ニセモノ

雨琴

第1話

 黒歴史とは言い換えると「認めたくない若さゆえの過ち」だ。そして同時に若さゆえの過ちなんてものはいくらでもあるから、後生大事にひとつひとつを抱えてないで、見ないふりして成長するしかなかったのだとも。

 子どもの頃からヒーローや怪獣、ロボットアニメが好きだった。休み時間は自由帳に豚をモチーフにしたヒーローを描いていた。小学三年生になって初めてのクラス替えがあり、それまで別のクラスだったクラスメイトと話すようになった。いわゆる異文化との衝突だ。そして思いもよらぬ言葉をかけられた。


「それ○○のパクリでしょ」


 どうやら私が知らなかっただけで、他のクラスでも、豚をモチーフにしたキャラクターを自由帳に描く児童がいたらしい。や、知らんし。強いて言うなら私がそいつをパクったんじゃなくて、私もそいつも豚をパクったんだろ。なんて、このときは「パクリ」という言葉の意味もわからなかったし、実際無実であったので気に留めなかった。

 しばらく経ち、蛾をモチーフにした怪獣の映画『モスラ』のリブートを見に行った。モスラが大好きだった私は自分の自由帳に、屋久島の千年杉に繭を作ったことでパワーアップする展開を書いた。クラスメイトに見せると「『モスラ』のパクりでしょ」と言われた。このとき指摘されたことで、確かにパクりをしたと自分でも気づいた。もちろん悪気はない。東宝の著作権を侵害し毀損してやろうという意図もなければ、商売をしたわけでもない。でも自分は何か悪いことをしてしまったのだろうかと葛藤が生まれた。

 太宰治の『走れメロス』は元をたどるとシラーの詩であり、ギリシアやローマの伝承なのだそうだ。それを理由に「パクリ」と言っている知人がいた。しかしそれでは、むしろ翻案の仕方や文体などを味わう解像度がないことを自白しているし、だったら裏表紙に書いてあるあらすじだけ読めば、すべての読書は十分ということになってしまう。

 著作権侵害的な意味で剽窃やパクリが悪いというのは理解できる一方で、オリジナリティを何よりも貴重なものとして扱う傾向は何だろう。パクリとオマージュやパロディの線引きは度々論争化しているけれど、本歌取りなんて文化が日本にはあるし、創作物の公共財としての側面は昔から意識されていたことがわかる。

 そもそも何かを作ろうと思ったら、手本になる何かには似ざるを得ない。いきなりフリーハンドで作るのは難しい。

 尾崎豊みたいな内省的で破滅的なポエムを書いたり、桃井はるこを意識してエロゲーのタイトルを数珠つなぎにして歌詞を作れないか書いてみたり、アイデアやコンセプトを真似たというより、ついつい書かずにはいられなかった。書いてみたら楽しいんじゃないか。何かが変わるんじゃないかといてもたってもいられなかった。あとで読み返すことはできないくらいひどい出来だったけど。それをたとえ車輪の再発明と呼ぶのだとしても私はこの手で車輪を作ってみたかったんだよ。

 極論だけど「ありがとう」だって「愛してる」だって私が発明した言葉じゃない。日本語を使ってる時点ですべてが借り物で、誰かのやり方を手本に似せてきている。

守破離ではないが、似せて似せてそれでも似せられなかった部分を個性とかオリジナリティと呼ぶのかもしれない。

 権利侵害は論外として、権利者でもない人が「パクリ」と指摘してマウンティングできてしまうことに違和はある。真似してでも作りたかったし上手くなりたかったんだろうなってのは、幼ければ幼いほど納得がいく。

 一方でどんな手を使ってでもマウンティングしたくなる気持ちも理解できてしまう。勉強もスポーツもからきしだったから、小学生の頃はよく教室で局部を露出していた(これすらテレビで見たたけし軍団のパクリだ)。みんなが騒いでいるのを見ると強くなれた気がして、承認欲求が満たされた。

 あれ、こっちの話題のほうが黒歴史だったかもしれない。自分を粗末に扱っていた私が、自分を大事にできるように成長していく、キラキラしたセルフラブの話のほうが良かったのかもしれない。

 いや実際、私はキラキラどころか相変わらず、公園のベンチに座って、めくれた足の指の皮をちぎって捨てて、蟻がその皮を巣穴に運んでいくのを見て、自分も生態系の一部として所属できていると安心するような日常ですが。

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ニセモノ 雨琴 @ukin66

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