うろたえ男子☆世良




(まずい―――――めっちゃ凄い破壊力なんだけど!?)






 逆転に次ぐ逆転で、先の見えない試合に、会場のヴォルテージが上がり、反比例して選手らは疲労が蓄積し、神経がキリキリと絞られる極限状態の中――


 コートに立つ世良は、むぐぐと下唇を嚙み締めた。


(やって、って頼んだのは確かに俺だよ? けどホントにやってくれるとは思わなかったし。なんなら効果も、ダチから聞いた出所不詳の半信半疑モノだったし?)


 頭の中では幾つもの「?」が飛び跳ねる勢いで噴出して、世良をプチパニックにする。切羽詰まった試合なのに、注意を削がれそうになっている。


(恥ずかしがりながら、やってくれるなんて! って云うか、照れまくってるのが丸分かりなのが可愛すぎんだけどぉぉ!!)


 自分の願いを聞き入れて、実行してくれた詩織の姿。それを観客席に見付けた世良は、張り詰めすぎて凝り固まっていた緊張感が、砕け散ってキラキラエフェクトに変化し、彼女を彩る錯覚を見て目を瞬かせた。


「世良!」


 だが、気が逸れたのも一瞬。すぐにチームメイトの呼ぶ声に反応し、身体は反射的に動き出す。


「おう!」

「そっちだ!」

「いけ!」


 短く声を掛け合って、読み通りに仲間が動き、ボールがリングネットを通る。


「っしゃーーー!」




 どんな転換点があったのか、忽然と緊張感による無駄な固さのとれた世良。その彼に引っ張られる形で、動きに精彩を取り戻し始めたチームメイトらは、拮抗したその試合をモノにした。


 試合後、どれだけチームメイトからその理由を聞かれても、彼がハッキリとした理由を告げることはなかった。ただ、何やら思い出し笑いをしながら「おまじないが効いただけだよ」と、嬉しげに話すのみだった。




 あの試合以降――。


 世良は、詩織と顔を合わせては、頼んだ『おまじない』を実行してくれた姿を思い出して、口許を綻ばせている。


「また笑ってる! やっぱり、あれってわたしのこと、からかったんでしょ!」


 今日も、教室で会うなり弧を描いた唇を目敏く見付けた詩織が、拗ねたように言う。


「や、からかってないから! 誤解だって。それに、ちゃんと効果あんの見たろ?」


「確かに、勝ったけど」


 モソモソと言いながら、唇を尖らせる詩織は、まだ不満げだ。


 確かに、友人から教わった『おまじない』は、あまりに馬鹿馬鹿しすぎて、世良だって微塵も信じてはいなかったのだ。まあ、そんなことを言えば、せっかく話せるようになった詩織を怒らせるのも目に見えるので絶対に内緒なのだが。


 あの時、自分のお願いとも言えない言葉を受け取り、会場へやって来てくれた詩織を見付けて胸が踊った。それなのに、いざ向き合うと、お互いが何も話せないままただ時間だけが過ぎてしまった。


 だからこその、別れ際――。


 なにか一言絞り出さねばとの焦燥感に駆られた世良が、ようやく捻り出せたのは、友人から聞かされた『逆転のおまじない』だった。


 どこか頼りなげに、もじもじと眼鏡を直す彼女に気をとられてしまったせいかもしれない。


「俺たちが負けそうだったら、眼鏡を上下逆にして掛けて欲しいんだ」


 告げたときの、彼女のキョトンとした顔は、更に胸をポワリと暖かくするもので……。


 けれど観客席での、詩織の姿――照れながら、たどたどしい手付きで眼鏡をひっくり返し、羞恥に頬を染めるだけでなく、目を潤ませる様子ときたら!


(すっっっ……っげーー破壊力だった)


 あれは、プレッシャーに押し潰されかけていた世良の全身に、ドカンと気付けの雷を落とされた衝撃だった。


 お陰で、それ以降の試合は、大きく育ちすぎた緊張感から解き放たれ、試合での動きを劇的に変えるに至った訳だ。正しく、逆転のおまじないだった。




「聞いてる!?」


 もぉ、と頬を膨らませる姿もまた心を擽られる。けれど、コートで目に飛び込んだ姿は、衝撃的に可愛らしくて、本人を前に思い出さずにはいられない。


「あ、また笑ってるし!」

「気のせい、気のせーい。ふふ」

「ちょっ、もぉ」


「勝てたのは、お前あってのことだから。――……また、次も頼むな」


 彼女を目に止めるたび、口許を綻ばせてしまう副産物を残した『おまじない』。



「え!――う、うん。行く」

「ん。――また、楽しみにしてる」


「はぁっ!?」


 一拍於いて、若干の怒りに眉を吊り上げ、ぶわりと顔全部を真っ赤に染めた詩織が想像したのは、間違いなくあの『おまじない』だ。


 世良としては、来てくれるだけで充分なのだが、彼女の勘違いを敢えて否定する必要もない。


(次の試合の楽しみが増えちゃったな)


「よろしく。期待してるね」

「もぉっ、期待しないで。って言うか、どこであるのか教えなさいよね」

「ん。絶対に教える。分かったらすぐに連絡する」


 おまじないを切っ掛けに、彼女と話すことは一段と増えたし、気安さも以前の比ではなくなった。


『逆転のおまじない』は、試合だけでなく、膠着した関係までもをひっくり返してみせたのだった。


 願掛けならぬ逆掛け――



 世良の友人がもたらした『おまじない』の真偽は分からないけれど、どうやら世良と詩織には効果があったらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

逆転のおまじない! めがねっコは、アイツのお願いに弱いのです 弥生ちえ @YayoiChie

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