4月その①
昔、好きな人がいた。
仲が良かったその女子とは卒業前に告白されて付き合うことになったけれど、それからしばらくして結局別れることになった。
それが中学から高校にかけての話。
結局振られてしまったけど、彼女のことが好きだったのは間違いなくて。
あの時の経験から、遠距離恋愛はしないと決めていた。
きっと同じ事を繰り返すことになるだろうから。
だからあの時後輩の選んだ解答は、後輩にしか選べない、唯一互いの関係が切れない答えだった。
「ねえ、センパイ」
桜並木の下で、後輩が振り返る。
長かった髪をバッサリと切った彼女は俺と最初に部室で顔を会わせた時と同じくらいスッキリとした後ろ髪をして、俺が卒業したあの頃より少しだけ大人びた表情をするようになっていた。
入学式を終えて、慣れないスーツに少し動きづらそうにする後輩が、それでも綺麗な姿勢で背筋をピンと伸ばす。
「どうした、後輩」
「約束守りましたよ」
「ああ」
あれから一年。
後輩は今日、俺と同じ大学の入学式に参加していた。
「よく頑張ったな」
本当に、一年前から考えたら奇跡とは言わないまでもかなりの難題だったであろう大学入試を合格して今こうして後輩が目の前にいる。
「センパイのおかげですよ」
「いや、後輩の努力の成果だよ」
勉強を多少手伝った俺から見ても、やはり本人のやる気と努力が凄かったと思う。
「でも、うちのお母さんも泣いて感謝してましたよ?」
後輩の母親とは顔を会わせる機会があってから、後輩が大学に受かったのは俺のおかげだと思われているらしい。
本当に大したことはしてないんだけど。
「というか絶対、センパイと私が付き合ってると思われてましたよ?」
「それは直接否定したんだがな」
あの一年前の約束通り、俺たちはまだ恋人ではないし、実際に恋人同士のようなこともしていない。
むしろお互いの距離感なら、卒業前の方が近かったかもしれないくらいだ。
「もしかして、迷惑でしたか?」
「いや、覚えがめでたいのはいいことだろ」
「なら良かったです」
今まで恋人同士ではなかったけれど他人という訳でもなかったし、それにこれからは一緒にいるんだから。
後輩の努力の結果、今こうして互いに同じ大学に通うことができて、これから三年間はまた同じ所に通える。
だから俺も、答えを出さないと。
緊張に指が震える。
一年前に感じた想いと、一年間で積み重ねた想いに、胸がつまる。
もしかしたら、一年前の後輩もこんな気分だったのかもしれない。
いや、最後の答え合わせをするだけの俺と違って、あの時の後輩はもっとずっと不安だったはず。
だから今さら俺が、怖気づくわけにはいかないよな。
「後輩」
「なんですか、センパイ」
俺の呼び掛けに、後輩は嬉しそうに応える。
きっと後輩にはなんて言おうとしてるのか、言う前に伝わっている。
だけど、わかってるからといって直接伝えなくていい訳じゃない。
だからいつかの時とは逆の立場で真っ直ぐに目を見て言った。
「好きだ」
「えへへ、告白されちゃいました」
照れるように、はにかむ後輩。
その言葉が後輩の一年間の努力に見合う価値があるかはわからないけれど、一年前の約束の答えはちゃんと今日伝えられた。
「んじゃ、帰るか」
「はい、センパイ」
一年振りに、後輩と並んで歩き始める。
少し進めばスーツ姿の新入生の人混みと、サークル勧誘の上級生でごった返している。
普通なら後輩も勧誘される側なんだけど、今日は直帰だ。
「そいや後輩、髪スッキリしたな」
「はい、折角の入学式ですし、スッキリしてみました」
先月は背中の真ん中まであった後ろ髪は、今はバッサリと切られて肩に届かない高さで揃えられている。
折角伸ばしたのにもったいない気もするけれど、今の短いのも似合ってるんだよなあ。
「どうですか、かわいいですか?」
「スーツ姿はかわいいとは言わんだろ」
後輩のスーツ姿は若干着慣れてない感じはあるけれど、そこもまた悪くない。
