第15話 ボス

 いよいよ50階層、最後の階層にしてボスのいる階層へやってきた。今までの上階層とは違いゴツゴツした岩肌が剥き出しで重苦しい空気が漂い、何とは言えぬ得体の知れない重圧がのし掛かる。


 視線の先に扉が見える。人間用にしてはあまりに大きく、両開きで荘厳な重く歴史を刻んだ扉だ。


 覚悟はできている、とお互い顔を見合わせ頷き扉に手を触れた。冷たい扉は見た目に違えず重く、意思薄弱な者の立ち入りを断固として拒む。


 決心はついてるんだ、と再び押すと手応えがあってゆっくり開いた。「ならば通れ、ただし命の保証は無い」と重々しく伝えてくるようだった。


 内部は事前の情報通り。加えて禍々しさを感じる。いや、一点だけ事前の情報に無かったものが空間の最奥に。玉座だ。ああいや、”王”の、と決まったわけではないが雰囲気はそれだ。


 岩柱群を通り抜けつつ近寄ってみると経年劣化でいくつかの部分で色が抜け、生地が破れていた。


 騎士が隊伍たいごを組んで守護し奉っていたのはこの玉座の主というわけか。それでその肝心の主人はどこにいるのか?


 と、どこから現れたか、ぽつりぽつりとしずくが葉からしたたるように黒く粘性の高い液体が玉座に集まっていく。やがて勢いは小雨のようになり、激しい雷雨となり、渦巻くと1つの実体をなした。


 像を結んだのは、まだまだ幼さを感じさせる少女。ダンジョンのボスにしては威厳がないが、それでも登場の仕方からして明らかに人間ではない。


 セリーナさん共々、岩柱を遮蔽にとって射撃開始。高貴な服を纏った少女は動く素振りを見せず、短連射で次々とクルツ弾と9mm弾が撃ち込まれる。


 マガジン1つ、30発のクルツ弾と2つ分、17発の9mm弾をその全身に受けてなお身じろぎ1つしない。


 「……バケモノめ」


 一体どういう原理なのか。詐術の類いで、あれは幻像だとか、本体から分離した囮のようなものなのか。与えたダメージの程は?


 理解が及ばないが、それは関係無く意識するまでもなく体が覚えた動作でリロードを完了させると再び狙いをつけた。パンツァーファウストを使うにはまだ早い。今少し様子を見て眼前の少女が本体で間違い無いという段階でぶち込みたい。


 少女が叫んだ。晴らしようのない無念と悲嘆とぶつける先の無い激情がない混ぜるになった、心臓をグラグラと揺らす叫び。


 同時に少女が浮かぶ。正確には黒いもやのようなものが彼女の体を支えてる。


 「隠れて!」


 鋭いセリーナさんの警告。パンツァーファウストを構えていた。筒に付属の折り畳まれたサイトを起こし照準をつけを後方を確認、発射に伴う後方爆風に巻き込まれないだけの空間があることを確認し、発射した。


 空中に浮き、距離感が測り辛いにも関わらずセリーナさんはきっちり命中させた。


 「参ったね……」


 舌を巻いた。なるほどボスは利害の存在と言われるわけだ。セリーナさんの放った弾頭は下腹部に命中、風穴なんてものじゃないほどの穴を少女のどてっ腹に開けた。というか腹部胸部ともにそのほとんどを消し飛ばした。


 少女は見たところ上は下乳、下は骨盤あたりまで無くなっている。上半身と下半身は皮一枚で辛うじてつながっている様な様子。にも関わらず再度叫んだ。先刻のものと違い、明確に敵意と害意に満ちていた。


 そして視線の先に捉えたのは俺だった。全身の肌に殺意が刺さる。一瞬で消し飛ばされた胴体を霧と泥が合わさったようなもので復元すると1秒もかからず俺の目の前に移動してきた。


 「なっ……!?」


 登場の仕方とは真逆の恐ろしく早い動き。


 少女は踏み込むと右腕を鋭利な形状に変形させ突き出してくる。体の反射で咄嗟に躱すが体勢を崩した。少女はさらに追撃をかけようとする。とてもじゃないが移動できず、このまま応戦するしかない。仰向けの状態、スーパインと呼称される体勢で射撃。stg44も左に90度寝かせた状態。

 

 これには堪らなかったのか少女は引いた。


 「熱っつ!?」


 排出された薬莢が首元から入った。射撃後の薬莢というのは火薬の急激な燃焼で熱せられているからとてつもなく熱い。


 「クソっ!クソっ!」


 なんとかかんとか薬莢を放り出す間に少女はセリーナさんと戦っていた。岩柱群に視界が遮られて見えないがワルサーp-38の銃声、地面を踏み締める音、発生原因は不明ながら風を切る音、セリーナさんの乱れる呼吸。


 体勢を整え急いで音のする方へ向かう。セリーナさんは迫る少女に対し、ワルサーで射撃することで攻撃を鈍らせ機を見てナイフで切り付ける戦い方をしていた。


 それを横合いから突く。お互いが組み合っていると誤射しかねないから離れた隙をついて鉛玉を喰らわせる。


 するとセリーナさんに攻撃していたのが一転、こちらの方が脅威度が高いと判断したのか攻撃の対象を俺に移した。


 構えたstg44に少女は左腕を伸ばしstg44の銃口付近を飲み込んだ。ずん、と泥に銃を突っ込んだような感触を覚える。引っこ抜こうとしても前述の理由でびくともしない。


