第12話 雪花



朝がきてしまった。


最期の1日だと言うのに身体が動かない。


それだけではなく、目がかすんでよく見えない。


その日はほとんど何もすることが出来ず華が付きっきりで看病をしてくれた。


時間が経つのは早いものでさっき登ってきたと思ったお日様はもう沈もうとしていた。


寝たきりの間、華の話をたくさん聞かせてもらった。


500年で出逢った人や起こった事、

思い出話を聞いていると1つ疑問が残ったことがあった。


瞬く間に夜がやってきてタイムリミットが迫ってきた。


華がお粥を作ってくれたがほとんど喉を通らなかった。


眠ったり起きたりを繰り返していたが、このままではいけないと、必死の思いで立ちあがろうとした。


俺はまた倒れ込んでしまったが、それを華が支えてくてた。


ひんやりと冷たい感覚が衣類越しでも伝わってきた。


「星を見ないか?」


「いいですよ」


堤防の先まで移動して腰を下ろした。

満足に座ることすらできない俺を見かねて華は自分の脚を枕にして、俺を仰向けにさせた。


「なんだか氷枕のようだ」


「こんな美少女の膝枕を医療道具に例えるなんて失礼な人ですね」


「自分のことを美少女だなんて三十路の女が言うもんじゃない」


「やっぱり今すぐ星にしてあげましょうか?」


「…星は見えるか?」


「はい、オリオン座もさそり座も、はくちょう座も北斗七星もとても綺麗に見えますよ」


「……それはいい夜だな」


「えぇ、ここに雪が降れば最高です」


「北斗七星とは、なんの星か知っているか?」


「いいえ、名前と形しか知りません」


「俺の胸ポケットに入っている煙草をとってくれ」


「これですか?」


「あぁ、最後の一本だから吸わせてくれるか」


「仕方ありませんね」


そう言うと華は俺に煙草を咥えさせ火をつけてくれた。


「くさいです…」


「悪いな、俺のこの煙草の銘柄は北斗七星っていう意味の名前なんだ」


「星を見て煙草を思い出すなんてロマンなんてあったもんじゃないですね」


「そう言うなよ、好んで吸っている煙草の名前ということもあって、北斗七星について昔調べてみたことがあるんだ…」


男はそう切りだすと、ゆっくりと語り出す。


「北斗七星っていうのは、実は星座の一部でしかなくて、

おおぐま座の尻尾の部分のことなんだ


でもクマにはあんなに長い尻尾はないはずだろう?


だがその昔、クマの尻尾は長かったらしいんだ


なぜ尻尾が短くなったのか、その理由をさらに調べてみると色々な説が出てきた


その中でも俺が最も好きだった話はこれだ」


「美味しそうに魚を食べるキツネを見つけたクマは、

自分も魚を食べたいと言うのだそうだ


そうするとキツネは、魚を与えるのではなく、釣り方を教えてくれた


その釣り方というのが尻尾を湖の中に垂らすというものだったらしい


クマはそれを間に受けて、ずっと魚が釣れるのを待っているが一向に釣れない、そのうち湖は凍ってしまった


慌てたクマは無理やり尻尾を引っ張ってしまい、尻尾はちぎれ、それ以来短くなってしまったのだそうだ


その話を聞いて俺は、クマはなんて優しいんだと感じた」



「どうしてですか?」

華はキョトンとしていた。



「普通に考えたら、酷い嘘をつかれたら怒るだろう?


