逆転のおまじない! めがねっコは、アイツのお願いに弱いのです
弥生ちえ
とまどい女子☆詩織
(わたし―――――だまされてる!?)
歓声に包まれる市営体育館の観覧席で、詩織はむぐぐと下唇を嚙み締めた。
(いやいや、
頭の中では幾つもの「?」がぐるぐると渦を巻いて、詩織をプチパニックにする。せっかく見に来た試合にも集中できずにいる。
(恥ずかしかったけど、勇気を振り絞って来たんだよ! なのに、なんてことしてくれたのよぉぉ!!)
一進一退の接戦を繰り広げる男子バスケの地区大会で、何度も歓声が沸き起こる。そんな中、詩織の頭の中は混乱を極めた叫びに占められて、観戦どころではない状態だ。
絶賛、詩織を混乱の渦に落とした張本人は、彼女の眼下のコートに居る。余裕のなさに顔を強張らせ、懸命に相手の隙を狙い、動きの先を読んで駆ける――世良だった。
折に触れ、ぽつりぽつりと言葉を交わす仲の世良は、詩織のクラスメイトだ。中学の1、2年で同じクラスだった時は、ほとんど話すことも無い間柄だった。それが高校へ進学して、再び同じクラスになった。顔見知りの少ない環境で、言葉を交わすようになったのは自然の流れだった。
「今度の日曜の試合、スタメンで出られるんだ」
「すごい! よかったね」
教室で交わした会話は、いつも通りそんな一言だけだった。来てほしいと言われたわけでもなければ、応援に行くねなどと約束したわけでもない。
カレカノなどでは勿論なく、友人と言えるのかも怪しい、ぽつりぽつりと言葉を交わすだけの関係だ。
だから、詩織が彼の出場する地区大会を――彼の晴れ舞台を見たい、と思ったところで、特別な意味などなく、勝手な自己満足に過ぎない。そう思ったから、友達を誘うこともしなかった。変に勘繰られて、からかわれるのが嫌だったというのもある。
だから、詩織は二の足を踏もうとする気持ちを奮い立たせ、ひとりっきりでやって来たのだ。
詩織が会場であるスポーツセンターの体育館へやって来た時、世良を含めた自校のバスケ部員たちも乗り付けたマイクロバスから降りて来るところだった。
眼鏡を掛けていても、部員の顔は解るかどうかの距離だ。けれど、大きく学校名と校章の入ったバスは見間違いようがない。
(もしかしたら、世良くんを見付けられるかな)
あまり近付くのも親し気過ぎて、とんだ勘違い女認定される恐れもある。そんな思いから、遠く離れたその場に留まり、じっと目を凝らして降車する面々を観察する。
だが、全員が揃いのジャージで固まる中、個人を見分ける難易度は高い。諦めかけたその時、何となく見慣れた背格好のひとりが、こちらに顔を向けた気がした。
(わわっ、世良くんが気付いてくれた!? ――って、えぇっ!?)
こちらに顔を向けた世良に、微かに心臓が跳ねた詩織だったが、彼がこちらに駆け寄って来てしまったから、心臓は、最早うさぎのタップダンス並にバクバク踊る。
「来てくれたんだ!」
世良が告げたのか、詩織の内心が漏れたのか分からない声が2人の間で弾む。
しっかりと顔の見える距離までやって来てくれた世良に、詩織は何か言葉を掛けようと、小さく唇を開け閉めするが、肝心の声は出てこない。そもそも、詩織は自分がどんな思いでこの場にやって来たのかすら、整理できていないのだから、想いを言葉にするなど無理だった。なんとなく視線を逸らし、俯き加減になっているのは世良も同じ様だった。
小さな空白が2人の間に落ちる。
詩織は、空気を読まずに下がってしまった眼鏡中央のブリッジを、不器用に摘まんで引き上げる。
全員がバスから降り切ったのか、世良を呼ぶ声が聞こえる。時間切れだ。あまりに短く、何を話すことも出来なかった時間は、嬉しくもあり、切なくもあった。
ちらちら背後を振り返る世良は、急かされたのが後押しになったのか、大きく息を吸うと真っ直ぐに詩織に向き合った。
「あのさ、俺、もう行くけど……ひとつだけ、お願いしても良いかな」
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