婚約破棄、封印解除、全魔眼発動。

touhu・kinugosi

超重戦車、ルクレール。

 貴族学園の卒業パーティー会場である。

 宴もたけなわなその時、

「ルクレール公爵令嬢、お前との婚約を破棄する」

 アルフレッド王太子が、立ち上がりながら大声で言った。

 低いテーブルにのせられた皿鉢料理が揺れる。


 その先には浴衣をまとった小柄な少女。

 黒髪にスレンダーな体。


 顔の上半分を覆う牛乳瓶の底のような


「何故ですか」

 ルクレールと呼ばれた少女が聞いた。

 口元を覆う扇子とクルクル眼鏡。


「その眼鏡だっ、クルクル眼鏡と扇子で、顔が全然見えないだろうがっ」

「それにっ」

 グイッと隣にいた女性の腰を腕で引いた。


「エリナ男爵令嬢と真実の愛に目覚めたのだっ」


「いや~ん」

 腰をひかれた厳つい胸部装甲の女性が嬌声を上げる。

 ピンクブロンドの髪。

「だって~、アルくんと~、愛し合っちゃってるし~」

「ルクレール様に~、いじめられたんです~」


「そうだ、そうだ」

「陰口を言われて無視された、とか」

「教科書やノートを捨てられた、とか」

「階段から突き落とされた、とか聞いたぞ」

 騎士団長の息子、宰相の息子、魔法騎士団長の息子、大商人の息子が、お銚子とお猪口を片手に、口々に言った。


「この婚約は契約です、王陛下はご存じですか?」

 クルクル眼鏡をクイッと上げながらルクレールが聞く。


「ふんっ、父上は外交中だ、今俺がこの国で一番偉いのだっ」

「地味で素顔も見たことがないようなクルクル眼鏡のお前と婚約はごめんだっ」


「……わかりました、婚約破棄を了承します」

 力無くクルクル眼鏡がうつむく。

 彼女は厳しい王太子妃教育に耐えてきたのだ。

 心なしかクルクル眼鏡も悲しそうである。


「いらないなら俺がもらおうっ」


 バッ


 クルクル眼鏡が上を向いた。

 クルクル眼鏡の先に、大柄で見るからに武人というような男性が立っている。

「あなたは、クレイモア第二王子」


「魔王軍との戦いから帰ってきていたのかっ」

 アルフレッドが叫ぶ。 


「ははっ、魔王軍は国の外に追い出してやったわ」

「武の名門、ルクレール・デイビー・クロケット公爵令嬢」

 クレイモアが、クルクル眼鏡の前で膝まづいて手を取った。

「俺と婚約してくれないか」


「あ、え」

 フルフルと震えるクルクル眼鏡。

 赤くなっているようだが眼鏡で顔が見えない。

「は、は……」

 返事をしようとしたその時……


「大変ですっ、シュリー平原に魔王軍が現れましたっ」

 タンッと障子を開けて入って来た兵士が大声で言った。



「数はっ」

 歴戦の勇者であるクレイモアがすかさず反応した。


「約五千っ」


「……少ないですね」

「ああ」

 ルクレールとクレイモアがお互いの顔を見ながら頷き合う。

 王国がすぐに召集できる兵力は約一万。

 敵は半分だ。


「ははは、五千かっ、直ぐに出撃するぞっ」

 叫ぶ、アルフレッド。

「「「「おうっ」」」」

 答える側近。


「ま、待ってください」

 ルクレールだ。

 シュリ―平原は何度も魔王軍と激突した古戦場だ。

「一万の兵力をすぐに集められるのは、魔王軍もよくわかっているはずだ」

 クレイモアである。


「もう少し様子を見た方が……」


「はっ、俺に功績を挙げられると困るか?」

 魔王軍戦の勝利でクレイモアを王太子にと言う声もあるのだ。


「兄上……」


「出撃するっ、シュリ―平原に、”イッショケンメイ”を発動せよっ」


 アルフレッド王太子の命で、国内の貴族や騎士に、緊急招集命令、”イッショケンメイ”が発動された。


 場所は、シュリ―平原。



 金属製のほうきにまたがり、フルカバードの魔女型魔動甲冑が空を飛んでいる。

 頭上には、円形のEWAC用レドームがゆっくりと回る。

 眼下には、魔王軍約五千。


「こちら、ウオッチャーワン、魔王軍約五千、トロール5,オーガー10、ほか、ゴブリン、オーク、コボルトを多数確認」

「位置情報を送ります」


 ブウン


「きゃっ」


 近くに大きな岩が飛んできた。

 7メートル近い大きさのトロールからの投石だ。 

「投石攻撃を受けました、帰投します」

