色眼鏡の世界と盲目になりたい僕ら
波津井りく
見えるもの、見えない人
僕はしがない白魔道士。冒険の道中では仲間を癒したり能力を補助するのが役割だ。
国王陛下の命を受け、魔物を倒すべく旅をする勇者さんのパーティーに加わっている。
「ハーキンス、ララナの腕を。解毒も必要だな、治癒を頼む」
「ぐるんぐるんするよぉ……はーくぅん……」
「ただちに! ララナさん患部をこちらへ。エスポワール」
「んあー……効く効くぅー」
「はい、もう大丈夫ですよ」
解毒した傷口も綺麗に治り、ララナさんはありがとうねと肩を回した。
テキパキ指示を出した勇者さんは今、魔物から生まれる宝箱を調べている。
「……罠はなさそうだ。何か旅の役に立つ物だと良いけど」
「不思議ですよね、何故魔物から時として宝箱が生み出されるのでしょうか」
「神様も魔物に困ってて、強いのや大変なのを倒したらご褒美くれてるんじゃない?」
「そうかもな」
思わずと言った調子で笑う勇者さんが宝箱を開ける。中には奇妙な……丸いガラスをフレームで繋いだ何かが入っていた。
「なんでしょうか、これ」
「さあ、使い方もよく……」
「あたし知ってる。世界樹の民が目のとこにこう、渡しかけてるの昔見たよ」
「目に?」
指の輪っかを目に当てるララナさんの仕草を真似て、ガラスを覗いた勇者さん。だが、うわっと声をあげた。
もしや呪いでもかかっていたのか。ゾッとして僕は勇者さんに駆け寄る。この人に何かあったら世界の損失だ。
「勇者さん!」
「いや……大丈夫だ。驚かせてすまない、多分ただの眩暈だ」
ふらふらと頭を振って勇者さんは謎のアイテムを下ろした。念の為に解呪をかけたが反応せず、呪われてないと証明するだけに終わる。
「持ち主を選ぶのかもしれないな」
「なら、あたしも試してみるね……なんか気持ち悪い」
少し覗いただけで、やっぱりララナさんも目を瞑る。流れで僕に手渡され、恐る恐る覗くと──……
「凄い、凄く世界がくっきり見えます!」
信じられないくらい色も形も鮮明だ。まるで靄が吹き払われたような、一気に視界が開けた心地だ。
これまで僕が見ていた世界は全て、妖精の悪戯で薄布を被せられていたんじゃないのか。
「そのアイテムは神がハーキンスの為に与えて下さったのだな。良かったじゃないか」
「はーくんの役に立つ物かぁ、神様に感謝した方が良いんじゃない?」
「そ、そうですね。いと貴き調和と創造の神よ、その慈愛と加護に感謝致します!」
慌てて祈りを捧ぐ僕の目には、その日以降謎のガラスがかけられた。
けれどそれは決して祝福ではなく、試練だったのだと後になって気付いたんだ。
***
「……どうかしたのかハーキンス、最近表情が暗い気がするな」
「いえ……どうぞお構いなく……」
「おいハーキンス」
「はーくんどうしたんだろうね、幾日も元気がないよ」
「ああ」
バタンと宿の扉を閉め、僕はベッドに横たわる。折角勇者さんが心配して声をかけてくれたのに、申し訳ない。
「でもこんなの流石に言えないよ……」
──僕は知ってしまったのだ。勇者さんとララナさんは見目麗しい美男美女だと。
なのに僕は魚みたいな顔で隣にいるの、もう凄く居た堪れないよ!
二人は何も悪くないけど、僕は限界ギリギリのしんどさに苛まれている!
「恥ずかしくって二人の顔が見れないっ……綺麗過ぎてビビる!」
神様ちょっと残酷じゃないですか、何故この世に顔面格差など作りたもうたのですか!
町中歩いてるとクスクス聞こえて来るはずだよ。ただ平和で人々が朗らかなわけじゃなかったんだなー!
ああもう微塵も知りたくなかったー、自分の客観的な顔面偏差値ー!
