買うぞ」

「はぁ!?私の方が先だったわよ!」


 開始早々買おうと動くフードの男に抗議をしつつ、インテスの瓶に手を伸ばす。だが、手が届く直前で瓶は宙に浮き、フードの男の手元へいった。


「チッ!取らせるか。…今日はインテスを探し回ってやっと見つけたんだ。お前みたいなのよりも俺の方が遥かにインテスを有用に扱える。……会計だ」

「あ、ああ。まいど」


 そして好き勝手な事を言ったかと思うと、さっさと会計を済ませてしまった。


「なっ!?ちょっと待ってよ!」

「なんだ?難癖でもつけるつもりか?お前は一回も瓶に触れてすらいないのにか?」

「っ!?」


 抗議しようと呼び止めるも、ムカつく言い方で事実を突き付けられてしまい、言葉が出なくなってしまった。


「じゃあな。もう2度と会う事もないだろうが。まぁ精々頑張るんだな。そのピンク髪で」

「~~ッツ!?」


 最後に動いている間に取れてしまっていたらしいピンク色の髪を態々振り返っていじりフードの男は去って行った。


 怒りと驚きで声にならない声を上げた私を置いて。





 あのあと、店主のお婆さんに薬品を幾つか安く売って貰った私は家に帰ってベッドにダイブする。


 頭を埋め尽くす事は1つだけ。


「…これからどーしよ。後3ヶ月もしたら王立学園に入学しちゃう。そうしたら出会っちゃう」


 実はあのフードの男が振り返った瞬間に、顔が少し見えた。


 夜空のような色の瞳に挑発的な笑み。それでもその端正な顔立ちなら様になっている。


 息を飲んだ。


 だがそれは美しさにではない。


 既視感があったからだ。言われた言葉も含めて。


「…まさか番外編のエピソードの時のお店だったなんて」


 それは若き天才公爵で物語のヒーローであるレオン・ニドシュエとヒロインのアイリス・シーピーとの出会いの話だった。


 セリフの端々は違うものの、最後のセリフや流れは同じもの。きっとあのフードの下には輝くような銀髪が隠されているに違いない。


 それにしても抜かった。本編に気をとられて番外編の事を忘れてた。


「でも、番外編の数は多くないし、入学前の話は記憶通りならこの1話だけのはず。それならもう一回会う可能性はない…?」


 それでも収穫はあった。私のレオン・ニドシュエに対する感情だ。


「やっぱり無理。初対面の人の髪色をあんないじり方をする人と関わりたくない。私だって2度と会いたくないよ」


 元々あまり揺らいでいるわけではなかったが、今回の事で更に強く決意した。


「話さないように、目をつけられないように、記憶に残らないように」


 入学までの3ヶ月間、出来る事はやってやろう。


 あの挑発的でムカつく顔を一生瞳に写さなくても良いように、私は動き出した。




 そして3ヶ月後・・・・・・




 入学式の時期に咲く花の、桜のようなピンク色の花弁が舞う学園の門を、新品の制服を身に纏った初々しい少年少女達が通っていく。


「入学式…。ああ、ドキドキする」


 その中の1人である私も緊張しながら門を通った。


「…ご覧になって、あそこの方」


 そんな私に僅かにだが、視線が向けられているのが分かる。それは、好意の視線ではなく、好奇の視線。


「あら、なんて地味なのかしら」

「本当ね。焦げ茶色の髪に…なんなのかしら、あんなめがねを着けて。よく来れたわね」

「ふふっ、聞こえてしまうわ」

「可哀想よ。そんな事を言ってしまったら、うふふ」


 何処かのご令嬢達の話し声が聞こえた。


(ふふっ、上手くいったみたい)


 思っていた通りの反応をしてくれた事に、内心でほくそ笑む。


 今の私の格好は、ピンク色の髪を焦げ茶色に染めて飾り1つ着けずシンプルに1つ結びにしただけの髪型に、めがね姿だ。


 しかもただのめがねではない。


 特注した度数ゼロのピン底めがねである!


 ありふれた焦げ茶色の髪に、目がよく見えないピン底めがねの私は、何処からどう見ても田舎出身の地味な令嬢にしか見えない。完璧な格好だ。


 あの3ヶ月間、私は色々と動いた。学園の入学の取り止め、他国の学園への留学、だがどれも不発に終わった。


 そこで私は入学する事は避けられないのだと腹を括り、レオン・ニドシュエに学園内で会っても絡まれない方法を考えた。


 王立学園の敷地は広大だし、私の先輩にあたるので会う可能性は低いが、用心するに越した事はない。


 そうして考えて考えて思い付いたのが、


「話し掛けられないくらいの地味な容姿になろう!」


 だった。


 方針が決まった後は早かった。髪の毛を長く、しっかりと染められるカラーリング材を探し、良いものがなかったので製作した。


 めがねは知り合った魔法装備職人の人と協力して製作した。互いに意見をぶつけ合ってより良い物を作ろうとする。あの期間は大変だったと同時にとても楽しかった。


 レオン・ニドシュエに恨みは多少はあるが、情はない。


 例えヒロインに転生したとしても、私は私。心の赴くままに生きていくだけ。


 この地味めがねの姿で、私は平穏な学園生活を謳歌してみせる!


 期待を胸に私は歩き出した。





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 お読みいただきありがとうございます!


 楽しんでいただけたら幸いです。





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ヒロインに転生した私は地味めがねになって学園に通います 小春凪なな @koharunagi72

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