めがねストーリー

むらた(獅堂平)

めがねストーリー

「どうですか? この眼鏡、色々な物語が見られるでしょう?」

「ああ。素晴らしかったよ。不思議だね、この眼鏡は」

 黒髪の美少女の問いに、私は答えた。


 *


 今朝。

 彼女は唐突に我が家の玄関ベルを鳴らした。来訪者の予定はなかったので訝りながらドアスコープを覗くと、妖精のように美しい少女が佇んでいたではないか。

 私がこわごわ尋ねる。

「どういうご用件でしょうか?」

「こちらをどうぞ」

 美少女は理由を述べず、何の変哲もない丸眼鏡を差し出した。通販をした覚えも新興宗教に入った覚えもない私が疑問に思っていると、

「〝創作〟でお困りでしょう?」

 かくして、私はその眼鏡に手を伸ばし、物は試しと使ってみたのだ。

 この眼鏡は素晴らしいアイテムだ。装着するだけで、様々なストーリーが脳内を流れていく。


 一番目に観た物語は、『僕には三分以内にやらなければならないことがあった』という主人公の独白から始まるものだった。

 主人公は恋人の誕生日を祝うためにあくせくしているのかと思いきや、ラストに向かって不穏な空気が流れ、主人公はアレだったことが暴露される。ありきたりだが、内容は私の趣味の範疇だ。悪くない。


 二番目に観た物語は、『住宅の内見』のストーリーだった。

 何気ない不動産の下見のように見えるが、床のシミを見つけたことによって「これはまさか」という思いがよぎる。収納棚などを仔細に表現するあたり、作者は引っ越しを何度も行ってきた人間ではなかろうか。


 三番目の作品は、『箱』をテーマにしたものだ。

 成長したイジメ被害者が加害者を監禁し、「箱の中は何が入っているか当てろ」と脅す。悪趣味な展開だが、まずまずの出来だ。オチが一番目のものと若干重なっているのが気がかりではある。


 四番目は、『ささくれ』をお題にして作られたようだが、若干粗を感じる。話は面白いのだが、ホラーというよりオヤジギャグのような収束の仕方だ。


 五番目の物語は、『はなさないで』というストーリーだ。

 主人公の主婦がスマートフォンばかりを弄っていて、子供の面倒をみないという内容かと思いきや、意外な展開で締めくくる。こちらも収束はオヤジギャグに近いが、四番目より切れ味はあり、好みの範疇だ。


 六番目は、ダイイング・メッセージ『トリあえず』を解読する推理ものだ。

 なかなか読み応えのあるミステリで、登場するキャラクタも魅力的である。女コロンボといったところだろうか。いや、ミス・マープルというべきか。とにもかくにも、長編があれば観てみたい作品ではある。


 七番目の作品は一風変わっていた。『色』をテーマにしているようで、色鉛筆たちが惨殺(惨筆)されていく光景が描かれている。メルヘンホラーといった感じだ。


 *


「すべて、素敵な物語でした」

 私は率直な感想を述べた。様々なパターンがあり、楽しめたのは事実だ。

「それはよかった。では、八番目の物語をお楽しみください」

「はい。では……」

 私は眼鏡を再び装着した。


 *


 見慣れた風景だ。眼前にいた美少女が歩いている。

(どういうことだ?)

 美少女は一軒家に立ち止まり、玄関のドアベルを押した。この見慣れた家は、我が家ではないか。

「どういうご用件でしょうか?」

 物語の中の私が尋ねた。

「こちらをどうぞ」

 美少女は眼鏡を差し出した――。


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めがねストーリー むらた(獅堂平) @murata55

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