 ほうきに重力制御の魔法陣を光らせながら、偵察に来ていた魔女が身をひるがえした。


 パッ


 魔王軍の手前の平原に、転移の光と共に銀色の魔動甲冑が姿を現した。


 国家旗騎である銀色の魔動甲冑、”レオパルド”。


 アルフレッドが纏う王族専用騎だ。


 パパパパパッ


 その後に、それぞれの魔動甲冑を纏った側近たちが転移して来た。


「いや~ん」

 ピンクプラチナ色の傷だらけの装甲に両手もちのハンマー。

 量産型の魔導甲冑に身を包んだエリナ男爵令嬢だ。


 次に、その背後一帯が虹色に光輝く。


 王国騎士約八千と、上空に魔女飛行団約二千。


 緊急招集、”イッショケンメイ”に応え転移してきたのである。



「あやしいですね」

 ルクレールだ。

 兵力差約二倍。 

 普通なら負けることは無い。

「悪い予感がする」

 クレイモアである。


「セバスチャン」

「はっ」

 ルクレールの声に老練な執事が現れた。

「”ルクレール”の発進許可をお父様に伝えて」

「了解しました」

 スッと執事が目の前から消える。


「ついて行っていいかい?」

「……はい」

 ルクレールとクレイモアは、王都の公爵の館へ急いだ。


 広大な公爵家の敷地。


 ビイイ、ビイイ


 警告音と主にその前庭にある池が左右に開いていく。

 前にある木々が左右に倒れた。

 城壁が静かに開いていく。

 池の中から、巨大な戦車が上がって来た。


 全長約50メートル、全幅約20メートル、全高約7メートル。

 幅広の巨大な無限軌道キャタピラー

 巨大な旋回砲塔。

 その前方一段下左右に二門の砲塔。

 背後左右に対空機銃座二門。


 建国当時からこの国を守って来た、デイビー・クロケット家が誇る多砲塔超重魔動戦車。


 ”ルクレール”


 ルクレールもこの戦車から名づけられた。


「戦車前進」

 車長席に座ったルクレールが言う。

 クルクル眼鏡に体にぴったりとした黒い戦車用の軍服。


 ギギ、ギャリリリ

 ゴゴゴゴゴ


 壮絶な機械音と振動を周りに巻き散らしながら、巨大な鋼鉄の塊が動き出す。


 その振動は公爵家も含んだ王都の窓ガラスのほとんどにひびを入れた。


「針路、シュリ―平原」

 ルクレールだ。

「お嬢様、到達に約三日かかります」

 セバスチャンが答える。

「間に合うかな」

 隣に立ったクレイモアが言った。



 王太子たち王国軍が、シュリ―平原で魔王軍と向かい合って三日がたっていた。


「突撃だあああ」

「いや~ん」

「「「「うおおおお」」」」

 ついにアルフレッド王太子とエリナ、側近たちが敵に突撃した。

 アルフレッドのレイピア、エリナのハンマー、側近たちの武器がオークやゴブリンたちを蹂躙する。

 戦力差は倍だ。

 小細工せずに正面から突撃はある意味正しい。


 しかし、左右に広がった魔王軍。

 左右には、トロールとオーガーを配置。

 王太子たちがいる真ん中は、オークやゴブリンが削られながらもゆっくりと後退。

 左右は、トロールやオーガーが粘りながらゆっくりと前進。

 いつの間にか王太子たちが半円状の魔王軍にかこまれていた。


 ここで魔王軍の伏兵が現れる。

 姿隠インビジリティの魔法で姿を隠していたネクロマンサー部隊である。


 シュリ―平原は、何度も戦いが繰り返された古戦場。

 たくさんの死体、たくさんの怨念が積もっていた。


   一斉に


 王国軍の足元の地面の中からゾンビやスケルトンが立ち上がった。


「う、うわあああ」

「アンデッドがあああ」

「に、逃げろお」

「足元からああ」

 王国軍はパニックになって壊走し始める。


「こ、これはっ」

「そんな~」

「まずいですよ」

「やばい」

「囲まれた」

 王太子たちの周りに半円状の魔王軍。

 その円の出口を多数のアンデッドが立ちふさがった。


 パキイン


 アルフレッド王太子のレイピアが折れた。


「え~い」

 アルフレッドに襲いかかろうとしたオーガーをエリナのハンマーが粉砕する。


 バシュウウ


 アルフレッドの魔動甲冑のわき腹から白い煙が噴き出た。

「オーバーヒートだっ」

 マナジェネレーターが過熱しすぎ、強制冷却に入った。


 ガクン

 ドゴオッ

 

