原子の尻尾切り

@bigboss3

第1話



プロローグ


『国民の皆さん、落ち着て行動してください。ただいま政府より非常事態宣言が出ております。国民の皆さん……。』

 今では骨董品か産業遺産の部類に入る真空管を使ったラジオから流れる事態が切迫した内容を伝えていた。そしてそのラジオを背景に窓の向こう側の景色に写る巨大な鉄の塔から白い光が輝いているはずであったが、その塔を含む窓越しの建物群からはカラフルな明かりは消え失せ、代わりに赤いオレンジ色の光とその明かりに照らし出されている黒い幾重もの筋、そして至る所で響き渡る銃弾の発砲音だけが街の音色を奏でていた。

 そのラジオのある建物の中には数人ほどの大人たちが真剣な顔をして中から流れるニュースを聞き入っていた。

「子供たちが心配だわ。」

「確かに、このままでは暴徒に狙われてもおかしくない。」

 職員たちの不安は所々口にしていた。

 ここは町の近くに位置する孤児院の一つ。そこは都市からだいぶ離れた郊外に隣接され、人とのかかわりも年間で両手の指で数える程度の回数しか交流がなかった。

「全員、すぐに子供たちを起こして、ここから離れましょう。私は食料と水を車に積む。」

 職員たちは延長の指示を受けるとすぐさま行動に移した。その時に彼らの会話を遠くの方から侵害する存在など気づくはずもなく。


 指示を受けてから数分、道路脇の空き地では数台のバイオエタノールを燃料とする自動車が明かりを消して、発進の手はずを整えていた。

 建物の中からは眠い目をこすりながら職員に連れられ子供達は車に乗せられていく。中に車の中に乗ることができずにトラックの荷台に乗るものもいた。

「準備はできたか?」

 園長の質問に全員乗ったことを知らせる合図をして、職員が最後に乗り込んだ。

 園長は最後に運転席に乗り込むと、車のキーを回して園児をかけようとした。それと同時に車は赤い炎と爆風を上空に噴き上げ乗っていた人々を薪のように炎上させた。

 この予想に反した事態に乗っていた子供たちはパニックに陥り荷台に乗っている子供に至っては荷台から転げ落ち、腰が抜けた状態で四つん這いになってしまった。

 その直後に暗闇から光学迷彩を解除して黒ずくめの特殊部隊員が貸与して車全体を包囲し始めた。子供たちはパニックになって逃げだそうとする。だが、職員の方は顔色一つ変えずに普通に車のアクセルを入れた。特殊部隊は条件反射で銃口を放ち、車全体に徹甲弾を撃ち込んだ。徹甲弾は車体を貫通し中に乗り込んでた子供などを次々殺傷していった。しかし子からあふれ出る血しぶきは人間のものとは明らかに違っていた。まるでパステルの絵の具のごときカラフルな血が車全体を染め上げて、社内を前衛芸術のごとき色彩で彩っていく。子供達は弾丸によって着付けられた銃創に激痛を伴いながら苦しんでいく。だが、運転手をはじめ中の職員たちは顔色一つ変えず、ただ正確に運転を始める。道路に出て五〇〇mほど出たところで網を張っていた特殊部隊の隊員の仕掛けたスパイクによってパンクを起こし車は火花を散らしながらスピンや転倒を起こして、その場に止まった。

 それを確認した特殊部隊員は銃を構えて車に近づいていった。中からは子供達が人間とは違う色をした血を流しながらゆっくり出てきた。

「お願い殺さないで。」

「おじさん、僕達が何をしたの。」

 子供の泣きながら訴えた抗議の声を特殊部隊委員は無視し、彼らは子供たちに冷たい視線を向けながら引き金を引いた。弾丸は子供たちの体を蜂の巣状にして物言わぬ肉片に変えてしまった。そ子から流れ出る色は鮮やかなものであった。

 それを確認したかのように防護服を着た人物たちが次々と流れ込み死体回収袋や火炎放射器などを持って現れた。そして人混みを押しのけるように謎の回収車がバックして現れ出た。彼らはここで起きたことを最初からなかったことにするために現れたのだ。

 防護服の人物たちは死体袋に血だまりに沈んだ子供達を詰め込み、火炎放射器を持ったものの飛び散った血しぶきを焼いていった。そして中にいた職員を引きずり出すと彼らを後ろ手に拘束して体を動かせないようにして護送車に詰め込んでいく。

 ふと、特殊部隊員の一人が何か紙切れのようなものを拾って裏返した。それは写真であった。そこに映し出されていたものはここを離れた孤児達の写真と、職員が全員で撮った写真であった。裏には年月日らしき数字が記されていた。

「こちら、アルファ1リーダー。写真を見つけました。書かれた数字からして、二〇年前のものと思われます。……はい……はい、わかりましたすぐに転送します。」

 無線を切ったリーダーは持っていた端末で写真をスキャニングしてデータをとして取り込むと、それをメールとして添付して、本部に送信した。

「隊長、現場の片付けは粗方完了しました。」

「ご苦労、生き残りは他にいなかった?」

「大丈夫です、すべて処置をしました。」

「ネジは勿論ガラス破片一つ残すんじゃないぞ、ここでは何もなかったことにしなくてはならない。いいな?」

「はい、わかりました。」

「それと、これを証拠として押収してくれ。」

 そういって隊長は写真を報告に来た隊員に手渡し指示した。隊員はすぐにその写真をビニールパックの中に入れそれを鑑識の人間に手渡すためその場を後にした。

「……事態が収拾すればいいのだが……。」

 そうつぶやきながら隊長は天空の空を見上げるのであった。



  地球標準時、三月の初旬。その日、宇宙に浮かんだ原子力発電所は十年目の春を迎えた。最もこの宇宙では地球と同じような季節など訪れるはずもなく、ただ、恒星の光と蒼く透き通った惑星が互いの間を暗闇の中に光るのみであった。そこにただ漂うのは船外で発電所の維持管理をする無人ロボットと宇宙服に身を包み、部品の交換や船外での活動をしていた。もしここを失えば、世界の近代文明は消失し、よくて西部開拓時代。悪ければ費を八消したときの石器時代に逆戻りしかねない。そこは人類の生命線そのものなのだ。エネルギーが枯渇し生き残るために人類が出した苦し紛れの時間稼ぎであった。


 二十一世紀も中ごろになると、地球は深刻なエネルギー不足に陥ってしまった。インドや中国などの新興国を中心に石油や石炭の大量消費を始めたことにより、産業革命から支えていた化石燃料が枯渇し始めたのである。