 こういう時の対処法は大体決まっている。蹴るなり肘打ちなり、当て身をいれて相手を引き剥がせば良い。


 蹴ろうとしてふと。体組織の組成が知れない少女に接触するのは非常にまずい気がする。銃みたいに取り込まれたら致命的だ。


 蹴り飛ばすのはやめた。そして考える。銃を少女から離すという目的に立脚すれば必ずしも蹴る必要は無い。


 セレクターをフルオートに入れ引き金を引いた。銃口は完全に少女の変形した左腕に覆われているため銃声はない。螺旋を描くように銃口を動かす。


 銃は発射時、銃弾以外に火薬の燃焼ガスと衝撃波も生じさせる。銃弾と衝撃波が少女の体組織を吹き飛ばしstg44を少女から引き剥がすことに成功した。


 そういえば。この少女、自身の体組織で敵の武器を捕獲しようとするなら。


 「ほらよ」


 突き出したのはスタングレネード。180デシベル、600万カンデラもの光量で相手を麻痺させる。ジェットエンジンの間近での音が大体120デシベル、光量は下手したら失明するレベルの明るさと言えば威力が分かるだろう。少女は右手を変形させて受け止めた。


 音はイヤーマフをさらに上から両手で押さえて、目は堅くつむり岩柱の後ろに隠れてやり過ごした。


 効果は想像を軽々と超えて絶大だった。少女の上げる悲鳴は耳をつんざく。そして驚くべきことに少女の右腕、肘から先が崩れ落ちていく。


 いくらでも銃弾を、剣戟を受けなおも戦うことができる理外の理の少女が初めてダメージらしいダメージを受けた。


 音か光か、どちらが有効だったのかは依然として不明なものの、スタングレネードが有効なことはわかった。


 少女ダメージを受けたせいか、より一層凶暴になった。無秩序に体を変形させ岩柱だろうとなんだろうとぶつける。


 セリーナさんは逆に好機と見たらしい。痛みによって分別を欠き、無思慮に暴力を撒き散らす少女は接近戦を主体とするセリーナさんから見れば

隙だらけなのだろう。


 しかしそれは人間や普通の魔物相手にした理論だった。体を変幻自在に変形させるこの少女には通用しなかった。


 背中から翼のような、第3の腕とでも形容すべきようなものが出現してそれでセリーナさんを横薙ぎに殴りつけた。


 「うぐっ!?」


 宙を舞ったセリーナさんがドンと鈍い音を立てて岩柱にぶつかり、ドシンと音を響かせて地面に落ちた。


 「セリーナさん!?」

 

 駆け寄って容態を確認する。喀血かっけつは無し。腕や足も変な方向に曲がってはない。ただ体内はわからない。胸骨の骨折とか腹部の内出血とかは衣服もあって判断できないが、ひとまず直ちに命に深刻な影響はなさそうだ。


 急速に俺の背後から接近してくる少女に向け地に伏せ呻いていたセリーナさんが右腕を持ち上げワルサーを発砲。俺もそれに続き銃撃。


 少女は怯んで岩柱の陰に引いた。


 「立てますか!?」


 セリーナさんに呼びかけつつリロード。リロードしたもの含めてマガジンは残り2つ。弾数にして60発と心許ない。


 「ええ、なんとか」


 セリーナさんも痛みに悶えつつリロード、戦闘体勢を整える。残弾が少ないのはセリーナさんも同様らしい。


 少女が正面から突っ込んでくる。なんとか隙を見て再度スタングレネードを喰らわせたいが。


 今はともかく突撃してくる少女の衝撃力を殺さなきゃならない。


 少女が高速で迫るもんだからセミオートじゃ当たらない。フルオートで弾幕を張るように撃たないと意味が無いが、それはつまり弾薬がみるみる減耗するということ。


 愚直に正面から突撃してきた少女はやはり俺達2人から放たれる銃弾に堪えられなかったか動きを止めた。


 「ん?」


 みると少女の背からまた黒い線が左の方に伸びている。セリーナさんを殴打した時のような太さはない。初めて現れ、空中に浮遊した時のような。


 眼前の少女はその場に立ち尽くして不自然なくらい動かない。そして……、1つの黒い霧の集合体が人の形を成しているとしか言い表せないような見た目になった。


 ぞくりと嫌な予感に背中が湿気る。少女は体組織を自在に変形させて第3の腕みたいなものを作り出すことができる。


 目の前の霧が急速に萎む。そして俺は横合いから思いっきり殴られた。左の脇の下辺りを大人の拳ほどの面積に衝撃を受け、右側に吹っ飛ばされ右肩から岩柱に衝突した。


 「うぐっ……」


 肺の空気が一挙に抜けてしまったようだった。痛みに耐えながらとにかく追撃を避けるためにも反撃しなければ、との思考に基づきstg44を左側に指向、でたらめに撃った。


 ぜーぜー、と喘鳴ぜんめいみたいに激しい呼吸でなんとか息を整える。しかし少女は当然と言うべきか、そんなことはさせないと攻撃を続けてくる。


 しかも攻撃の方法が高度になっている。今の俺への攻撃しかり、フェイントが高度なものになりつつある。地形の使い方もそうだ。


 最初、この地形は容易に俺とセリーナさんを分断してしまえるのに少女はそれをしなかった。しかし今は意図して俺とセリーナさんの間に陣取り、ある程度の範囲を薙ぐように攻撃を繰り返す。明らかに俺達の分断を企図している。


 ガチンと槓桿が後退して止まった。また30発を撃ち切った。残りは1マガジン30発。それさえ無くなればナイフのみ。継戦能力の限界が手を伸ばせば触れられるところまできていた。

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