陸海の友人たち

花森遊梨(はなもりゆうり)

死に瀕しているけど私たちは元気です

海軍軍人にめがねはいない。なぜだと思う?


シーマンにキモオタはいらないからである。


結局のところ海軍とは日出る国のベストオブベストを集めたと言いながら実態は村の論理で全てが回っているのです。それも村の中でも最悪の因習村、レイシスト・ビレッジの村社会が軍艦をさらには海軍省を、あと色々あって日本を包み


痛った!!


帝都にある喫茶店(軍人・子供半額)の目立つ一席にて、女学生の掌底が華美な軍服の顔面にめり込んだ。


「作戦の問題ってのは海軍を貶しておしまいなんですか?んなことは中央勤務してから初めてやるべきだと思うんですがねえ!」

「実際に海軍は眼鏡が1人もいないんだからしょうがないでしょ!」


女学生に顔面を殴られたこの女将校の正体は今年で29歳の川喜多舞衣かわきたまい中尉。来年には年齢的に女として死に、ついでに大尉となって陸大受験資格を失うというダブルの死が目前に迫っている軍人さんである。もちろんどちらの死にも遺族年金は降りない


「海軍の本業は船の上で活動すること、波飛沫を浴びるとダメになるメガネはNGになるだけ、それをルッキズムだレイシストだというのは非常に心外なんですよ」

「言われてみれば、海軍にはメガネに頼らないすごい醜男が三人もいるしね、メガネがキモイ説は真っ先に否定されるべきなのかも」

「ええ、私もあんなのに抱かれるくらいなら自決不可避、異論は認めません」

ちなみに、陸軍軍人(♀)の顔面を殴った高等女学校の制服の少女の正体は海軍中尉の西澤明穂にしざわあきほ。年齢は同じく29歳。この歳で陸上勤務なのは、陸軍の連隊旗主みたいに、将来を有望視されている証である(と舞衣は思っている)。だが、こうやって人前では決して海軍の軍服を着なかったりと謎が多い。


「そもそもなんで海軍の私を巻き込んで受験勉強なんてすんですか?在京の部隊には一選抜のエリートだの下心丸出しで指導してくれる先輩にも事欠かないと思いますが」

「私にそういう先輩に恵まれていたらとっくにどこかの下宿か官舎に連れ込まれていたと思うけど?」


お互いのやることに反対するのが仕事で、たまには戦争もしている陸海軍の軍人が仲良くしているのには当然理由がある。


驚くなかれ、我が国には陸軍士官学校と海軍士官学校と航空士官学校と警察学校と帝国大学、国立にしてトップ校の一年生はみんな一緒くたにされる」という大変けったいなカリキュラムがあるのだ。そして卒業式も同じように五校合同で陛下まで来るのだ。


「同窓生同士がのちのち連絡がよくなる」というのは利点もあるだろうが、私にはよくわからない。なにせ3年満額で士官学校に通ったのに、友人は一人だけ、思い出どころか軍事書類の書き方とドイツに留学できなければ使う相手もアテもないドイツ語以外の記憶が一切ない軍人もここにいるからだ、全くもってシャイセ!である。

おまけに帝国大学の学生なんぞと同窓生にされるおかげで、卒業後は周りの収入が自分を差し置いて年々高くなっていくのをリアルタイムで見せつけられる地獄でしかない。



「今更にはなりますが、今、各地の部隊は一年の総仕上げたる秋季演習の真っ最中なのにこんなところで机にかじりついていられるのって」


「所属部隊で今回私だけが陸軍大学の初審に受かっていたから、としか言えない」

陸大の入学試験は、筆記試験の初審と口頭試験が主な再審と二段構え。 四月に初審。 それの合格の通知は八月、それから十二月に東京・青山の陸大で再審となる。


「八月に自分だけが初審を合格してたと知らされてもう大変、禁闕守護きんけつしゅご(徹夜で陛下の家を警備する仕事)明けで目が開いてなかった隊長の目がグワーッと見開かれてさ…」


「そして近衛遅咲きの花ともてはやされ、そのまま秋季演習なんざ出なくていいから勉強しろとほぼ一方的に言い渡され手今に至ると」


「なんでアンタは陸軍のことにそんな詳しいの?」


「どっちの軍も今まで居るだけだった奴が突然大学に行ける見込みになると似たような豹変をして、戦艦から放り出されたりするから…としか言えません」




いずれにせよ、若き軍人が30歳以降の若くない人生を明るくするために紙の上の戦争は続いていく。


これから先の物語は、おそらく華々しい戦争とか、百合百合の甘々なんてものはなく、平和な時代なのに軍の大学にも行けないまま大尉になってしまった軍人(♀)がこれからどう食いつなぐか考えていくものになる可能性は極めて高く、最終的に戦争も起きず出征すらしないままお国のためになることすらなく「死ぬ」という結末になる可能性も五分ぐらいはある。


だが、世の軍記物語は主人公以下、登場人物が適当なところでとりあえず死んで読者を泣かし、物語への興味を持続させるというのはある意味当たり前であるのだから、本物の軍人の私たちが突然死んでも不自然ではないだろう。ただ、軍記物語の主人公と違って「みじめな骸」をさらした上に、流させる涙は間違いなく感動ではないだけだ。


「そうそう、「可及的速やかに兵力を集中し、果敢に反撃して敵を撃滅すべき」のワードは作戦や命令を書く上で外しちゃあいけませんよ」

「紙の上のワードとはいえ、そんな丸投げ同然の命令とか作戦はさすがに」

「いいんですよ。命令なんざ無茶苦茶でも。昔乗ってた戦艦ではどんなにおかしな命令を出しても現場は「直ちに命令を実行」とだけ返信して、命令に従ってますって形だけ作ってあとは向こうでうまくやってくれるもんですよ」


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陸海の友人たち 花森遊梨(はなもりゆうり) @STRENGH081224

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