各国はやむなく、原子力発電所の増設を計画したが、大きな障害が立ちはだかった。世界中の人々の世論であった。二〇一一年に起きた東日本大震災で福島の原子力発電所が津波によって甚大な被害を被ったことにより、すべての世論が口をそろえて安全性そのものが綱渡りの状態である原子力発電所を廃炉するという考えになっていたからである。各国政府はエネルギー問題が深刻な状態に陥っているために、どうしても増設しなくてはならないと、訴えたが環境保護団体を中心に強硬に反対される。

そんな時ある画期的な発明が世界のエネルギー問題に光明をもたらした。それはマイクロウェーブを使用した送電網の確立である。

 マイクロウェーブの考えは実は意外に古く、二〇世紀前半にニコラ・テスラが元になったものだといわれている。エジソンのライバルで変電所による交流電流の有用性を訴えていたテスラは、そこでニューヨークにウォーデンクリフ・タワーを建設して無線送信による電力供給の実験を始めていた。その時の実験は失敗し、実験自体も出資者のモルガンが送金をやめたため、タワー事態も攻撃目標になるという理由で解体される。

  しかし、現在ではテスラの無線送信はマイクロウェーブの先駆けとして評価されるようになり、二十一世紀の初頭からマイクロウェーブの研究が進められるようになった。

皮肉にもテスラは化石燃料に依存する現在の文明に警鐘を鳴らしており、結果として彼の警告は現実のものになったのも事実である。

 その時のマイクロウェーブは距離に換算して二〇〇キロが限界であった。しかし、急を鳴らしていた現在の人類にはそれで充分であった。なぜなら地上で作るなら問題であったが、政府は地球上に新たな原子力発電所作るつもりなどなかったからだ。

  なんと政府は大胆にも、宇宙空間に新たな発電所建設を計画したのである。宇宙であるなら地球全体に建築するのとは違い、放射線などによる被害を気にする必要はない。なぜなら、宇宙では太陽から毎日のように放射線がまき散らされていたからである。原子力発電所から出る放射線など問題になりようがない。問題があるとすればそれを維持管理や破壊をもくろむ輩から生命線を守る人々の健康被害だろう。彼らはその環境上、常に放射線による健康被害と無縁ではなかったからだ。そのため原子力発電所での仕事後の居住区へ帰るときの放射能除去は丁寧且つ厳重であった。中に入ると宇宙服や防護服は環境上廃棄はできないため洗浄処理をして汚染水を外へ投棄される。そして、月に一回は健康診断が義務づけられている。放射線による健康被害を確認するためであり、吐き気などの異常が見られれば、隔離されてさらに詳しく調べられる。中には放射線に強いとされるゴキブリなどの虫の遺伝子を自分の遺伝子に入れるジーンセラピーを実費で行い健康被害を防ごうとする職員もいた。政府はこのような対策は推奨していなかった。ジーンセラピーはガンなどの危険な副作用への対策が万全ではなかったからである。しかし、放射能でやられるのを防ぐのに治療のせいで本来発症を防ぐはずのガンを誘発することになるとは口が裂けても言えなかったようで、黙認せざるえなかった。

しかしとにもかくにも人類はエネルギー危機という深刻な事態を一時的とはいえしのぐことができた。原子力発電所の事故による放射能汚染も地球外もしくは宇宙外で地球での被害を有名無実にしてしまった。問題となった宇宙から地球への送電も地球との中継ポイントを設けることでマイクロウェーブによる送電によって解決し、安定した供給を可能にしたのであった。

しかし当然急場しのぎであったため、人類はすぐさま新しいエネルギー開発や地球への安定した供給に全力を注いでいる。石油や石炭などの化石燃料を月などにあるヘリウム3やメタンハイドレードに切り替えが行われだしている。そして原子力発電所の方にも安全性に疑問を持つ人々が多数現れ、新たにソーラー発電に切り替えようとする動きが出始めている。

 しかしそれでも、この発電所の存在意義は大きく世界の電力の七割を賄い続けている。人類はいまだにエネルギー革命の過渡期に入ったまんまであった。

 コスト高に加え、化石燃料の栄光に依存する企業や国の妨害工作によって遅々として進まなかったからである。

 それだけが原因ではないのだが、尽き欠ける資源の中で人類は過去の打算から脱皮を図るために苦しんでいるのであった。


 モニタールームには人の姿が一人もおらず、ただカメラだけが煌煌と映し出されて、各所のカメラを通して不測の事態に備えていた。ここのモニタールームは通常は勤務交代制であったが次の勤務者が交代になった時だけ無人になる。本来は次の人が来てから前任者に代わるのであるが、ここでは慣習となって次の人が起きてから交代になるのである。

そのモニタールームに交代要員である女性が寝ぼけ真中にモニタールームに入ってきた。

「よく眠れましたか、メリエラ。」

 コンピューターのマイクはメリエラという女性警備員に朝の調子を聞いた。彼女は寝不足気味の目をこすりながら、警備室のモニターを眺めていた。

「いいえ、相変わらず時差ボケの状態よ。」

「しっかり睡眠をとらないと、健康に害ですよ。」

「余計なお世話よ。」

 彼女は悪態をつきながらも、対放射線スーツにそでを通し、コンピュータとの会話を進めていた。

 メリエラは今年で二十四歳になる女性警備員である。彼女は幼い時から両親がおらず、幼少期の思い出も皆無に等しかった。覚えていることは物心つく頃には孤児院で周りの人間と溶け込もうとはせずに孤立していたことである。居心地が悪かったわけではない。むしろその逆で居心地はよく何不自由なく暮らすことができた。しかし、それが彼女に違和感をおぼえさせ、早々に独立をしてしまった。彼女は奨学金を得るために勉強を始めた。しかし、そこでも違和感を覚えた。彼女は並大抵以下の努力にもかかわらず、学業トップに上り詰めてしまい、奨学金を簡単に得て、世界でも一〇本の指に入る有名大学にトップで入ってしまう。そして大学に入った状態であっても、彼女の学業は何の苦も無く上位に食い込んでいた。人々は彼女を天才とほめたたえたが、逆に彼女は違和感をさらに深めた。なぜ自分は他人とは大きく違うのか。自分は世間一般の人から天才と言われることに御幣を感じ始めたのだ。最も彼女はやめようとは考えることはしなかったが、何か自分が真剣に取り組むことのできることはないものかと考えた。そんな時であった。大学の掲示板に張り出された、情報に目が入ったのは。それは国連が募集している宇宙の原子力発電所の警備員募集の張り紙であった。彼女はお金には困っていなかったが、自分には何か打ち込めるものはないかと模索していたこともあり、いの一番に募集をしたのだ。倍率は非常に高かった。厳しい選抜試験などでふるいにかけられ、人数を万単位から二桁にまで絞られた。何せ、宇宙空間での作業と原子力発電所での作業を並行して行われるのだ。いつなんと着いかなる状況でも対処しなくてはならなかった。