「ぐわあああ」

 アルフレッド片膝をついた瞬間、オーガーにピックで殴られた。

 各部の装甲をまき散らしながらふっとんでいく。

「アルくんっ」

 エリナが受け止めた。

「「「「アルフレッド王太子っ」」」」

 側近たちが周りを囲む。


 ガツッ、ガガツッ


 オーガーが、王太子を守る様に囲んだ側近たちを殴りはじめた。


「だ、駄目だああ」

 側近たちの甲冑が徐々に剥げて生身の体がむき出しになっていく。

「なぶってやがる」

 騎士団長の息子が言った。



 バウウウウウゥ


「命中っ」

「命中ですよっ」

 機銃によって穴だらけになったワイバーンが墜ちていく。

 対空砲座に座ったメイドたちがガッツポーズをした。

 ”ルクレール”の乗員は約20名。

 公爵家の執事とメイドたちが乗り込んでいた。


「ああっ」

「まずいな」

 王太子たちが魔王軍に半円状に囲まれている。

 次の瞬間、足元からアンデッドが立ち上がった。

「出口をふさがれました」

 ルクレールが椅子から立ち垂直の梯子を上る。

 砲台の上の甲板に出た。


「めがねの封印を解きます」

「戦車が動けなくなります」

「クレイモア様、フォローをお願いします」

 ルクレールが頭を下げた。


「ふははは、存分に」

 クレイモアは戦車後部の格納庫に移動。

 自分の魔動甲冑で出撃するためだ。

  

「ねがね、第一封印を解除」

 眼鏡のクルクルが薄くなる。

 目の周りに光の魔法陣がゆっくりと回った。


「遠距離精密砲撃用測距術式魔眼、”当たりませ”発動」


 戦車を中心に半円状の光の幕が発生。

 その膜の表面に複数の数字とマーカーが映し出される。

 仰角と距離、マーカーに合わせて砲撃すれば命中する。


「魔女飛行団に着弾地点の観測を依頼して」

「了解です、ルクレールお嬢様っ」

 近くにいたメイドが車内電話でセバスチャンに報告した。

「主砲および左右副砲、焼夷榴弾装填っ、目標、王太子の逃げ道付近」

 ルクレールが伝声管に言った。


 ガココン


 伝声管の先で、メイド服をひるがえしメイドたちが砲弾を薬室に込める。


「お嬢様っ、装填完了しましたっ」


「発射」


 ドドオオオン

 ドオン、ドオン

 

 戦車からオレンジ色のかたまりが三つ、空に飛び去る。


「着だ~ん、今っ」

 飛行団の魔女の声が無線から聞こえて来た。

 包囲された半円状の出口付近に火炎の絨毯が出来ていた。

 ゴブリンやオーガー、アンデッド、全て等しく燃え上がる。


「王太子たちを助けるぞっ」

「ついてこいっ」


「はいっ」

 何人かの騎士がついてきた。

 クレイモアがシールドとランスを構え、背中と肩の後ろから魔術式ジェットを吹かせながら、地面を高速でホバリングしていく。

 焼夷榴弾の炎をかき消しながら、王太子の元へ。

 周りにいたオーガーをランスで串刺しにした。


 アルフレッドの甲冑はボロボロで所々生身が見えている。

 骨折もしているのだろう、王太子本人の意識がない。


「アルフレッド王太子っ」 

 側近とついて来た騎士に担がれて逃げだした。

 

