ローグの眼鏡・後編
短い時間ながらも眼鏡をかけたことで、ローグの眼鏡への憧れはますます強くなってしまった。
自分の眼鏡が欲しい。毎日きれいにレンズを磨いて、アクセサリーボックスの一番大きなところに仰々しく飾って、時々お洒落としてかけて。
想像は日に日に膨らんでいった。しかし、その眼鏡はといえば、学長の部屋のガラスドームの中か、博物館にしかない。学校帰りにもう一度博物館に行って、どんなに古くて壊れた眼鏡でも良いから売ってくれないかと頼んだが、顔見知りの学芸員に呆れた顔をされて追い出されてしまった。
「……あとは、学長室に忍び込んで盗むしか」
そこまで言ってから、ローグは口を覆った。
「さすがにダメだよ! 眼鏡と一緒に牢獄行きになっちゃったら、眼鏡に申し訳ないもん!」
そう自分に言い聞かせて心を落ち着ける。しかし盗みを働く心は落ち着いても、眼鏡への憧れの気持ちはちっとも落ち着いてくれなかった。
「……しかたない。明日、人間界に行こう」
翌日、ローグは一人で人間界に行き、眼鏡鑑賞をしていた。しかし今日に限って、眼鏡をかけている人は少ない。
「どうしてだろう。たまたまかな」
雨でテラス席も閉鎖されているせいで、窓際の席を選んだために見つけられないだけだろうか。どんな理由にしても、ローグは悲しかった。
――人間界に来れば眼鏡が見られると思ってたのに。
「……あの」
突然現れた声に顔を上げると、ローグと同い年くらいの青年が立っていた。
「これ、よかったらもらってくれませんか?」
そう言って差し出されたのは、べっ甲の眼鏡だ。
ローグはガタンッと椅子を倒しながら立ち上がった。
「えっ! こ、ここ、これって、べっ甲のメガネ!?」
「べっ甲風の眼鏡です。プラスチックでできてて」
「プラスチック?」
ローグが首を傾げると、青年は優しい笑顔で頷いた。
「でも、何でてきていても眼鏡は眼鏡ですもんね。い、良いんですか、本当にもらって」
もらう気満々でも一応お行儀よくそう尋ねる。
「はい。いつもうちに来て、ケーキを注文して、眼鏡の人を見てるでしょう。でも、ちょっと話を聞いてたら、なぜか眼鏡が買えないみたいだったから、俺のお下がりで良ければあげようと思ったんです」
「聞かれてたんですね、恥ずかしい」
「いつもお茶を注いでましたよ」
そう言われてみると、確かにこの青年の顔には見覚えがある。ローグはいかに自分が眼鏡をかけている人以外に興味が無いかを思い知った。
「そういえばそんな気がしてきました。すみません、気が付かなくて」
「いいえ。眼鏡してないですもんね、俺。ちなみにこれ、伊達眼鏡なので、視力関係なくかけられますよ」
「えっ! じゃあ、今も?」
「はい」
震える手で青年から眼鏡を受け取ると、ローグはゴクリとツバを飲み込んだ。
夢にまで見た自分だけの眼鏡だ。こんな形で手に入れることができるなんて。
ローグは胸にこみ上げてくる様々な思いを、もう一度ツボで飲み込んで、カチャッと音を立てて眼鏡をかけた。
すぐに青年が鏡を差し出してくる。
「やっぱり。想像通り、よく似合いますね」
魔法使いに眼鏡は必要ない。
高度な治癒魔法が誕生したことで、視力が落ちても調節することができ、日が眩しくても日よけができるからだ。そのため、魔法界には眼鏡もサングラスも存在しなくなり、長い時間が過ぎた。しかし――。
「最近はね、ちらほら眼鏡をかけている魔法使いがいるんだ。唯一顔に身に着けられるお洒落として、価値が見直されてるみたい。町を歩いてると、いろんな眼鏡とすれ違ってすごく楽しいんだ」
「よかったな、ローグ」
青年は嬉しそうに微笑み、ローグの空になったコップにお茶を注いだ。その目元にも、金縁の眼鏡が光っている。少しだけ大きいべっ甲風の眼鏡をかけたローグは、にっこりと笑った。
「うんっ。やっぱり眼鏡って素敵!」
【KAC20248】ローグの眼鏡 唄川音 @ot0915
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