 そんな厳しい試験を彼女はここでも何の苦もなく突破して、トップで残った。しかし彼女にはそのような世間の期待よりも、自分が本当にやりたいことを見つけることができるのか否かという不安の気持ちが大きかった。彼女は自分がこの試験に楽しんでいるのに他は根を上げていることに不安を覚えたのだ。しかし、彼女のその不安をよそに試験は滞りなく進み、彼女を含む五人の人間が警備員としての道を歩むことになった。


「それはそうと、今日は地球よりここの施設を見学する人間が来ると報告がありますが。」

「聞いてるわ、高校のレポートの参考にしたいという話だけど。」

「はい、メールで確認しています。」

 彼女は端末の機械をいじり、画面には一〇代後半の美形少年が映し出されていた。名前はシェルバ・アオイ。父方の祖父が日本出身。シンガポールの学校に通う学生であると資料には書かれていた。実際見学の際に彼の身辺について詳しく調べられた。もしかしたらどこかで自爆テロを狙う組織の一味の可能性もあった。実際、過去身分を偽って発電所の破壊を狙ったテロリストがこの宇宙に上がった例はここが完成してから三桁に向かうほどであった。その時は身辺調査などで引っ掛かり、未然に拘束された例が九割、それ以外ではすり抜けはしたものの、武器の持ち込みなどで引っ掛かりを受け、そのまま警備に拘束されてしまっている。

 今回も彼の身辺が警備室を介して地上にいる諜報機関に伝わり調べられたが、特に問題はなかったようであった。

 警備室で独自に調べた限りでもデータでは改竄の形跡はなかったため、彼らは普通に受け入れることにしたのである。


「メリエラ、おはよう。」

 同僚の一人が眠い目をこすりながら、警備室に入ってきた。彼女は返事を返して今日の予定を口頭で伝えた。

「それで、その学生はいつここに来るのかい。」

「予定では一時間後の地球時間、午前十時に来るはずです。」

「意外と早いな。準備の方は大丈夫なのか?」

「下準備の方はハリーが準備してくれたようです。」

「そうなのか、ハリー?」

 同僚はマイク越しにハリーというAIに質問をした。

「はい、受け入れの手はずは整っています。」

 彼女はAIとは思えぬ感情豊か返事をした。本来AIは感情はないものだし必要なものではなかった。その機会に必要だったのは仕事や答えを滞りなく導き出すもしくは動かす容量の良さであった。それが、冷たいとも冷静だともとらえるのは人間の考え一つであった。ただ、ここでは感情が必要だとみなされた。このような閉鎖環境では精神に異常をきたすかわからなかったからだ。そのため職員のメンタル管理や、娯楽などの提供から話し相手に至るまで人間が持っているすべてのものをインプットされているのだ。

「ハリー、他の人メンタルをよろしくね。」

「任せてください。」

 そういうとハリーは会話から外れて監視作業に戻っていった。

「最近のハリーは前にも増して人間臭くなったわね。」

「そうだな、仕事に手抜かりがなければ普通の人間と見分けがつかないところだ。」

 そういいながら画面に目を向けて監視を始めた。二人は画面に映し出された数値に目を向けて液漏れの心配はないか、メルトダウンの兆候はないか、はたまた王社納が建物内に漏れていないかなど、この宇宙空間では死活問題の問題を職員が来るまでの間のつなぎをしていた。

 本来なら職員の仕事ではあるのだが、職員が健康診断で抜けていたため、ピンチヒッターとして代わりを務めていた。しかし、代わりとはいえ警備が専門の二人には荷が重いため、その多くをハリーが肩代わりしているのが現状である。

 二人が画面とのにらみ合いを続けて四十五分が経過するとハリーから連絡が入った。

「地球の方角から小型シャトルが接近しています。」

 その報告を聞いた二人はすぐに無線をつなぎ、シャトルに連絡を取った。

「シャトルへ、こちらは発電所の警備員のものである所属と目的を伝えよ。」

「こちらは、スペースプレーンのシェルバ・アオイです。今日はここの施設の見学のためにやってきました。」

 その報告を聞いた二人は、すぐに認証コードの送付を求めた。コードは五秒もしないうちに届き、すぐに目視とコンピューターによる確認が行われた。

 コードは認証され、彼女は無線で搬入口からの侵入を指示した。シャトルは宇宙空間で音もたてず、正確に慎重に侵入していき、施設の搬入口に入っていく。それを確認した二人はレバーを押し下げ、搬入口の扉を封鎖した。

「私は彼を迎えに行くわ。あんたはここで職員が来るまでここにいて頂戴。」

 同僚は頷くと、席を立ちあがりモニタールームから出ていった。本来は二人一組が原則ではあるのだが、慣習として特別な用事の時のみ一人でいることを認めていた。彼はハリーに変わりの人間を呼ぶよう伝え、そのまま監視の作業をつづけた。


 シャトルの出入り口には、身長が一七五cmで中性の美形顔をした、制服姿の少年が周囲のボディスキャニングを受けて、怪しいものを持っていないか調べられていた。過去に、巧妙に手製爆薬をつけた男性もいれば、最新のプラスチック爆弾を体内に隠し持った輩もいた。そのため体の隅々に至るまで検査がされているのだ。

「スキャニングが終わりました。異常は確認されませんでしたどうぞ次の部屋へお入りください。」

 少年はコンピューターの声を耳にすると顔色一つ変えず、ただ次の部屋の出入り口をくぐった。目の前にはメリエラが直立不動の状態で彼を待っていた。

「お待ちしていましたシェルバ・アオイ君。お疲れのところ悪いですがボディチェックを行いたいのですがよろしいでしょうか。」

「はい、どうぞ。」

 シェルバの返事を受けて、彼女は武器を持っていないかの確認を始めた。最初に見たとき彼の印象は、まるで良くも悪くも人形のような印象を感じさせた。

 まるで白人に近い白い肌をして、染み一つ見当たらず、普通の女性ならその美しさに恋を抱くぐらいの美しさを感じさせた。

 しかしそれと同時に不気味さも感じ取れた。彼の表情はまるでからっぽで空虚な印象であった。目はまるで作り物のように思え、時折見せる笑みも人形のように感じさせるものであった。

 周囲の方は前者のほうが先行しているみたいで、周囲には小さな、しかし確実な黄色いひそひそ話が聞こえてきた。

「あなたずいぶん、周りから気に入られているわね。」

 メニエラは下手な皮肉を彼に口走った。彼女の針を突き刺すような言葉に対して、彼は毒針入りのつっこみで対処した。

「あなたこそその恰好に似合わず、私より悪くない容姿をしていますね。最も鉄みたいな言動だと、せっかくの容姿も台無しですね。」

 メニエラは電磁警棒がつるしてあるベルトに思わず腰を当てた。確かに誰にでも言われたためしがないが、年に似合わず高校生のような顔つきだといわれることもあったが、自分がだからと言ってそれがなんだというのだ。よく言うだろう、人は見た目じゃなく中身だと。メニエラは心の中で彼に毒づくのであった。

