第16話

 先程絶大な威力を発揮したフラッシュバン、あれを再度少女に叩き付けたい。が、警戒を厳にして、俺が何かを懐から取り出そうとするのさえ許す気配はない。


 なんとか致命の一撃を与えられないか思案を巡らすが、その前に俺もセリーナさんも、弾薬的にも体力的にも戦闘を継続できる限界が近付いている。


 追撃の重い打撃をくらい胸骨がきしみ、背中をしたたかに打ち付けた。


 「がっ……」


 背骨を貫く鋭い痛みに苦悶の呻きが漏れ出る。止めを刺そうと近付いてくる少女。地面にうずくまるような体勢の俺は即座の反撃がままならず、ただどれほど意味のあるかわからない防御姿勢をとるだけ。


 腕を槍状に変形させ心臓を貫いてやると、死が形を成して迫ってくる。


 迫り来る少女の頭部にドス、とナイフが突き立った。


 「こっち!」


 岩陰から矢を射掛けつつセリーナさんが叫ぶ。ワルサーはホルスターに収めていて、どうやら弾が無い様子。


 負傷して思うように動くことがままならなず、フラフラと駆ける。


 「うん?」


 視界の端、岩壁に扉がある。入口じゃない。木材をベースに金属で補強してある作り。つまりは出口。


 気付かぬ内に50階層の最奥まで来ていたらしい。いやこの場合追い詰められたと言うべきか。


 あの扉はボスを討伐すると開くとされている扉で、あの奥に報酬がある。

 

 ……待てよ?じゃあ極論あの扉の向こうにさえ行ければいいわけか。背中にあるはパンツァーファウスト。ベルリン戦ではソ連兵がこれで建物の壁を破壊し、建物から建物への通路を無理矢理作った。


 もちろんここはベルリンでなくダンジョンで、扉の見た目的には十分通用しそうだが実際はわからない。鍵穴のようなものは無く、ボスを討伐した時に開くという時点でどう考えても普通の扉ではない。


 けれど最早残弾も継戦能力も乏しい今、賭けに出るのも悪くない選択肢のはず。セリーナさんに相談するとセリーナさんも同意するという。


 そこでまずセリーナさんが矢を射掛け少女の気を引く。その隙に俺はパンツァーファウストを構える。


 脇に抱えるようにパンツァーファウストを保持し、筒上部についた折り曲げ式の照準器を立てる。照準器に空けられた四角い穴をリアサイトに、そこから覗き込み弾頭の頂点をフロントサイトに見立てて狙いをつける。


 本来想定されている距離より扉は少しばかり近いからそれを勘案して狙いを少し下げ、最後に

後方を確認。後方爆風が跳ね返ってこないのを確認して発射レバーを押した。


 バン、と大音を響かせ弾頭は発射され命中、爆発の後粉塵が収まるとぽっかりと扉に穴が空いていた。俺なら背を丸めれば通れるかというほどの大きさ。


 いや、まさか本当に空くとは……。感心してる場合じゃない。


 「セリーナさん!」


 上手くいったぞ!と指差して、次いで先に行ってくれ!と声を張り上げる。後衛はまだ残弾のあり、高い火力を発揮できる俺が務めるのが相応しい。


 少女の動きを極力抑えようとラスト1マガジンを指切りのフルオートで2発、3発と射撃を浴びせる。


 セリーナさんは扉を潜り抜けると内部から矢を浴びせ、俺の後退を援護する。最後の足止めにフラッシュバンを投擲とうてき


 コツーンと硬質な音を立てるとフラッシュバンは突進してくる少女の前に転がり出た。少女は驚いて飛び退ずさり、体とフラッシュバンとの間に紗幕を作り出した。避けたいのは光か。


 少女が怯んだ隙に俺は扉目掛けて一直線、セーフティをかけて最後にはスイミングの飛び込みみたいな姿勢で扉に空けた穴に飛び込んだ。


 中々乱暴に着地して、セーフティを解除、扉へ向け構える。ところが少女は入ってこない。というか少女の意思に関係無く扉のこちら側に入ることも攻撃することもできないようだった。相当に困惑の色を浮かべつつも、手出しできないことを察した少女は姿を消した。


 「これですよ!マイン・シャッツです!」


 俺の背後でセリーナさんが歓喜の声を張り上げた。セリーナさんが手に持ちこちらに見せてきたのは小瓶。中には白色の液体が入っている。


 周囲に目を向ければ大量の白金貨に歴戦の威風を漂わせる刀剣や防具。まさしくダンジョンの覇者となった者への最大限の讃辞と言えよう。


 セリーナさんは1つのダガーに強く心惹かれたようで、手にとってしげしげと興味深そうに眺めている。


 「それ、良ければセリーナさんが貰ってってください」


 「いいんですか?私の目標はマイン・シャッツだけでしたし、ケンジさんの貢献を思えば後の品は全てあなたの物になるべきですよ」


 「俺はダガーには興味無いんですよ。それにセリーナさんだって何か報酬を得ていいはずです。あとここにあるもの全部は持って帰れませんから」


 俺もセリーナさんもリュックといった大容量の入れ物を持ってきておらず、精々がダンプポーチ。俺はダガーを始め、ナイフ類の扱いに精通しているわけでもなし。それはセリーナさんにこそ相応しいし、主人のために奮闘したセリーナさんのためにも与えられるべきだ。


 「そうですか?ではありがたく」


 俺は俺で白金貨をできるだけたくさん持ち帰るべく努力する。ダンプポーチに突っ込んでいたマガジンをマガジンポーチに戻すと空いたダンプポーチへ詰めていき、ポッケにも詰められるだけ詰み込む。


 「さて、帰りますか」


 歓喜の凱旋だ。ボスこそ斃してないものの、目的は達した。


 ダンジョンから出ると鮮烈な夕焼けだった。朱鷺色ときいろのような淡く優しい桃色でなく、鮮やかに黄みがかった赤い緋色。過去には思いの色として扱われていたそうで、まあ多分本来の『思い』とは違うが、セレナデーテさんの快復への思いが届いたと解釈しておこう。


 「帰りましょうか」


 そう呼びかけてセリーナさんと共にセレナデーテさんの待つ館へ誇らしく歩いた。

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