キツネにも同じ思いをさせてやろうと復讐するはずだ


だってクマの方が圧倒的に強いはずだから


でも現在でもキツネの尻尾は長いんだ


これはクマが仕返しをしなかった証拠だ


たとえ騙されたと知っても、酷いことをされたとしても、

それを許すことができる人間になろうと、その話を知って俺は思ったんだ」



「ナナさんは、クマさんになりたいんですね」


「話を聞いていたのか?」


「ちゃんと聞いてますよ失礼な」


「じゃあナナさんはわたしがどんな嘘をついていたとしても、許してくれますか?」


「あぁ、年齢以外の嘘なら許そう」


「クマさんと同じく凍らせてあげましょうか?」


「君も何か俺に言いたいことがあるんじゃないか?」


「女の秘密をそうやすやすと聞くものじゃないですよ」


「秘密とは誰かを守るためにあるはずだ、君がそんなに悲しそうな顔をするのなら、守られたほうはとても不憫ではないか?」


「………」


少しの沈黙の後、華が口を開く。


「わたしは…初めて逢った日から…ナナさんがもうすぐいなくなってしまうことを知っていました…」


「そうだったのか…」


「わたしがこの世に戻ってきた20日の、1番初めに逢った人は必ず、26日までに死んでしまうんです」



「1人目のお婆さんも、2人目の重悟くんも、累計500人以上の死をこの目で見てきました」


「そして数回繰り返した後に気づきました」


「わたしの運命はきっとその人たちの最期を見届けることなのだと」


「わたしと出逢わなければ助かる人もいるんじゃないかと思って、わざと声をかけなかったこともあります」


「そうしたらその人はわたしと逢う前に死んでしまった」


「1人の例外もなく全員死んでしまったんです」



「だから…わたしのことを覚えている人はいません」



「出逢った最初の1人以外でわたしと話した方達は、翌年以降わたしの記憶がなくなっているようでした」


「だからあのラーメン屋の店主さんも、漫画喫茶の店員さんもスーパーのレジの方も、来年わたしのことを覚えている人はいません」



「どうせ運命を変えることはできないなら、最期くらいその人に少しでも笑顔になってほしい」



「そう思いながら人と出逢って、別れてを繰り返してきたんです」



「これがわたしがこの世界に戻ってきた業なんです」



「雪女というより、まさに死神ですよね…」



「…」



「それは天使の間違いではないか?」



「何を言っているんですか、わたしと出逢ってしまったがためにみんないなくなってしまうんですよ?」



「君と出逢わなくても結果は同じだったのだろう?

それに死神ならば最期に笑顔になどしてくれるわけがない」



「呼び方が違うだけでやっていることは同じです」



「君は言ったじゃないか

1度でも美しいと思ったのなら、それは内容がどうであれ真実なのだと


俺は君を美しいと思ったし、君と一緒に生活をして何度笑顔になれたか数えきれない」



「君がいなければ早く人生なんて終わりにしたいと思っていただけの人間が、こんなにもまだ生にしがみついている理由はどう説明すればいい」




「じゃあ死なないでくださいよ…」




俺の顔に氷の雫がポロポロと落ちてくる。



「あぁ…誕生日を一緒に迎えてくれ」



「もちろんです…でもナナさんの誕生日になった瞬間、わたしは消えちゃうかもですけど、寂しくて泣いたりしないでくださいよ…?」



「そうなったら、ここで1年間君の帰りを待つとするよ」



「そんな無茶な約束していいんですか?


わたし信じちゃいますよ…?」





「あぁ…君と出逢えてよかった…」





最期の言葉を振り絞り男は力尽きた。




「ナナさん…?」



「ちょっと起きてくださいよナナさん…」



「…嘘つき」




華はふと男の腕時計に目をやると時刻は0時05分頃だった。


驚きと悲しみと喜びの合わさった、今まで感じたことのない感情に、氷の涙を落としながらこう呟いた。



「お誕生日おめでとうございます…」



男の腕時計のついている手にまだ火のついた煙草が残っていたため、華はそれを自分の手にとった後、自分の口へと運び、見よう見まねで煙草を吸ってみた。



少しむせた後、倒れ込んだ際に偶然男とキスをした時の事を思い出した。





「わたし、恋…してたのかな…」





彼女がそう呟くと、辺りが少し霧掛かり先ほどまでは星などまったく見えなかった空には満面の星が輝き、それと同時に神秘的で綺麗な雪が舞う雪花の情景が広がった。



眩いほどの星の光で照らされた雪のスパンコールが、

1人満足げな顔で横たわっている男に、いつまでもいつまでも降り注いだ。



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セブンスター 野谷 海 @nozakikai

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