「どうやら、危険物は持っていないようですね。それではすぐに係りの者が来ますから。」

 彼女はそう言うと無線機に手を当てて、係を呼びつけた。無線機から雑音交じりの声が聞こえた後、彼女は彼に注意事項をレクチャーした。

 細かく言うとキリがないためおおざっぱに言えば、立ち入り禁止区域への進入禁止や放射線に対する被ばくについて自己責任であること、そして撮影の禁止や職員の指示に関するものなどであった。彼は彼女の言葉を合図地も打たず、ただ人形のように立ち止まったまま、聞いているのか聞き流しているのかわからない態度をしていた。

「あの、ちゃんと聞いていますか。」

「ええ、勿論です。」

 彼女の質問に彼は機械のように答える。メニエラはまるで機械とおしゃべりしているかのような感覚に襲われていることに嫌気がさし始めていた。

 彼女はそのような感覚に首を絞められていると、出入り口から係りの職員が現れ、交代を促された。彼女はこれで元の開放に戻れると内心安堵を覚えていた。しかし、その安堵も無線か聞こえてくる、モニタールームの声によって帳消しにされる

「メニエラ、聞こえるか。」

「私よ、どうしたの。」

「実は、通信設備に異常をきたしているんだ。」

「わかったわ、すぐにそこに向かう。」

 彼女は無線を切ると係りの人に後は任せたと伝え、彼女は足早にモニタールームに帰っていく。

「では、ここについてのレクチャーを行いますので、どうぞこちらへ。」

「はい、わかりました。」

 シェルバはそういうとか係に案内されて、別の部屋にある言いて言った。この時の誰もが次の事態が起きることを予想だにしていなかった。


 モニタールームの方では呼び出されたメニエラが無線施設の異常について調べていた。彼女は無線などの通信設備の異常について調べられていた。まず機器の異常を確認した。通信の異常の中でそれが最も多い原因であった。彼女はメンテナンス員などに連絡して点検をしたが、特にこれといった部品の故障などは見当たらなかった。次に彼女はシステムの異常を疑った。ハリーをはじめコンピューターに何らかのエラーがあるためにそれが通信の妨げになっているのではないかと考え、今度はシステム部の方にチェックを確認するもそこでも問題はないとの返事であった。

 ここで二人はある結論に達した。それは考えたくもないし、かなりの時間をかけない限りというシナリオであった。それは何者かのサボタージュであった。彼女は犯人について思いめぐらしたがどれもあり得すぎる上に、無理なものばかりであった。自国の利益を取り戻そうとするテロ組織。環境保護をうたった保護団体、宇宙開発に異議を唱える人間。いずれにしても敵はこの時代探そうと思えば両手の指では数えきれないほどいる。しかしそれらの星々が一等星以上の輝きを持つほどのエネルギーを持っているかというとそれはまた別問題であった。背後に強力なバックボーンがない限り彼らがここを攻撃するのは勿論のこと、宇宙に上がることすら多大な苦労を要するのだ。しかし今はそんなことをしている場合ではない、今は眼前の問題を解決することに労をかけなくてはならない。


「どう、向こうとの通信はつきそう。」

「微妙だな、通信が不安定で全くつかないわけではないが、接続したり、切断したりして応答がつぎはぎの状態だ。」

 二人は顔を曇らせた。早く外部との連絡をとって問題を伝えなくてはならない。もっともそのどちらも蛇の喰らい合いのような状態ではあるのだが。

 二人が問題の解決に時間を割いていると、ハッチが開く音が聞こえた二人が振り向くと先ほどの学生と係が、他の職員数人と合流して中に入ってきた。

「こちらがすべての場所を監視するモニタールームとなっています。」

 係の人間の丁寧な説明を聞き流し彼メニエラは再び通信異常の問題に戻ろうしたとき、ハリーがスピーカーで声をかけた。

「メニエラ、外部の職員から連絡が来ています。」

 それを聞いたメニエラは意識を外部作業員との連絡に切り替え作業員との連絡をした。幸いにも建物内の連絡は問題なく取れたためすぐに応答した

「こちらモニタールーム、何かあったの?」

 彼女質問に外の作業員は切羽詰まった口調で答えた。

「モニタールーム、こちら作業員。こっちからものすごい勢いで近づいてくる物体が見える。確認できるか。」

 無線から聞こえてくる男性作業員からの声に反応して、彼女とコンピューターはレーダーとカメラで確認を図る。

「こちら警備室、レーダーやカメラに何の異常も見当たらない。」

「こちら、でも異常は確認されません。」

「そんなはずはない、こっちに大きな物体が接近してるのだぞ。」

「その物体はどんなものなの、隕石かデブリの類?」

 彼女をはじめ警備室でモニターを眺めていた職員は最初そのような認識しかもっていなかった。この宇宙空間で隕石やデブリの被害は死活問題であった。もし下手に発電施設にねじサイズのごみが飛んで来ようものなら、その被弾は弾丸を撃ち込まれるのと同等の被害が起きる。地球では蚊がさすか、小さな針に刺されるだけでも大騒ぎだ。ましては宇宙のような真空無重力の世界ではなおさらであるが、今の状況ではレーダー能力や画質の向上で細かい部品も識別できるようになっている。

「そんなものじゃない、なんていうか、光沢のある金属質のような物体で形は六角柱の形をしている。」

 その報告を聞いたメリエラを含む職員たちは嘲笑の歌声を上げた。それはまるで未確認飛行物体でも見たかのような報告だったからだ。彼の知り滅滅な報告に厳格か何かを見たのだと決め込んだのだ。

「それじゃ、その物体の大きさと距離について詳しくいってみて。」

 目にえらはこらえきれない笑いを抑えながら無線の相手に質問をした。

「笑ってる暇があるのなら、外に出て自分の目で見てみろ、もう五〇〇mの距離を切ってるんだぞ。」

 その報告を聞いた職員の一人が笑いをこらえながら、外のハッチ上の扉を開けながら、小窓の方に向かって歩いていく。一方のメリエラはカメラのモニターを切り替えながら、周りを調べていた。何度確認してもカメラには作業員の言った物体が映っていなかった。

