最終話 ガーベラの花束に想いをのせて…

「僕の部屋に置かれていた母からの手紙だよ。二人の葬儀が終わった後に気が付いたんだ…」

 そう言いながら、シュレオは手紙を私に差し出した。


「…よ、読んでも…いいの?」


「……」

 シュレオは無言のまま頷いた。


 私は手紙を受け取り、ゆっくりと中を広げて読み始めた。


 …長い…長い…手紙だった。

 そこには…


 シュレオは双子として産まれ、弟がいる事。


 おば様が双子を出産した時、シュレオのお祖父じい様が“双子は忌み子”と言って一人をどこかへ連れて行ってしまった事


 その後すぐにシュレオのお祖父じい様が心臓発作で突然亡くなり、双子の行方が全く分からなくなってしまい、ずっと探していた事


 その子供がやっと見つかり、今日迎えにいく事


 そして弟を連れて戻ってくるまで、心を整理しておいて欲しい事…


 そんな悲しい事情が書かれていた。

 そして、シュレオのご兄弟を迎えに行く途中、おじ様とおば様は馬車の事故に遭われてしまったのね…


「確かに祖父の世代までは、まだ双子が不吉な存在とされていた時代ではあったけれど…それだけではなかった。父上も双子だったんだ。ただ…一人は生まれてすぐに亡くなってしまい、祖母…父上の母君ははぎみも出産して数日後に亡くなった…その事は祖父の日記に書かれていたよ。


 祖父は祖母の事をとても愛していたらしい。あの当時には珍しく、恋愛結婚だったそうだから。そのせいで祖父はより双子に対して恐怖と嫌悪感が強くなり、母が双子を産むとすぐにもう一人をどこかへ連れて行ってしまったそうなんだ…


 僕は忌明いみあけを過ぎてから、手紙に書かれていた住所を訪ねた。弟は平民として生活し結婚していたらしいけれど…両親が亡くなった数週間後に、流行り病で夫婦共に亡くなっていたよ…もっと早く行っていれば…」

 シュレオは唇を嚙みしめた。


「…そ…そんな…っ!」

 やっとご兄弟に会えると思ったのに…


「あの女性…アンジー嬢は一人きりになってしまったジョイドの面倒を見てくれていた人なんだ。弟夫婦と仲が良かったみたいで…ジョイドはすっかり母親と思い懐いていた。僕には会ってすぐに抱きついてきたよ。…何か感じるものがあったのかな」

 

 シュレオが少し哀しげな微笑みを見せた。


「一緒にいた栗毛の男性はアンジー嬢の婚約者。来月式を挙げる予定だと言っていた。その事もあって早くジョイドを引き取りたかったんだけど、僕の方の相続の手続きやジョイドを引き取る際の手続きも重なって、思った以上に時間がかかって…そのせいで家に迎え入れる準備が整っていなかったんだ。だから、なるべく顔を見に会いに行くようにしていた。君が見たのはその時だったと思う」


「…そうだったの…え、じゃ、じゃあ、何で甥御さんを自分の子ってお父様たちに言ったの? 今までの話をお父様たちにしてくれていたら…」


「…そう言って…コルディア伯爵ご夫妻のお怒りを買えば…君を諦められると思ったんだ…」


「え…? どういう意味?」


 シュレオは神妙な面持ちで口を開いた。


「………怖くなった……

 最初は双子が不吉な存在なんて、馬鹿げた話だと思っていたよ。

 今の時代、そんな迷信を信じる者はいない。


 けど母からの手紙と祖父の日記を読んで…いろいろ考えさせられた。


 …祖父が突然心臓発作で亡くなったのも、両親が事故で亡くなったのも、弟夫婦が子供を残して亡くなったのも…もっと言えば、祖母も父の兄弟も…こんなに不幸が続いたのは全て…全て双子が生まれた事が理由なんじゃないかって思うようになったんだ…


 そして、双子として生まれた僕と結婚したら、君まで不幸にしてしまうんじゃないかって…そう考えたら更に怖くなって…このまま君と一緒にいていいのか? 別れた方がいいのではないのかって…ずっと悩んでいた…だから…だから…僕は…」


!!パアン!!


