【KAC20248】彼のメガネを外す時

肥前ロンズ

第1話

 同棲している恋人のマサヒロは、メガネを掛けている。黒縁眼鏡は、その奥にある大きくて垂れた目を優しげに見せた。

 けどホントは目つきが悪いことを、俺は知っている。というより、メガネを外すと、睨みつけるように目を細めてしまうんだと。

 それを見た前の彼女は、「不機嫌そうな顔」だと捉えてフッたらしいけど、俺はそういう顔が好きだ。本人は気にしてるみたいで、ほとんどメガネを外すことがないけど。


 


 朝、洗面台に向かうと、マサヒロが硬直していた。

 流れる水道水。手には泡。鏡に映る顔にはメガネ。……これは。


「メガネ外すの忘れて、顔洗おうとした?」

「分かってるなら助けて!!」


 マサヒロの使っている洗顔料が結構高いことを知っている俺は、はいはい、と、隣につめる。

 俺より少し高いマサヒロが、少し下を向いた。俺はゆっくりと、メガネが掛けられた顔に手を伸ばした。

 綺麗な形をした耳から、ゆっくりメガネが離れる。

 いつもならこれは、キスする時の儀式だ。キスする時にぶつかってしまうから、その前に俺が外させる。同意をとる仕草でもある。

 今回はただメガネを外すだけなのに、何か壊れ物を扱っているような気持ちになった。くすぐったい気持ちと、心を預けられている甘さに、俺は思わず吸い寄せられる。


 が、容赦ないマサヒロの蹴りが来た。

 そんなに痛くは無いが、うっかりメガネを落としそうになる。あっぶね。マサヒロにとって大切なメガネが壊れなくてよかった。

 蹴ってごめん、とマサヒロは謝りつつ、


「でも寝起きに、キスはやめて。ホントに」


 衛生的に悪いから、と言われると、はい、と答えるしかない。

 顔を洗い終え、タオルで拭き終えたマサヒロに、ほら、とメガネを渡すと、じっとマサヒロは俺を見た。


「……早く、歯、磨いたら」


 そう言って、メガネを掛けたマサヒロは洗面所を出ようとする。

 ワンテンポ遅れてその意味に気づき、――その耳が赤くなっていたから、俺は思わず後ろから抱きしめた。

 

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