第11話 太公望



テントの中で目が覚めると、どうやら雪女は先に起きてテントの外に出ているようだ。


腕時計で時間を確認すると午前6時で、辺りはまだほんのり暗い。


時計をするのは久しぶりだが、キャンプ中時間がわからないのも不便なため、昨日電波腕時計を購入していた。


「おはよう」


「あ、おはようございます!朝ご飯できてますよ!」



それは食パンに目玉焼きとベーコンがのっているなんともうまそうな朝食だった。



「君、ちゃんと料理できるじゃないか」


「こんなの料理のうちに入りませんよ」


「そんなこと言われると俺の立つ瀬がないのだが」


「いいから先に顔洗ってきて下さい」


「あぁ、わかった」



顔を洗ってから朝食をいただくことにした。



「美味い…」


「ほんとですか?よかったです」


「これならこの前のオムライスも、君が作った方が上手くできただろうに」


「いえ、ナナさんの手料理が食べたかったんです」


「こんな冴えないおじさんの作る料理に付加価値がつくとは思えんが」


「料理の決め手は愛情ですからね」


「すまんがそんなものは一滴も加えた覚えがない」


「わかっていませんねー、

自然と溢れ出ちゃうものなんですよ」


「おっさんの愛情なんてものが自然と入り込んでしまう料理なんて恐ろしくて食えたものではないと思うが」


「あまり自分を卑下ばかりしているとご飯抜きにしますよ」



「そういえば雪女は飯を食わないと飢えたりするのか?」


「いえ、食べなくても問題はありません」


「そこらへんは便利なのだな」


「便利じゃないですよ!人間界には美味しいものがありすぎて、本当に困ってしまいます…」


「ずいぶん食い意地が張っているな

そんなことではいつか雪だるまのようになってしまうぞ」


「ナナさんを雪だるまにすることは、目玉焼きを作るよりも簡単なんですよ?」

ニコッとした表情とは裏腹に殺気を纏わせていた。


だんだんと日も上り、やっと目が冴えてきた。


「今日はどうしようか」


「せっかく釣竿も買ったことですし、釣りなんてどうですか?」


「俺は釣りの経験がない、教えてくれ」


「任せてください!これでも300年ほど前は太公望の華と呼ばれたものです!」



釣りを始めて1時間後…



「なぁ太公望の華さんや、釣りとはこんなに何もおこらないものなのか」


「うるさいですねっ!もう少し辛抱してください!待つのも釣りの醍醐味なんです!」


その時、華の竿が少し動いた。


「ほ、ほらナナさん、きましたよ!きっとこの引きは大物の予感です!」


勢いよく引き上げると、糸の先には長靴がぶら下がっていた。


俺は笑いを堪えることができなかった。

「醍醐味ではなく、粗大ゴミが釣れたな…」


「ハハハハハハッ」

「ハハハハ」


2人で大声をだしながら笑い合った。


「そろそろお昼ご飯にしましょうか」


お昼はカレーということだった。

俺は料理を手伝っても邪魔になるだろうと思い、

1人で釣りを続けていた。


すると華がいた時とは打って変わり、入れ食い状態で大漁と言っていい釣果だった。

これで晩飯にも困らないだろうと、魚が入ったバケツと共にテントへと戻った。


華の作ったカレーはどこか懐かしい味がして、

俺は2度もおかわりしてしまった。


俺が大漁で帰ってきた事を悔しがったので、午後からもまた2人で釣りをすることになった。


やはり華がいるからなのだろうか、まったく釣れずに時間が流れた。


堤防で2人並んで座りながら待ちぼうけていると、俺の肩に雪女がもたれかかってきた。


どうやら眠っているらしい。


この寝顔をずっと見ていたいなどと思っていたら、

俺もいつの間にか眠ってしまった。


目が覚めると夕方だった。


華を起こし、テントまで戻った。


「ではわたしは晩御飯の準備をしますね!釣れたお魚さんたちをいただきましょう」


「じゃあ俺は銭湯に行ってきてもいいか?」


「はい、ご飯作って待ってます」


もし誰かと結婚していたら、こんな感じだったのだろうか。


そんな事を思いながら銭湯へと向かった。


風呂からでると、意識が遠くなった。


「またか…」


先日倒れてから、何度か同じような症状に悩まされていた。


残りの時間は少ないのだろうが、せめてあと少し、誕生日を迎えるまではもってくれと願った。


俺は何事もなかったように装いながらテントへと戻った。


「おぉ、うまそうだな」


昼間に釣った魚たちが塩焼きにされていた。


「たくさんありますから、さっそくいただきましょう」


「いただきます」

「いただきまーす!」


「うまい」

「おいしーい!」


「これが自給自足ってやつですね」


「命に感謝しないとな」


「食べ終わったら少し散歩しませんか?」


「あぁ」


食事を終えると俺たちは海辺を歩き出した。


「とうとう明日を越えればお誕生日ですね」


「そうだな」


「わたしはしばらく誕生日を迎えていませんので、忘れてしまいましたがどんな気持ちですか?」


「30を超えてからは数えるのが嫌になったかな…

君の場合は数える必要がなくて逆によかったんじゃないか?」


「どつきまわしますよ」


「でも今回だけは楽しみだよ」


「本当ですか?じゃあ絶対一緒にお祝いしましょうね」


「誰かに誕生日を祝って貰うのなんて久しぶりだ」


「何か欲しいものとかはありますか?」


「欲しいものなんて、考えたこともなかったな…」


「何でも言ってみてください」


「君が隣にいてくれれば、それだけでいい」


「そうですか…」


華は少し悲しそうな顔を浮かべる。


「そういえば君の誕生日は2月19日と言っていたが…」


「はい、そうです」



「過ぎてしまって申し訳ないが、誕生日おめでとう」


そう言って俺はカバンから先ほど銭湯の帰り道に用意したプレゼントを渡した。


「これは、なんていうお花ですか?」


「シクラメンだ、君に似合うと思って」


「誕生日を祝ってもらうのは初めてです…」


「君には本当に感謝している

その感謝の気持ちを、形に残しておきたかったんだ」


「わたしのほうが感謝してもしきれませんよ…」


「喜んでもらえたならよかった」


「バカ…無愛想…エロガッパ…」


「ちょっと悪口がすぎないか」


「嘘です…本当にありがとうございます…」


拠点に戻ると華は嬉しそうにテントの中へとプレゼントしたシクラメンを飾っていた。


それを見届けて焚き火の前で俺は意識を失った。


「ナナさん!大丈夫ですか?ナナさん!」


「あぁ、、わ、悪い…」

体を動かそうと思ったが、おかしい…動かない。


「救急車よびますか?」


「呼ばないでくれ…少し休めばよくなるはずだ」


「とりあえずテントで横になって下さい」


「俺がたとえどんな状態になっても病院には連絡しないでくれ…」


「なんでですか?」


「ここがいいんだ…最後の願いだ…頼む…」


「わかりました…」


俺はその時から満足に立ち上がることすら出来なくなった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る