私の両手に顔を挟まれるように押さえられ、目を見開いて驚いているシュレオ。


「それで!? もし双子が原因だとして、そのせきを貴方が一人でになうの!? 双子だという不安を一人でかかえるの!?」

 怒鳴った拍子に、私の目から涙がボロボロと溢れ出した。

 

 …突然ご両親を亡くし、当主になって、実は自分は双子で兄弟がいたけど、会う前に亡くなっていた…


 次から次へと降りかかる状況に悲しむ間もなく、一人でどれだけ戸惑った事だろう…不安に思った事だろう。

 なのに、そんな状況の中でも私の事を考えてくれた…


 でも…だからこそ、私にはきちんと話してほしかった…!


「…エル…ナーラ…」


「今の話を聞いてっ あなたが双子だと聞いてっ 私が怖がると思った!? 逃げると思った!? 婚約破棄を望むと思ったの!? 10年も一緒にいて私がそんな薄情な人間にしか見えなかった!?」


「…ち、違うっ! そんな風に思う訳がない! けど……この話を聞いてもしも…万が一…君の僕を見る目が変わってしまったらって…そう考えたら怖くて…それに…ジョイドを引き取る事で周りからある事ない事、噂を立てられるだろうし…君にそんなつらい思いをさせたくなかった…っ」

 そう言いながらシュレオは視線を下に向けた。

 

「周りの目なんて関係ない!! 私を見て! 変わった!? 私のあなたを見る目、変わってる!?」


「……か…か…わってない……変わってないよ…っ…僕の大好きな星空のままだ…」

 シュレオの目から一滴ひとしずくの涙が流れた。

 私も涙を流しながら、シュレオに笑いかけた。


「変わらないっ 変わる訳ないじゃない! だから何でもかんでも一人でかかえ込もうとしないでっ 私も一緒に持つから!」


「エルナーラ…」


「…あなたが何も言わないから、私がどんだけ落ち込んだと思っているのよっ 隠し妻と子供がいたんだって…どれだけ驚いたか…!」


 私はシュレオの顔を両手で挟みながら、泣いているのか笑っているのか怒っているのか自分でも分からなくなっていた。


「……ご…めん……ごめん…エルナーラ……僕が好きなのは君だけだよ…昔からずっと…ずっと君だけを…」

「…………知ってる」


 私の言葉に一瞬きょとん顔になったシュレオ。


「…ははは」

「ふふふ」


 そして私たちは、泣きながら笑った。


 これからまた大変だわ。


 両親に婚約破棄の取り消しをお願いしなければならないし、事の顛末を話さなければならないし、ジョイドにも会ってもらわなきゃっ あ、その前に私が会わせてもらわなきゃっ …やらなければならない事がたくさんあるけれど…うん、二人なら大丈夫!


『あ…』


 私は窓際に飾ってあった四本のガーベラに気が付いた。

 自分の部屋にも飾っているのね…


「…ねぇ。シュレオはガーベラの花言葉を知っていたの? 本数でも意味が違うって」

 シュレオの隣で私は尋ねた。


「…うん。君に事情を話す事ができなくて手紙を書く事もできなくなった時、せめて気持ちだけでも届けたいと思って調べたんだ。それにガーベラは一年を通して手に入りやすい花らしい。だから、いつでも君に僕の気持ちを伝える事ができると思ったんだよ…ガーベラを見ると、いつも君の事を思い出していた…」

 そういうとシュレオは私の肩をぎゅっと抱き寄せた。


 私はシュレオの胸の鼓動を感じながら、これからシュレオの誕生日には、4本のガーベラの花束を贈ろうと考えていた。

 この気持ちがこの先も変わる事がないという思いを込めて…



 ――――あなたを一生愛し続けます―――――



                                  <終>

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婚約者の様子がおかしいので尾行したら、隠し妻と子供がいました kouei @kouei-166

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