不幸を呼ぶ眼鏡

和辻義一

船旅はスリル、ショック、サスペンス

「凄く大きな船だねぇ」


 港に着くなり、感嘆のため息と共に彼女が言った。


 何の気なしに応募した懸賞で、豪華客船クルーズのペア乗船券が当たった。沖縄・台湾クルーズ10日間の旅、ゴールデンウィークを丸々使った旅行になる。


 見上げんばかりの巨大な船体は、まさに「浮かぶ豪華ホテル」だ。事前に貰ったパンフレットによると、メインダイニングだけで5カ所もあって、その他にもフォーマル、カジュアルなレストラン、5カ所のバー、シガーラウンジなどなど、食事が出来る場所だけでももの凄い数がある。


 その他にも劇場、大浴場、映画館、カジノ、フィットネスクラブ、スパ、プール、図書館、ショッピングセンターなど、様々なアクティビティが充実しているそうで、とても10日間だけでは全てを満喫出来そうにない。もちろん、寄港先での観光も楽しみだ。


 乗船手続きを済ませて船内のサービス利用時に使用する「メダリオン」を受け取り、船に乗り込むと、スタッフの女性が船内図を使ってこれから俺達が寝起きする部屋の場所を案内してくれた――んだが、あまりにも船内が広すぎて、自分達の部屋に辿り着くまでに随分と時間がかかってしまった。


 彼女と二人、部屋に荷物を置いたところで、出港までまだ時間があったが、さっそく船内を見て回ることにした。


 「さっきはバタバタと通り過ぎただけだったから」ということで、まずはエントランスロビーを見に行くことにした。さすがは豪華客船というだけあって、三層ぶち抜いてのエントランスロビーはきらびやかで華やかだ。


 賑やかな音楽に合わせてロビーで踊る人々をぼんやりと眺めていたのだが、そこでくいくいと服の袖を引っ張られた。


「えっ、何?」


 彼女の方を見ると、さっきまでの楽しそうだった雰囲気はどこへやら、何やら真っ青な顔で一点を凝視している。


「ねぇ、あれ……ちょっと、洒落になんないわよ」


 彼女が指さす方を見て、俺もその場で凍り付いた。


 彼女の指先には、別のフロアを歩いている青いジャケットに灰色の半ズボン、白いシャツに赤い蝶ネクタイの、眼鏡をかけた小学生男子がいたからだ。


 しかも、その子の側には女子高生らしき女の子二人と、オールバックでちょび髭の中年男性が一緒だった。


「……あの、さ。今からでもこの船、降りた方が良くない?」


 涙目で、引き攣った笑みを浮かべる彼女。せっかくの船旅が台無しになりそうな俺は、思わず頭を抱えた。

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