「うぅ……こんなことなら、いっそ何も見えない方が……っ」
ぐずぐずと視界がぼやけて、頬に熱い物が伝い落ちて行く。世界で一番惨めな気分になってしまう。
僕がこの顔で生まれたのは、別に誰の責任でもないのに。強いて言えば神様が憎い。
「こんなんじゃ駄目だ……もっと格好悪い……!」
けど意思に反して涙は止まってくれなかった。結局気付けば翌朝で、僕はノロノロ部屋を出る。ある決意を胸に。
「……勇者さん、僕もうパーティーを辞退します。これまでお世話になりました」
「何故だハーキンス、俺は信用に足りないリーダーだったか?」
「あ、あたしがお調子者過ぎて怪我ばっかだったから!? 面倒で嫌になっちゃったの!?」
「いいえ、お二人には一つの瑕疵もありません。勇者さんは常日頃から努力家で高潔で、子供の頃に思い描いた勇者そのものです。ララナさんはどんなに苦しい時も折れることなく立ち向かう、真に戦士の誇りを宿す方だ。お二人と旅路を共に出来たこと、僕は一生の自慢にします」
「やだよはーくん、これからも一緒に頑張ろうよ!」
「ハーキンス、俺にとって命を預けられる仲間はララナとハーキンスの二人だ。まだ未熟な俺を支え、苦楽を乗り越えてくれた二人だけが……」
「勿体ない言葉をありがとうございます。僕ずっと、お二人の無事と活躍を祈り続けますから!」
勢いのまま駆け出そうとした僕の肩をララナさんが鷲掴む。ぐぐぐと足が床を踏みしめるも微動だにしない。悲しきフィジカル差、シンプルに筋肉ぅ……!
「……こんなの絶対おかしいよ。あのアイテムのせいとしか思えないよ」
「……同感だ。責任感が強くて思いやりに溢れるハーキンスが、途中で投げ出すなんておかしい」
真顔の勇者さんがスラリと剣を抜く。魔物に絶大な威力を発揮する聖なる刃が、ヒヤリと額の皮膚に迫った。
「ひ、勇者さんっ……よして下さい僕は正気です勇者さんんん!」
「動かないでくれハーキンス、手元が狂いかねない」
「じっとしててねはーくん、すぐ終わるからね」
「確実に手元以外が狂いかけてますから!」
なまじ整ってるから余計怖い。見たこともない形相で二人に追い詰められ、僕はフッと気が遠のいた。直後に冷たい空気がスパッと、薄皮一枚を撫でて行った気がする。
「……こ、ここは?」
「あ、気が付いた?」
「無事かハーキンス、どこか痛むなら冷やすが」
目を覚ますと、僕はベッドに寝かされ二人に覗き込まれていた。
「はーくん大丈夫? 宝箱の罠に引っかかって気絶しちゃったんだよぉ。覚えてるー?」
「え、じゃあ……あれはただの、夢……?」
「何か夢に見たのか?」
勇者さんに問われ、どう説明すべきか分からず言葉に詰まる。
そっか、夢だったのか。確かに僕の視界はあの夢とは違いくっきりしてない。いつも通りの見え方だ。
「……いえ、もうよく思い出せませんね。ただの夢みたいです。ちょっと不思議な体験をした気がしたんです」
「ああ、夢なら誰しもそうだな。ともあれ無事で何よりだ。ハーキンスは俺達の生命線、大事な回復担当なんだから」
「全くだね! 今度から宝箱は無視しても構わないんじゃない?」
ララナさんが鼻を鳴らすと、勇者さんもそうだなと頷いて返す。
もしかしたら何日も気絶してしまったのかな、旅程と費用を無駄にして心苦しい。
回復担当が気絶なんて、戦線が崩壊してしまうじゃないか。白魔道士失格だ。
「すみません僕が不甲斐ないばかりに。身体は問題ないので、明日は遅れを取り戻せるよう、たくさん歩きますから!」
「なら今日はもう早く休むとしよう」
「そうだね、二人共おやすみー」
拳を握り表明すると、二人は責めもせず僕に笑顔を見せてくれた。
なんて器が大きいんだろう、あんな夢を見てしまったからこそ痛感する。僕も見習わないといけないな!
「……みたいな顔だったねぇ。良かった良かった」
扉を閉めた向こうでは多分、勇者くんがさりげなく意識誘導を続けているはず。
後はあたしが物証を処分しておしまい。宝箱の中身なんて何もなかった、いいね?
ゴミ箱の中にポイと落下した丸いガラスとフレームは真ん中で真っ二つ、見るも無残にべきべき。あたしの足がちょっぴり荒ぶったせいかもね。
罅割れ白く濁ったガラスはもう、何も見えないに違いない。
「神様って本当に余計なことしかしないんだね。あたし達から普通の友達さえ奪おうだなんて許さないよ。あんなはーくん、二度と見たくない」
へし折った世界が真実か虚構かはどうでもいい。あたし達はまだ、希望を見ていたいの。顔形じゃなく、あたし達を見てくれる人がいるんだって。
「勇者くんが勇者してくれるのは、はーくんが勇者くんに夢抱いてる間だけだろうしね」
真実を無視する勇気も時には必要だと、勇者くんが言ってた。あたしも同意する。
人間は少し盲目でいる方が、世の中上手く回るよね。
【終】
色眼鏡の世界と盲目になりたい僕ら 波津井りく @11ecrit
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