異世界から帰ってきたらもうひとりの俺がいた件

山口遊子

第1話


 魔王を討ち取った!

 と思ったのだが何の手ごたえもないまま白光に俺は覆われて何も見えなくなった。


 白光がおさまったところで目に入った光景は、先ほどまで魔王との死闘を繰り返していた魔王城の広間ではなく、コンビニの出入り口のガラスドアだった。

 コンビニの前でボーっとつっ立っている俺を避けるようにして日本人がコンビニの中に入っていく。

 コンビニの中からは日本人が商品の入ったレジ袋を提げて出てくる。

 

 目の前のコンビには俺の記憶と照らし合わせて10年前と何ら変わったところがない。

 10年程度じゃコンビニも変わるはずないか。

 俺は帰ってきたんだよな?

 もちろん俺の心の中の声に答えてくれる者はいなかったが、俺の周りの全てが答えてくれている。


 俺は帰ってきたんだ!



 俺は目を閉じてへなへなとその場にへたり込んだ。


 疲れた。


 目を開けると、コンビニのガラスドアに14、5歳の少年がアスファルト製のコンビニの駐車場にへたり込んでいる姿が映っていた。


 さっきまで俺は勇者の白銀フルプレート、アリアンを着ていたんだが、今の俺は10年前の姿のままのようだ。


 ゆっくり立ち上がった俺はコンビニにフラフラと入っていった。

 俺はコンビニの中に入って大きく息を吸い込んだ。


 コンビニのにおいがする!


 コンビニの壁にかかった時計を見たことで、今日がいつなのか確かめないといけないことに気づいた。


 急いで出入り口の横に並べてあった夕刊紙を取って日付を見たら、10年前のあの日と同じ日付だった。


 あれ?


 あれは夢だったのだろうか?

 10年にも及ぶ白日夢を見ていたのか?

 半年の辛い訓練から10年近い過酷な旅と戦いの日々は夢だったのか?

 今さら確かめようがないし、現に俺の姿かたちは何も変わっていない以上、夢だったと思うしかない。


 夕刊紙を戻そうとしたところ、チラッっと『ダンジョン……』という見出しが見えた。


 あれ、何だろう? と、思って再度夕刊紙を見ると、

『第3ダンジョン、ついに21階層に!』


 何だこれ? アニメの宣伝? それとも映画?


 記事を読むと、冒険者チーム『はやて』によって埼玉県にある第3ダンジョン、通称サイタマダンジョンの20階層から21階層に続く階段前のゲートキーパーが撃破された。という。

 さらに記事を読み進んだところゲートキーパーとは定位置でその場所を守る強力なモンスターのことらしい。



 ゲートキーパーはどうでもいいが、この日本にダンジョン?

 ここって、俺の住んでた日本なのか?

 俺は背中に何か冷たいものを感じた。


 わずかに震える手で夕刊を元の場所に戻した俺は、周りを見回した。

 どう見てもここは俺の知っていたコンビニだし、店内の客は日本人だしレジの前では客も店員も日本語を話している。

 店員はちょっとイントネーションがおかしいので日本人じゃないかもしれないがちゃんとした日本語だ。


 俺の知っている日本にはもちろんダンジョンなんかなかったけれど、この日本にはダンジョンがある。

 明らかにおかしい。

 ここは俺の日本じゃなくて別の日本だとすると、俺の家、あるのか?

 俺の家があるとして、俺の家には別の俺がいるのではないか?


 俺は心配になって上着をまさぐったところ、記憶通りちゃんと財布が入っていた。

 中身を見たら、小銭を含めて2千円ちょっと入っていた。

 2千円でどれだけ生きていけるか分からないけれど無一文でなかったことは素直にありがたい。


 俺の記憶上10年間使うことが無かったのですっかり忘れていたけれど、ポケットの中にスマホもちゃんと入っていた。

 俺の持つこのスマホがこの日本●●●●で契約外のものなら使えないはずだがちゃんとアンテナも立っているし、検索アプリも動いた。

 それで少し安心した。


 それから俺はコンビニを飛び出して500メートルほど先の自分の家に走った。

 走りながら感じたのは、俺の足がものすごく速いってことだ。

 そう。まるで勇者のように。



 コンビニから家まで500メートルほど走ったものの息切れひとつなかった。

 しかも1分もかかっていないと思う。

 普段着、スニーカーで500メートル60秒だ。

 単純計算で100メートル12秒。


 この身体能力は勇者の身体能力だ!

