黒き藻は繋ぐ、友誼の皿を

五色ひいらぎ

東より来たる、神秘の料理

 隣国コンパーニョの港で、ワカメが年めがね頭から大発生しているという。取っても取っても生えてきて、入港する船の障害になっているそうだ。


「で、それが俺とどう関係がある」


 訊けば、話を持ってきた毒見役レナートは、深く溜息をついた。


「先方の姫がねめがねだったそうです。遥か東方には美味しい海藻料理があるといいます、いちど食べてみたいです、と」

「確かに東方の料理なんざ、知ってる料理人は他にいねえな……」

「両国友好のためです、頼みましたよ。それに」


 不意に、レナートの目が熱めがねを帯びる。


「未知の食材、未知の料理。ぜひとも、国王陛下に味わっていただきたいものですね?」


 そんなことだろうと思ったぜ。こいつは新奇な料理に目がねめがねえからな。言われなくたって、持って帰ってやるよ。

 頷けばレナートの目が、念めがね願叶ったり――と言わんばかりに輝いた。



 ◆



 コンパーニョで俺を迎えたのは、ワカメの黒山だった。港の娘が、根めがねこそぎ毎日採っているのだという。しかし使い道もなく、溜まる一方で途方に暮れているのです――と、港の役人は言った。

 そうか、だったら、調理法を教えてやれば人助けになるかもしれねえ。

 港の連中が見守る中、俺は早速調理に入った。

 追加で、山椒の若芽と葱を用意させた。それと上質な塩、適量の小魚。東方の神秘を再現するには、これだけあれば十分だ。

 熱湯にさっと通し、冷水に晒す。

 ワカメが粘めがねりを伴って、手に絡みついてくる。素早く切って、小魚の出汁と和えてやる。

 透明感のある藻が皿に盛られ、木の芽が葱めがねと共に添えられれば、みごと東方の神秘は一皿に結実する。


「『わかめと木の芽のひたし』だ。もっと凝った料理はたくさんあるんだがな、俺はこの素朴なやつが気に入ってる……それにこれなら、港の連中も自分たちで作れるだろ? 邪魔物が食材に化けるなら、万々歳だよな!」


 周りから大歓声が上がる。

 姫が願めがねった海藻料理。それが万民を救うなら、実にいいことじゃあねえか!



 ◆



 国に戻った俺は、まっすぐにレナートの元へ向かった。そうして、携えてきた鞄の留め金めがねを開けた。中では一つの甕が、粘めがねりのすっかりなくなった海藻を、ぎっしり詰めて鎮座していた。


「持って帰ってきたぜ。コンパーニョのワカメ」

「ありがとうございます。ですが、鮮度は大丈夫なのですか?」


 もっともな疑問だ。だが問題はねえ。俺は誇らしく胸を張った。


「東方にはな、海藻を日持ちさせる技もあんだよ。塩漬けにすれば保存食にできる。使う時は、水で戻せば元通りだ」


 頭の中で算段が働く。さあやるぜ。水で戻してサラダにするか。隣国でやった通りのおひたしにするか。せっかくだから、もっと凝った何かにするか。

 目の前ではレナートが、皮肉めいた笑みに、抑えきれない好奇心を滲ませている。

 ああ、最高の仕事だぜ。

 脅されて王宮に引きずり込まれた時は、一生を城壁の中で過ごすなんざ、夢がねめがねえ話だと思ったもんだが――意外と、そんなこともねえ。

 新しい食材、新しい飯。それが目の前にあるかぎり、きっとずっと俺たちは生きていける。

 究極の「食」を目指す道に、果てはねえんだからな!



【了】

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黒き藻は繋ぐ、友誼の皿を 五色ひいらぎ @hiiragi_goshiki

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