 メリエラは首をかしげながらモニターと睨めっこしていると、見学に来たシェルバが彼女の隣に近づいてきた。

「何かあったのですか?」

「いえ、何でもありません、ちょっとした操作確認です。」

 彼女は民間人の質問に丁寧且つ冷静を装いながらも、礼儀をわきまえて答えた。ここで民間の人にいらぬ心配をさせないようにしたかったのだ。彼女は民間人の顔を見ようとせず目の前の事柄に集中していた。

 そのような静寂を破るかのようにハッチを大きな音で開ける音ともにさっきまで外の様子を確認しにいった職員が顔を青くしてかけてきた。

「た、大変だ。みんな窓を見てみろ。」

「ど、どうしたの?」

 その動揺した声にみんなは何事かと視線を画面から職員の方向に向けた。まるで彼はUFOをまじかで見たような形相でみんなを呼び集める。全職員は一体何事かと今やっている作業をやめ、彼の手招きする方向に向かって駆け出していく。

「あなたはここで待っててください。何かあったらインターコムで呼び出してください。」

 メリエラはそう言うと警備室から出ていこうとする職員の群れに加わり始める。その時にシェルバの任務が滞りなく進んでいることに安心するかのような冷たい笑みを感じる暇などなかった。

「なんだ、いったいそんなに血相を変えて。」

 同僚たちの早く要件を済ませろと言わんばかりの顔をよそにその職員、窓から覗いてみろと言って同僚たちに指示した。

 同僚は仕方がなく、彼の指さす方向にある窓から外の様子を確認した。外から覗き込んだ職員のだれもがまるで時が止まったかのように、体を人形状態にした。

 彼らの目に映ったものは全長が三〇メートルはあろうかという、六角柱の黒光りする物体であった。それは外にいた職員の言っていたものと同じであった。世間ではこれをUFOと呼ぶのであろうが誰もそのことを口には出さなかった。もしこの物体を一言でも口にすれば、精神障害を疑われ確実に地球に戻されると誰もが思ったからである。それ以前にもしこの物体に対してパニックを起こそうとものなら、その混乱はネットワークを返して伝染し、秩序は失われ我先にエスケープの行動に移ることはここにいる誰もが明らかであった。

 誰か、一人でも口に出してもいい、早く次の行動に移してほしい。誰かこの硬直する事態を打開してほしい。一言でもいいから口に出してほしい思いと口に出したら何もかもが崩れてしまうという思いが互いに衝突して行動に移せなかった。

「ど、どおしたらいいんです?」

 そんなこと自分が聞きたいぐらいだ。女性職員の放った言葉に対する返答をすべての目撃者が心の中で毒づいた。

「た、端末で写真を撮って、そのあと非常警戒警報を……。」

 一人がそうつぶやいて数秒の後、事態はさらに急を要するように陥った。


 その物体が発電所に直撃したかと思うと、周りから多数のメカが現れ、周りを覆い始めた。さらに先頭部から円柱状のものが突き刺さり、周その突き刺さった周囲がから熱を帯びたように真っ赤になり、突き刺さるのと同時に流出していた空気の漏れを〇コンマ以下のスピードで止めた。

 外にいた職員たちは謎の物体に無重力遊泳で近づいてきた。その時、外に放逐された謎の機械が彼らに取り付き、強靭な爪を身体を保護するスーツに突き立てた。突き刺したところからは白い霧上のガスが噴出し職員がもがきだした後に、そのまま動かなくなってしまった。機械群はすぐに次の行動に移りだした。騎亜海軍は周辺に配置されていた警備用の無人機に襲い掛かり、次々と無力化し始めたのだ。中にはシステムに介入したのか無人機を自らの仲間にする者もいた。

 機械達は辺り全体を取り囲みだしたかと思うとまるでそこ守るような形で浮遊してその場で静止した。それはあたかもここが自分の守宙域なのだといわんばかりの態度であった。


 その光景を眺めていた警備員はすぐに頭の回路を働かせて、警報装置のある方向に駆け出そうとした。

「皆さん、そこまでにしてもらいましょう。」

 その声に全員がその方向に視線を向けた。彼らの目に映ったのは、右手で咽喉仏を捕まれ、抵抗できないメリエラの姿であった。そしてそれを拘束していたのは見学のためにやってきた民間人シェルバであった。職員はこの立て続けに起きるアクシデントにどっちを優先するべきかシーソーか天秤のように揺れた。

「お前、奴らの仲間なのか?」

「それは間違いではないですが正しくはありませんね。私は彼らをここに正確に誘導するために送り込まれた、誘導灯ともいえる存在です。」

「誘導灯?」

「そうです。私の体内に正確に彼らを誘導させるために、ビーコンを発するナノマシンが体内に入れられていましてね、その電波の位置情報から彼らを正確に誘導する任務を帯びてきたのです。」

 シェルバが職員たちに話していると、メリエラは民間人に化けた工作員の足を硬くて軽い素材でできた一体型シューズで踏みつけた。本来なら拘束者はその激痛に耐えられず相手から離れるはずであったが、彼は顔色どころか眉一つ動かさず、逆に拘束を強くしてさらに彼女をいたぶった。

「残念だけど、あなたの攻撃は私には通用しません。私の痛覚は自動的に遮断していていますから、痛みを感じません。」

 それを聞いたメリエラは苦虫をかみしめる思いで彼のなすがままにされていた。一方の職員たちは人質にとらえたことにかなり焦りを見せた。彼らはこのような事態に陥ってしまうなど訓練を受けても陥らなかったからだ。

 原子力発電所を宇宙空間に作ろうと計画した際にもこの施設を破壊戦と計画した輩は聞き手数多出会った。そのため訓練が毎日行われた。テロは勿論放射能漏れも想定した訓練も行われていた。

 しかし、このような事態などだれも予想していなかった。いやそもそも謎の物体による被害などだれが予想したであろうか。そんな昔の映画に出てきそうな展開が現実とは受け入れられなかったのである。

 職員の一人が腰に携帯していた無反動型拳銃に手を置き、瞬時にシェルバに照準を向けようとした時だった。その職員の頭部から右斜めにかけて光の筋が走ったかと思とその職員の頭部がスライドして、その頭部の一部は下に落下し、胴体部分は崩れ落ちて引き金を引く間もなく横になった。

 その光景を目撃した職員全員が悲鳴を上げて、多くの人間が混乱のただなかに放り込まれた。しかし、問題のその先ある本当の事態を理解するには時間を要した。その攻撃をしたのは人質を取った少年ではなかったのだ。それはここで使われているはずの赤外線装置が高出力で並のレーザー並みの出力で放たれたものであった。そしてこのシステムを制御しているのは管理者以外に一人だけ、いや一つだけであった。

「は、ハリー一体何やっているの、職員を殺してなんて命令してないわよ。」

 メニエラは抗議の声を上げてハリーを怒鳴りつけた。次の瞬間ハリーは今まで論理と人間臭さが同居した口調から、今まで見たことないような悪意と侮蔑の嘲笑が聞こえてきた。それは今まで見たこともないような笑い声であった。

