コンタクトレンズ

henopon

第1話

「コンタクトにしたら?」

 と、美帆が言った。学生食堂での、なんてことのないランチのときのことである。短い髪の彼女は大学でショートデビューした。高校までは大人しく、世を忍ぶ仮の姿だったと話すが、そもそもわたしは彼女の高校のことを知らない。ここ付き合って一年、彼女に関して言えることは少ない。ただお互いに過度に頼らないし、頼られないし、それでもなぜか頼れそうな人だ。そんな彼女が突然、メガネのことを言った。

「何で?」

 わたしは中華丼を前にしていた。

「う~ん」美帆は食べ終えた後のラーメンを脇にして、頬杖をついていた。「全体に地味じゃない?」

「はぁ…」

 一口レンゲを口に入れ、気にしていることを言うなぁと思った。わたしはいつも黒髪を後ろで結わえ、黒縁のメガネをしている。格好はフィッシャーマンズセーター(よれよれ)とジーンズ、スニーカー(くすんだ白)である。飲み会でもいつも美帆と隅で飲んでいて、他との絡まない。ただで飲み食いできるコンパのとき、対面が美帆だった。これがお互いに運の尽きなのかも。

「昨夜、一睡もしないで、うとうとしながら風呂で考えてたのよね」

「メガネの方が楽だし」

「楽とかの問題じゃないの。モテるとかモテないの問題よ。男の子も近づきづらいんじゃい?」

「美帆に言われたくない。誰とも付き合ってないじゃん」

「あるわよ」美帆は体ごと横を向いてふてくされた。「祇園祭の日…」

「それ、そいつに置いてかれたんじゃないの?」

「ムカつく話よ」

「それからどうしたって話は聞いてないけど」

「聞きたい?」

「まぁ」彼氏が欲しいし。「美帆が話せるなら聞きたいかな」

「友っち、優しいよね。でもね、ときに優しさは棘になるの。下段の蹴りの後、側頭部に回し蹴り食らわしてやったわ。バイト先でね」

「も、もういい。今は…」

「それからがおもしろいのに。話を戻すけど、もしかしてメガネに相手の戦闘力映るとか?」

「戦闘力?」わたしは小首をかしげた。「経済力の方がいいかな」

「ロマンなくね?」

「戦闘力にロマンある?」

「ホルモーするときとか」

「ホルモー?」

「万城目先生の『鴨川ホルモー』貸したじゃん。読んだ?」

「もうラスト。今週中には返せると思う」

「いいよ。他の人に貸してあげればいい。友達とか。おもしろいのは布教しなきゃ」

「そういう理由で実写版『デビルマン』も布教してるわけ?」

「あれは薄めないと」

 ファンにしばかれるだろうなと思いつつ、水を飲んだ。ファンなんているのだろうか。いやいや。わたしはニュートラルな立場だ。

「わたし、ホルモーあると思って入ったんだけどなあ」

 あるわけないじゃん。あんなもんあれば、今頃京都は大騒ぎだわ。てか世界が大騒ぎだわ。

「本部と連携してて、その情報が映るとか?骨伝導でインカムも備えてるとか。今もわたしのこと分析してるんじゃない?長崎出身。高校共学。非モテ。空手部とか。モテない歴=人生。4℃でもプレゼントして欲しいとか」

「そんな情報でメモリー消費したくないなあ。ただのメガネだよ」

「メガネかけてる人見たらすぐ考えるんだよね、電車とかで。身長163cm、体重◯kg。便秘気味」

 まったくいらん情報だ。世界が滅びる間際でもいらないし、仮に彼氏でもいらん。

「このうちの何人が何の目的でメガネをかけているのか。誰と通信し、どんな情報を得ているのか」

「何それ。そんな人いない。普通に目が悪いからだと思うよ」

「わたし、狙われてる?とか」

「狙われる理由あるの?」

「わたし、意外に美人じゃん?」

「そうだね。整ってるよ。顔もスタイルも」

「照れるわ」

「性格以外はね」

「オチつけるの関西だよね」

 何の意味もない会話だ。こうして日々堕落していくのか。いや、墜落なのかもしれない。大学は堕落、墜落、爆破スイッチの間に日常スイッチがあるようなところだ。。

「メガネ狩りに遭うわよ。お父さんからスニーカー狩りとか昔にあったて聞いたの」美帆は突然笑いだした「メガネ狩り!狩られたところ想像してみなよ。メガネメガネメガネ」

 美帆は天井向いて、両手でテーブルの上、メガネを探す振りをした。

「メガネは頭の上にあるわよ」

「あ…」美帆は頭に触れてかけなおすふりまでした。「つっこんでくれるのもいい」

「メガネはわたしのパーソナリティの一部なのよ。たかがメガネ、されどメガネなの」

 と答えると、

「どれどれ」

 美帆は体を乗り出してきて、わたしのメガネを外していればみた。

 そして、

「うん」頷いた。「やっぱりかけてた方がいいわ」

「どういう意味?」

「食べたら講義だね」

 美帆は青と白のストライプシャツで包まれた上体を伸ばした。

「怠いなぁ」



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