最終話 次なる目的地

 マイン・シャッツの効果たるや凄まじく、翌日には病は完治していた。病により衰弱していた体の回復はこれからだが、それも滋養に富むものを食べさえすればいい。体力の完全な回復にはまだまだ時間の掛かる見込みだが、貴族なのだから食べ物の入手には困らない。


 夜、セレナデーテさんの父親である伯爵から夕食の席に招かれた。


 「なんと感謝を申し上げ良いかわからない。とにかく感謝の念にたえない。何か欲しいものは?何でも用意する」


 欲しいもの……、と急に言われても特に思い至らない。この後はこの世界を巡るつもりだから強いて言えば今後しばらくの費用だろうか。その資金もダンジョンの報酬で手に入れてるし本当にない。


 「であれば地図を。この世界を旅したいので各地の地図をいただきたいです」


 「わかった。可能な限り詳細な地図を用意しよう。それから通行許可証も私の権力の及ぶ範囲で発行しよう」

 

 「ありがとうございます。感謝します」


 しかしそれだけで良いのか?と疑問の表情を浮かべる伯爵。

 

 「望むなら大金でも所領でも与えるが……」


 「いえ、十分です」

 

 大金は既に持ってるし、所領なんて貰っても管理できない。何より所領を貰うと伯爵の影響下に入るような感じがして好ましくない。


 それにこの時代に限らないが、地図というのは軍事的な価値を持つ。特に野外において道はすなわち軍隊の進撃路になる。詳細を極めればそれだけ値段も高くなるし、そもそも入手が困難になる。地図とはそういうものだ。だから十分なのだ。それにダンジョン攻略期間中、館に泊めてもらったし。


 翌日、日が昇る心地よい朝に俺は館の庭を散策していた。多種多様な花が咲き誇り、中でもバラの数が群を抜いているあたり、伯爵はバラが好きなようだ。いやセレナデーテさんの趣味だろうか。


 鼻腔びこうをくすぐる甘い香りが漂い、ほー、と感嘆の吐息が自然と出た。


 花壇に沿って歩いているとセレナデーテさんが楚々と歩いてやってきた。後ろにはフィーファが控えている。


 「約束、果たしましたよ」


 「ええ、おかげさまですっかり健康になりました」


 微笑んだ彼女は最初に会った時とは見違えて、もうすっかり健康体だ。ふっくらとした頬、血のさしてちょっと色っぽい唇。


 「聞きました。旅に出るのですね」


 「ええ、もともと旅人ですから」


 「そうですか。それは寂しいですね。まだ十分に感謝も伝えられていないのに」


 「あなたが立って今私と話している、その事実だけで十分ですよ。元より対価が欲しくてやったわけではないので」


 「だとしても対価はあってしかるべきです。あなたがしてくれたことはそれほどに偉大なんですよ。人の命を救ったんですから」


 そこまで言われてもセレナデーテさんから何かを貰おうとは思わない。報酬というなら伯爵から貰うし、元々ボランティア的な感じでやったこと。

 

 「でしたら……」

 

 伯爵が地図を用意してくれるまでおおよそ1週間。


 「それまで私の話相手になってくださいませんか?この国のことにはうといもので色々教えていただきたいのです」


 「そんなことでよろしいのですか?」


 キョトンと首を傾げた彼女。


 「ええ、それで良いんです。私はそれが嬉しいんです」


 「そういうことでしたらお茶、ご一緒なさいませんか?」

 

 「とても素敵な申し出ですね。謹んでお受けします」



×××××



 1週間経ち、地図に通行許可証と伯爵からの感謝の品が全て揃った。


 「お別れですね」


 しんみりとセレナデーテさんは言う。


 「そうですね」


 俺は特段、返せる言葉を持ってない。キザでなくても何かしら気の利いたことを言えれば、とは思う。ただ日本ではそういう本を読んだり映画を見たりはしてなくて。


 「また会えますか?」


 偲ぶような声音に正直、俺は少しドキリとした。


 「巡り巡ればいずれ、またどこかで」


 嘘はつきたくないからできるだけ誠実に。彼女にはもしかしたら不誠実にうつるかもしれないのを承知の上で。


 「何かあったら頼りに来てください。と言っても私にそこまでの力はありませんが……でも父が必ず助けになります」


 あなたにはそれだけの恩があります、と彼女は結ぶ。


 「ありがとうございます」


 食料品を始め、旅に必要な物資がぎっしり詰まったリュックは重く、負い紐が肩に食い込む。


 館の正門までセレナデーテさん、フィーファ、セリーナさんに伯爵が見送りにきてくれた。


 「さようなら」


 俺が別れの挨拶をすると、


 「またお会いしましょうね」


 とセレナデーテさん。


 「何か困った時は参られよ」


 と伯爵。


 「ご達者で」


 とセリーナさん。


 じゃあね!と小さく胸の前で手を振るフィーファ。


 目的地までの馬車は丁重に固辞した。この世界を満喫するのに貴族の馬車は無粋だ。


 次の目的地は山を越えた先の海。観光地だそうで、白い砂浜に紺青の海原、夕方には夕陽が綺麗なのだそうだ。日本では海には行ってなかったから初めての海。


 惜別の念の湧くのを自覚しながら、俺は歩き始めた。

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降下猟兵、異世界ダンジョンへ行く 〜剣と弓、俺だけ銃。なのに無双できないんだが?〜 @yositomi-seirin

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