「ギャッハハハハハ、バカな地球人共め。今まで姿を見なくて声ばかり聴いているから気が付きもしなかったな。」

その口調としゃべり声は明らかに聞きなれたAIの声ではなかった。それは子供のような善悪の区別のないしゃべり方であった。職員の多くはAIが反乱を起こしたのかと考えたが、次の彼の言葉で否定された。

「お前達が信頼していた人工頭脳は当の昔に破壊済みだ。最初は書き換えるつもりだったが地球人にしてはよくできていたので、破壊してから、システムを乗っ取ったのさ。」

その時何人かの職員の脳裏にはかつての違和感が思い出した。最近やけに感情豊かになったと感じていたが、すでに乗っ取られていたとは。しかし、ハリーがこんなテロリストなんかに乗っ取られるはずがない。

その時彼女は思わず感情的になって怒鳴りつけた。

「あんたはいったい。誰なの?」

「知りたかったら、向こうからやってくるものを見ることだな。」

彼女は何を言っているのと首をかしげたが、次の展開が職員たちに答えを出した。

首を振り向くとそこには、昆虫を巨大化したような大きさをした生き物が群れを成し、見たこともない銃を持って突撃してきたのだ。職員は思わず悲鳴を上げるもの、反射的に武器を抜き反撃を試みるもの、そしてあるものは逃げ惑い別室に逃げ込む者とさまざまであった。メニエラは顔色一つ変えないシェルバに一泡吹かせようと両手の親指で目を押し当てた。さすがに目を奪われたら視界が奪われると思われたシェルバは思わず防御のために手を振り落とそうとするが、そのすきを突かれて彼女は拘束を離れ、職員達を先導して謎の生き物から逃げ出した。謎の生物は人間を視認すると、即座に発砲をはじめ、その武器が命中した人間は内部がまるで風船のように膨れ上がり赤い血しぶきを上げて、肉片を周囲にまき散らした。職員は必死に逃げまどい、懸命に命乞いをする者もいたが、謎の生物は何のためらいもなく発射した。すべての人間はこの時、この生き物は自分達の事を虫けらやばい菌程度の認識と、それに対する悪気のない悪意に満ち満ちているのだと感じていた。誰もその生き物の中に潜む怒りの満ちた瞳に気が付くものは一人としていなかった。

一方、生き残った職員たちを連れて武器庫の中に逃げ込んだ。彼女たちはここで籠城をする構えであった。

「なんだ、あの生き物は?」

「そんなの聞かれなくたってわかるでしょ。」

 彼女は当たり前だろという顔をして職員をにらんだ。彼女は誰も口にしたくなかった答えを口にした。

「地球外生命体。恐らく昆虫型で放射線にも強い。」

彼女にも推測も交えた答えに沈黙を余儀なくされた。それは誰もが口にしたくなかったが、今目の前に映る現実にそらすことができなかった答えであった。この地球にこんな昆虫サイズの生き物など存在しない。さっきの謎の物体も彼らの宇宙船と推測すればすべてのつじつまが合う。しかしそれが現実だとは誰も認めることができなかった。しかし、こんな形でファーストコンタクトになるとは、自分達は人類との戦争の戦端になるのだと思った。

「どうする、俺達は訓練を受けたけど軍人じゃない。」

「そんなこと言ってないで、武器を取って。」

 そういって彼女は、普段はシリンダー式のカギで封印されている無反動型のコイルライフルを取り出し生き残った職員たちに手渡した。本来はテロリストなのどの人間同士で戦うことを想定した武器であった。弾も人体は貫通しても壁などの固いものに当たっても粉々に砕けるだけという、気密性の高い建造物に配慮したものにされた。

 しかし、今回戦うのは地球外生命体、しかも見た目からして固い外皮で覆われているとてもじゃないがかなう気がしなかった。それでも彼らは戦わなくてはならなかった。それがたとえ当事者ですら信じられないものであったとしても、職務を全うしなくてはなっらないしもし放棄しなくてはならないにしてもまずはここから脱出しなくてはならない。

 彼女は一丁ずつ銃に弾倉を取り付けると、それを手ぶらの職員に手渡した。彼らの多くは手を震わせ、目がうつろになって現実から逃げたい衝動に駆られているのが分かった。それ気が付いた責任者が、訓練通りにやればいいんだとなだめるが、返答は当然且つ現実な返答が帰ってきた。こんなこと訓練ではやったことがない。ましてやこんな事態、誰も装填していませんと。責任者の方でもそんなこと我々だって同じだだの、水掛け論的なやり取りがあちこちで聞こえていた。

 メニエラは最後のライフルを手に持つと、そのままバリケードの構築に乗り出した。少しでも守れるものがあればそれに対応するに越したことはないと考えたのであろう。いずれにしても彼女はほかのメンバーと比べてれば比較的落ち着いて行動はしていた。それでも彼女の不安は雪だるまのように大きくなるばかりで、こんなもの大丈夫かなどと不安に駆られるばかりであった。

 突然、扉を叩くような音が聞こえてきた。その音を聞いた誰もがバリケードなどの物陰に隠れた。誰もが予想が付いた。奴らがここに来たのだ。ここの扉は電子ロック式であるため、AIを使ってここを強制的に解除することは可能である。そのことを見越して、金属類などで扉を特殊溶接であかないようにしているのだ。しかし、それも秒単位しか持たないだろう。全員武器を構え突入に対しての防御態勢を整えた。

「来るぞ!」

 誰かが叫ぶと全員構えの姿勢を整えた。

 次の瞬間、補強された扉が高熱を帯び始め、真っ赤になって円柱状に溶け出した。そしてそこから食い破るように丸い球状形をした物体が飛び出て、転がってきた。そして零コンマ以下の眩い光が放たれ、行動に移す間も与えなかった。

 メニエラは思わず目をつぶり、顔を覆った。そして数秒の沈黙の後、彼女は反撃の態勢に切り替えた。

「みんな大丈夫。」

 返事がない。みんな光に包まれて、苦しんでいるのか。それにしては静かだ。

「すぐ入ってくるわ、早く体制を……。」

 彼女が振り向くとそこには現実とは思えぬものが見えた。そこにいたのは銃を構えたまま、まるで真っ赤なマネキン人形のようになった物であった。それは血のように赤く、職員の服は原子の塵にでも帰ったかのように消滅し、ただ唯一持っていた武器のみがそれがかつての職員であったことを物語っていた。