 やっぱり異世界に召喚され、10年近い戦いの日々は夢じゃなかった。

 まっ、日本にダンジョンがあることの方がよほど夢のような話だし。


 俺の家の外観は俺の記憶のままだった。

 だけど何となく入りづらい。

 もし、中に俺と同じ顔の男がいたら俺は全財産2千円の住所不定無職の少年Aということになってしまう。


 どうしようか?

 俺の記憶上25年の人生の中でもこれほど困ったことはなかった。

 

 迷っていても何も解決しない。

 最悪な事態となったとしても事実をくつがえすことなどできない以上現実を受け入れなければならない。


 俺は玄関のドアノブに手をかけ捻って引いてみた。

 カギはかかっていなかったのですんなりドアが開いた。

 家を出る前、母さんが台所にいたからコンビニ行くと言って家を出たことを思い出した。


 なので玄関から人の気配のする台所に向かって「ただいま」と言ってみた。

 台所から母さんが『おかえりなさい』と答えてくれた。

 俺にとっては10年ぶり。

 もしが家の中にいたのなら今の俺の声にびっくりしただろうが、今のところうちの中には俺しかいないようだ。


 俺は靴を脱いで下駄箱に突っ込んだ。

 家に入る前に靴を脱ぐことも新鮮だった。


 俺は玄関わきの階段を上って自分の部屋の前に立ち部屋の中の気配を探った。

 ドアの向こうには予想通り人の気配はしない。

 俺は思い切ってドアを開けたが、もちろん誰もいなかった。


 俺は自分●●の部屋に入り一通り中を見渡した。

 何も変わったところはない。と、思う。

 上着のポケットから財布を出して机の上に置き、上着は脱いでクローゼットの中のハンガーにかけた。


 小学生のころ机の上に付けたコンパスの傷跡もそのまま残っていた。

 机の引き出しの中を確かめたところ変わったものはなかった。

 そのあと思い出してベッドの下を確かめたら、箱の底に隠していたお宝もちゃんとあった。


 記憶通り俺の●●部屋だ。



 何となく今の自分の能力のことが気になり机の上に置いた財布から10円玉を取り出して人差し指と親指に挟んで少し力を入れたら、簡単に10円玉が半分に畳まれた。

 速さや持久力の他に力もそれなりにあることが分かった。


 半分に畳んだ10円玉はもったいないので両手で元に戻しておいたけど、真ん中にヒビが入って今にも半分に折れそうな10円玉になってしまった。

 自販機では使わない方が良さそうだ。


 次は魔術だ。


 ベッドに座って魔術が使えるか試してみることにした。

 俺は勇者だったので魔術は得意ではなかったのだがそれでも簡単な魔術ならある程度使えた。

 口に出す必要はないが「ファイア」と小声を出して指先から火炎を出す魔術を試したところ、ちゃんと指先から炎が噴き出した。



 完全に元のままかどうかはまだはっきりしないが、身体能力も維持されているようだし、魔術も使える。

 少しだけ安心した。



 安心したらどっと疲れが出てきた。

 ちょっと前まで魔王と死闘を繰り広げていたわけだから当たり前だ。

 俺はベッドの上に寝転がって目を閉じた。


 ここで「ただいま」と言ってこの世界の本物のが帰ってきたら大ごとになる。

 でも心の中でそんなことはないとなんとなく思っていた。


 目を閉じて5分も経たなかった。

 玄関の扉が開く音がして、そこから俺の●●元気な声が聞こえてきた。


『ただいまー』



 おあとがよろしいようで


[あとがき]

もし主人公が既に家にいたら「異世界からもう一人の俺が帰ってきた件」になってたwというコメントを頂きましたので。簡単に手をかけてみました。

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異世界から帰ってきたらもうひとりの俺がいた件 山口遊子 @wahaha7

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