「じゃあ大人っぽいですか?」
「そうだな、後輩ももう大学生だもんな」
もう成人だし。お酒は飲めないけど。
二十歳になったらお花見をしながら一緒にお酒を飲むのも良いかもな、なんて思う。
「なあ、後輩」
「なんですか、センパイ」
二年前の夜桜も、一年前の卒業式の桜も、入学式で見ている今の桜も、どれも綺麗で記憶に残っている。
でもそれはきっと後輩と一緒に見ているから。
「桜、綺麗だな」
そんな言葉に、隣に並んだ後輩がおかしそうに笑う。
「それって、英訳すると『I love you.』ってやつですか?」
「言っちゃったら台無しだろ……」
折角のエモい雰囲気が台無しである。
「そんなに露骨に脱力しないでくださいよ。もう一回、ちゃんとしますからもう一回お願いします」
「やだよ恥ずかしい」
「そこをなんとか」
なんて頼まれて渋々さっきのやり取りを繰り返す。
「なあ、後輩」
「なんですか、センパイ」
「桜、綺麗だな」
「私も大好きですよ、センパイ」
それは言葉の裏に隠した気持ちへのシンプルな答え。
そしてそれは、さっきの俺の告白に対する答えでもあった。
真正面から見つめられて、言われた言葉に顔が熱くなるのを感じる。
ああ、もう、本当に、コイツには勝てないな。
「そうだ、センパイ」
「どうした」
「記念に一枚撮ってもいいですか?」
「ああ」
頭上には桜が咲いていて、その後ろには大学の講堂が見えるこの場所は、入学式に記念撮影するには一番のアングルだろう。
もう何度目かの慣れた流れで、スマホの画面に収まるように顔を寄せる。
「なんか懐かしいな」
「あの時は夜でしたけどね」
二年前に俺と後輩が初めて一緒に撮った写真を思い出す。
あの頃は互いにこんな関係になることも、同じ大学に通うことになることも間違いなくて想像してなかった。
「それじゃあ撮りますよ」
「おう」
後輩の声に応えて、更に顔を寄せる。
そのまま後輩がスマホを操作してパシャリとシャッターの音が鳴る。
それと同時に、俺の頬に柔らかいものが触れた。
「そういえば、この一年間はセンパイは先輩じゃなかったんですよね」
大学の敷地を抜けて、帰り道を歩いてる途中に後輩がそんなことを言う。
たしかに、この一年は同じ学校に通っていたわけでもないので厳密に先輩後輩の関係ではなかったと言えるかもしれない。
「どうせだし、呼び方変えるか?」
付き合い始めるなら呼び方を変えるには良いタイミングだろうか。
「んー、とりあえず保留で」
「まあそれでもいいか」
別に今の呼び方が嫌な訳じゃないし。
急に名前で呼ぶって言うのも慣れないしな。
これから三年間も一緒にいるんだから、変える必要が出てきたらその時にまた考えればいい。
逆に言えば、留年しなければ四年後にはまた俺が卒業しているんだけど。
「センパイは一年先に卒業しちゃうんですよね」
「そうだな」
「そしたら、どうしましょうか」
流石にもう一度、一年間待っててくれますかと後輩に言わせるつもりはない。
そのためにはまた遠距離にならないように、就職先を選ばないとな。
どっちにしても後輩の今の進路は俺のために選んだんだから、今度は俺が責任を取る番だろう。
「俺が卒業したら、結婚するか?」
そんな俺の告白に、後輩がちょっと考えてから答える。
「あのー、センパイ」
「ん?」
「センパイが卒業したら今度こそセンパイって呼べなくなっちゃいますねって話だったんですけど」
…………。
しにたい。
「今のは忘れてくれ……」
「嫌ですよ」
嬉しそうにする後輩は今日見た中で一番いい笑顔で笑う。
「絶対に忘れません。……だから、ちゃんと約束守ってくださいね」
完
後輩と部室の中で二人きり、なにも起きないはずもなく…… あまかみ唯 @amakamiyui
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