彼女はその光景に思わす恐怖を感じた。彼女は恐る恐るその赤い人型の物体に手をふれる。赤い人型の物体はまるでシャボン玉が破裂するかのようにはじけると中から液体が流れ出て赤い水たまりを形成した。そして、それにつられるかのように他の物体もはじけ、武器の落下音と共に川のように流れ水たまりを形成して大きな水たまりを形成した。

彼女は思わずあり得ない現実を受け入れることができなかった。ほんの数分前までいたかつての職員は今は見当たらず、代わりに赤い液体が床を覆っていた。彼女が恐怖に足をすくわれていると、ドアを破壊する音が聞こえた。彼女はとっさに銃を向けた。見るとそこには多数の無人機と、昆虫型を含む多数の地球外生命体が突入を始めた。彼女は素早く引き金を引き、先発の数奇もしくは数体に命中弾を浴びせた。異星人は体を貫通するまではいかないものの痛覚があるようで、激痛にもだえ苦しみ床を転げまわる。

「くそ、生き残りがいたのか。」

「まさか、フラッシュデスの放射線と識別は地球人の致死量に合わせたのだぞ。」

異星人からはそのような言葉が聞こえてきたが当然彼女には理科できる暇も隙もありはしなかった。彼女はこの建物でたった一人、抵抗を続けて生き残りの方策を模索していた。すると人混みの方から勢いよく飛び出た人型の影が飛び出てきた。それは、自分を人質にしたシェルバであった。彼は無表情のまま、彼女に向かって突進を仕掛けた。彼女は接近すれば銃を撃てないと感じ取り、電磁警棒を取りだして大きく振り下ろした。警棒は防御態勢をとった、彼の腕に当たったが、電流が流れているにもかかわらず感電は勿論知多がるそぶりも見せず、そのまま彼女を抑え込んだ。

「よくやった、シェルバ。」

 昆虫型の異星人の一人が彼を誉めた。他の異星人達は突入をはじめ障害が彼女以外いないことを確認するとそのまま武器を上げた。

「さすがですね、時間をかけて作ったハイブリットなだけあります。」

 メニエラは何のことだかさっぱりわからなかった。言語は意外と発音と文法を頭の中で整理して理解することができた。最も専門用語も混じっているみたいで完璧には理解できなかった。

「しかし、この地球人はなぜ致死量を浴びながら生きているのでしょう。」

「たしかに、変ですね。」

 そういいながら異星人の一人が何かスキャナーらしきものを取り出した。そしてその機会をまじまじと見つめて、何かしらのデータを見た瞬間、彼は思わず後ろにのけぞった。

「こ、これは!?」

「どうした?」

「これを見てくれ。」

 スキャナーを持った異星人が建物内の他の異星人達にデータを見せた。データを見た異星人の間でどよめきが起こりだした。

「まさか!?」

「こいつが例の?」

「しかし、これならつじつまが合う。」

 異星人達の間でそのような会話が聞こえてくるみたいであった。事実異星人達の反のは地球人とさほど変わりはしなかった。

 一方のメニエラは抑え込まれながらも、何とか逃げ出すチャンスを探していた。彼女は何とか生き残るチャンスを探していたのだ。だがそのチャンスはシェルバの次の質問の後の行動で断ち切られることになった。

「彼女はどうします?」

「今は気絶させろ。彼女は大切な仲間だからな。」

 彼女は彼らの会話の中に仲間という単語だけは理解できた。その時の彼女は仲間とは今会話している相手の周りにいる異星人の事だと思ったからだ。

「すまないですけど少し気を失ってください。」

 シェルバはそう言うと後ろから窒息死しない程度の力で首を絞め、彼女の脳と心臓を通過する血管を遮断し始めた。彼女は必死に抵抗するが、その抵抗も意識が遠のいていくのと歩調を合わせて、弱くなっていき、最後には意識の消失と共にその抵抗の思考と運動を完全に停止させてしまった。


目を覚ますと彼女は制御完成の部屋に転がされていた。彼女が体を動かすと、両手両足が何かに固定されている感覚に襲われた。彼女が両手両足の方へ視線を下げるとそこには、本来犯人を拘束するために使うものであった。彼女は自分があの異星人と少年に拘束されたまでは覚えていた。だが、そこから先は思い出せない。推測はできるがそこまでの過程を確かめることもできないし必要もないだろう。もうすぐ自分を運んだ存在が来ると予測して。

「目を覚ましましたか?」

 聞き覚えのある声が聞こえてきた。彼女が振り向くとそこには特殊繊維でできていると思われる紺色のボディスーツを身にまとったシェルバと先ほどの異星人を含む複数の地球外生命多と思しき生き物が目の前に立っていた。異星人の多くは特徴のある異星人であったが,構成としては人間の形に最も近いもの、昆虫の形に似ているもの、エネルギーのもので肉体を持たないもの、そして見た目は金属やシリコンで肉体を構成している物の四つに分けられる。彼女はなぜこのメンバーなのか詮索しかけたが今はそのことは横に置いといた。

「あんたいったい何者?」

「僕は異星人達の遺伝子と地球人の遺伝子で作られたバイオロイド、平たく言えば人造人間だ。」

「人造人間……。」

「そう、生まれながらにものとして扱われる存在だ。」

「それじゃ、私達がここに来る時確認に使ったデータも……。」

「そう、すべて出まかせだ。さすがに外からハッキングしていたらいくら地球人といえ、完全に怪しまれるから、政府機関に直接乗り込んでデータを入力するには苦労したようだ。最も作られて数か月しかたっていない僕からすれば、その苦労を感じる事はできないけど。

 彼女は一瞬沈黙した、いったいどこで彼の存在が虚構であることをみぬくことができたのだろう。何重にもチェックをしたのにすり抜けられ、今ここで起きているありえない事態防ぐことができたのではないか。最初水車のように頭を駆け巡ったが、すぐに次の質問を彼らに投げかけた。

「なぜ殺さないの。」

 彼女の質問に彼は答えた。

「我々もやたらめったら殺したりはしない、地球人とは違ってね。」

「な、なんですって!?」

 彼女は怒りのあまりかみつこうとしておもい道理にならない体を動かした。これだけの殺戮をしといてまるで自分らが悪人だと言っていることに腹を立てたのだ。彼女は動かそうとし足はほつれそのまま前のめりに倒れた。

 彼女は自分の馬鹿な格好を見て、異星人は嘲笑かあきれ顔をして見下げていると感じたからだ。彼女は顔を見上げた。彼らの顔の多くは悲しいというか哀れとしか言いようのない顔をしていた。シェルバは彼女を助け起こし拘束していたうちの下の方の足環を外した。

「呆れ気味にもわかる。君自身の正体も含めてね。」

 その意味深な言葉と共に彼はモニターの電源を入れた。そこに映し出されたのは異星人達がまるで演説を始めるかのように立っていた。彼女には見覚えがあった。それはテロリストたちが犯行声明を出すときに見る映像のようであった。

