ココロレンズ

湖ノ上茶屋(コノウエサヤ)

【KAC20248】


 ――あんたみたいな人はレーシックしたほうがいいんじゃない?

 ――ってかなんでコンタクトにしないの?

 こういうことを言ってくる人は、だいたい目が悪い人。

 メガネを使いづらいものと思ってて、レーシックとかコンタクトにするっていう選択をした人。

 だから、メガネのことを何にも知らずに否定しているわけじゃないって分かってる。

 レーシックとかコンタクトが快適だからオススメしてくれているって分かってる。

 だけど、私はなんだか、言葉の中にメガネに対する棘を感じる。メガネなんてっていう、下げを感じる。

 だから聞くたびに嫌だなって思うし、メガネ使ってて何が悪いんだ、どうしてレーシックしたりコンタクトを入れなきゃいけないんだって頑なになる。

 

「ねぇ、スポーツやるのにメガネって、不便じゃないの?」

 テニスの途中、休憩している時に問われて、私は心の中でラケットを構えた。きっとまた、メガネ下げが飛んでくる。

 飛んできたら私は、それを打ち返してやるんだ。

「うーん……」

「汗でずり落ちてこない? あたし、コンタクト嫌いでさ。本当はメガネがいいんだけど、スポーツの時は仕方なくコンタクト入れてるの。時々しかやらないスポーツのために、時々眼科に通ってさ。メガネだったら買ったらそれっきりだっていいのに、目にくっつけるからって何度も眼科行って、使い捨てのレンズ買って、使いきれずに捨てて」

 カララン――。

 実物のラケットが手から滑り落ちて、軽やかな音が鳴った。同時に、心のラケットも似た音を鳴らし、ふたつがハーモニーを奏でる。

 いた。

 身近にいた。

 メガネ下げしない、メガネ愛を持つ人がいた。

 テニスの時にしか会わないから、私は彼女がメガネユーザーだと知らなかった。

「どうかした?」

「ううん、なんでもない。プロとかだったらキツイかもだけど、趣味でやるくらいだったらヘーキだよ」

「ほんと? ねぇ、メガネ屋さん、どこ行ってる? りっちゃんと同じとこのメガネにしたら、あたしもメガネでテニスできるかな」


 テニスのためだけに会う関係だった私たちは、初めてコートの外で待ち合わせした。

 行きつけのメガネ屋さんに案内して、私が気に入っているシリーズの中から、さっちゃんに似合いそうなものをピックアップしていく。

「ねぇ、りっちゃん。普通のフレーム選んでもらってるところゴメンなんだけどさ……。もしよかったら、二人でお揃いのスポーツメガネ作らない?」

 

 初めての、お揃いの、スポーツメガネでコートに立つ。

 いつもより楽しい気持ちが湧いて、それがラケットにのる。

 心地良い音が、リズミカルに鳴り響く。

 空が柔らかく微笑みながら、私たちを見ている。

 ――そのメガネ、いいね!

 休憩中、隣のコートの人が私たちにそう言ってくれた。

 

 ふと、思う。

 もしかしたら、今まで私は、不満そうな顔でメガネをかけていたのかもしれない。

 だから、メガネ下げされていたのかもしれない。

 今のように、楽しい気持ちで、それを隠さずにいたのなら、こうして「いいね!」って言ってもらえるのかもしれない。

 メガネを愛する者として、もっと胸を張って生きなくちゃ。

 

 メガネにズレはないけれど、どうしても触れたくなって、そっと撫でる。

 隣を見ると、さっちゃんがほっぺたを赤くして笑っていた。

「いいねって言われちゃったね。このメガネ、買って良かったね」

「うん。スポーツしやすいだけじゃなくてさ、大切なものを見せてもらえた気がする。本当に、買って良かった」


 太陽がジリリ、肌を焼く。

 ボールを打って、打ち返される。

 熱をくれる太陽に、ハーモニーを返す。

 世界が色鮮やかに見える。

 今まで見えなかった光まで、今は見える気がする。

「ごめーん! 変なところに飛ばしちゃった!」

「ヘーキ!」

 楽しい時間は、足が速い。

 私たちは終わりの時間がくるまで、一秒も無駄にしないように、ひたすら打って、奏で続けた。



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ココロレンズ 湖ノ上茶屋(コノウエサヤ) @konoue_saya

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