「こっちだ」 

 クレイモアが先導する。


「はいっ」

 ブウウン

 エリナがハンマーを振り殿しんがりとなって逃げ道を確保した。


 王太子も含めて全員何とか、”ルクレール”まで避難できたのである。



 王太子も救出し、戦線は膠着状態になった。

 ネクロマンサーのアンデッド召喚により、王国の数的有利も無くなりつつある。

 さらに、敵にはまだトロールが健在であった。


 ”ルクレール”内の救護室のベッドにアルフレッド王太子が寝かされている。

 包帯が全身に巻かれている。


「なんだ、俺を笑いに来たのか……」

 アルフレッドが、訪ねてきたルクレールに力なく言った。


「いえ」

 ルクレールが、クルクル眼鏡の無表情をアルフレッドに向けた。

「アルフレッド王太子にお願いがあります」 

 ルクレールが頭を深く下げた。


「デイビー・クロケット・システムの使用を許可して欲しいのです」


「んん? なんだそれは…… まあいい何でもしてみるがよい」

 アルフレッドが力無く言った。


「あ、兄上っ」

 デイビー・クロケット・システム。

 異世界から伝わった究極破壊兵器。

 異世界の超大国が開発した、携帯型カクバズーカだと聞いている。


「セバスチャン、王家より、デイビー・クロケット・システムの使用許可が出ました」

「広域魔法陣が展開されたら、全兵士は魔法陣の外に出るように伝達して」

「了解です、お嬢様」

 

 ルクレールがもう一度砲塔の上の甲板に出た。

 遠くには黒くうごめく魔王軍。


「近くで見ていてもいいかい?」

「はい」

「それと、改めて婚約してくれるかい?」

「……はい」

 クルクル眼鏡が恥ずかしそうにふせられた。

「じゃあ、魔王軍を倒して帰ろう」

「はい」


「めがね、第一から第五封印まで解除」

 クルクル眼鏡がゆっくりと外される。


「きれいだ」

 クレイモアが思わず口に出した

 少し切れ長な涼しげな瞳。

 瞳の色は黒。

 魔力を帯びて虹色に光り始めた。


「当たりませ、守りませ、閉じ込めませ、冷やしませ、送りませ」

「全魔眼同時発動成功」


 魔王軍の真ん中に巨大な球形の魔法陣が展開される。

 と同時に戦車の砲塔の基部が開き、先のとがった円筒形のものがつきだした。

 ICBMと異世界の文字で書かれている。


「発射」 

 ルクレールが言った。


 紅い炎を上げながら円筒形のものが上空に。

 上下逆になり、魔法陣の中に落ちた。


 地上に太陽が出来た。


 魔法陣の中に、周りを放射能から、熱線を、高熱を、放射能をもと来た異世界に


 トロールとネクロマンサー部隊を蒸発させられた魔王軍は這う這うの体で撤退して行った。

 魔法陣の中の地面は、高熱にさらされてガラス化している。

 その結果に魔王軍も王国軍も等しく恐怖した。


「帰りましょう」

 ルクレールがクルクル眼鏡を掛けながらクレイモアに言った。



その後、アルフレッド王太子は、ルクレールと勝手に婚約破棄したことと、倍の戦力にもかかわらず王国軍兵士に甚大な被害を出したことの責任により廃太子された。

 自分の指示で、魔王軍の罠にかかりたくさんの兵士が死んでいったこと、許可しただけとはいえ、地上に太陽を作り出してしまったことで、権力の恐ろしさを実感した。

「王に……、向いていないのだろうな……」

 アルフレッドは大人しく廃太子に従った。

 

エリナ男爵令嬢は、戦場で勇敢にアルフレッドに付き従い、逃げるときに殿しんがりを務めるなどの武勲が認められ、エリナ本人に子爵の位が与えられた。

 領地は元の男爵家に隣接する土地を与えられる。

「アルくんは~、うちに来るといいんですよ~」

「そうだな」

 アルフレッドはエリナに婿入りした。

 アルフレッドは、政治の場には二度と出てこず、二人は片田舎の領地で仲良く生涯を過ごした。

 側近たちは、アルフレッド王太子の愚行をいさめることは出来なかったが、戦場で命を懸けて守ったため、廃嫡はまのがれ勲章を授与された。

 やはり、アルフレッドと同じように大人しく過ごしている。


 アルフレッドの廃嫡によりクレイモアが王太子になった。

 ルクレールと正式に婚約する。

 将来二人は王と王妃になり、魔王軍の進攻を防ぎ続けた。

 また、五人の子宝に恵まれ生涯幸せに過ごす。


 王宮に飾られた二人並んだ肖像画。

 クレイモア王とクルクル眼鏡のルクレール王妃。

 やはり口元を扇子で隠して顔は見えない。


 王家に口伝で、クルクル眼鏡を取り王妃の素顔を見るときは、世界が亡ぶ時だと伝えられている。

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