 彼らは個々の施設を使って情報を恐らく地球に送信しているのであろう。彼女はここで地球侵略の宣言でもするのだと思った。二級の映画ではよくある展開であった。しかしその予測は次の言葉で裏切ることになった。


『地球人諸君、突然だがこの発電施設は我々が占拠した。我々は君たちの言う異星人だ。信じられないと思うだろうが今君たちが見ているモニターすべてに我々の映像が映っていることがすべての証明になるだろう。』

 その異星人は流調な訛りのない英語を口にしながら、カメラ越しに自分達を映していた。メリエラはその時自分の起きている事態に恐怖で震え上がっていた。

 彼らの言っている言葉である英語が耳に響いているのだが、問題はそこではない。その時彼女頭の中に自分の母国語が変換されてまるで吹き替えのような状態になったからである。恐らく何らかの翻訳機かもしくは特殊な能力を持って、言葉のバラバラな地球人に合わせているのだろう。彼女はそのことが確実に地球の生き物では成りえないことであった。


『我々の要求は三つ、一つは現在地球に拘束されているわれら同胞の即時釈放、及び各母星への即時帰国。二つ目は地球にいる全ての住民に対し、われら異星人の存在が確認されていることと、その情報を密にした経緯を発表すること。最後に地球との公式な貿易を行うこと。もし、この要求を一つでも飲めなかった場合。即座に地球が命綱にしているこのエネルギープラントの即時停止を行う。タイムリミットは地球時間で七十二時間だ。賢明な判断を期待する。』

 異星人達はそう言い終えると、マイクのスイッチを切り、マイクを床に落とした。

「我々を本気にしたでしょうか。」

「まずは本気にはしないだろう。いたずらではないことを念のために証明して見せよう。」

 そういうと昆虫型の異星人はダイヤルに手を置いた。

「あなた達、やめといたほうがいいわ。操作の仕方なんてわからないでしょう。あなたから見れば私達の機械なんて石器時代かよくて骨董品にしか見えないでしょう。」

 彼女の警告を昆虫型異星人は鼻先で笑い飛ばした。

「それでは、その石器時代の機械を操作してみよう。」

 そういうと異星人はまるで何年も働いていたと思えるような操作をし始めた。さらにほかの異星人達もまるで手慣れた手つきで機械を操作し始めた。画面には供給していた電力と電圧が低下を示し始め、原子炉もメルトダウンはおろか、冷却用の液体が水面低下することもなく、安全に駆動が停止し始めた。

 彼女は瞬きした。なぜ異星人がこのように初めてであるはずの機械を動かすことができたのか理解できなかった。情報を手に入れたとなればそれまでなのだが、どうやって、しかも何の説明もされてもいないはずなのに操作ができたのかが理解できなかった。

「なぜ、捜査できたか不思議に思うだろう。」

「どういうことなの。」

「操作の仕方は君が教えたのだよ。」

「私は何もしゃべってないわ。」

 彼女はそう言った。実際彼女はスパイのような行動をした覚えもないし、接触した記憶もなかった。

「君の記憶を通してここに関する情報を入手したのだ。」

 彼女は彼らの言っていることがよくわからなかった。

「どうやって。体内に盗聴器か隠しカメラでも仕掛けていたというの?」

「あながち間違ってはいないが、もっと手が込んでいる。」

 そう言って彼は説明を始めた。彼女の体の脳部分に生体型のチップを埋め込み、そこから通信を行っていたのだという。そしてそのデータと映像をもとに、ここの操作方法、座標、内部構造、職員の数から個人的情報に至るまでをすべて彼女を通して手に入れたのだという。彼女はいつの間にそんなことされたのか混乱をしてしまった。

「わたしUFOにさらわれたのかな?」

「そんなものではない。」

 じゃあ、どういうことだと彼女は訴えたかったが答えが理解に苦しむ者だったようなので口にはしなかった。

「だったらなんで、私を生かしておいたの?」

「それはどういうことかな?」

「あなた達はこの施設のことを何から何まで知り尽くしてるはずでしょ、私を通してすべてをね。それだったら私だって用済みになっているはずでしょ。」

 彼女のかみつくような質問に異星人は冷静に答えた。

「理由はたくさんある、でもその中で重要なのは君が万一の事態になった時の保険だ。」

「保険?」

「そうだ、もし、地球人がここを奪還に来た時の交渉材料兼脱出のためのサポートをするのが目的だ。」

「うまくいくかしら、私の命なんて気にも留めないと思うけど。」

「その可能性は大いにある、しかし、ここが暴走していたらどうなる。」

「まさか!?」

「そう、地球人がここの操作方法を知らないと思っているだろう。むしろ君が我々に脅されて操作しているとみれば、地球人とてこの発電所の暴走を止める手だてを失いたくはないだろう。」

「ずいぶん狡猾ね。」

「有効な策だ、君は我々に脅されたといえばいい。」

「でもそれだと、自分の首を絞めることになるわよ。」

「別に大したことじゃない、我々の大きな目的と比べたら。」

 大きな目的、それは何なのか疑問がもたげた。もし、三つの要求が目的なだけなら、こんなテロリスト紛いの事をしなくても、いいのじゃないか。特に第一の要求なら特殊部隊を送り込んで拘束している異星人達を助け出せばいい。たしかに急所を狙うことは正しいが、なぜここのシステムをハックして乗っ取りを図ればいいのじゃないか。実際に彼らは八リーを破壊したのを手始めにこの施設のシステムを完全に乗っ取てしまっている。

 彼女は直球に質問をした。

「あなた達の真の目的は何なの。」

 彼女の質問にシェルバは口を開いた。

「君の予想している通りだよ。我々は地球への直接的武力介入を支援するために任された陽動だよ。」

「地球の侵略でもするつもり?」

 メニエラの鼻で笑った質問に対し、昆虫型の異星人はホッペを殴り返す形で答えた。

「そんなことであるなら、わざわざ兵糧攻めのような真似をしなくても、無人機の大量投入などすればもっと楽にできる。」

「じゃあなんで。」

「我々の目的はただ一つ、地球を交易の拠点にすることだ。」

「交易の拠点?」

 彼女は異星人の交易拠点の意味が理解できなかった。

「過去の地球の歴史でも交易の活発化でその都市が発達したということが枚挙にいとまがないだろう。」

 昆虫型の異星人は彼女を向きながら言った。

「地球はちょうど、我々と交易相手の中間に位置しているのだ。そんなちょうどいい場所に拠点を設けようとするのは地球人でも同じだろう。」

「だったらなんでこんなことを。」

「地球人は我々の交易具申を何度も拒絶したのだ。まあ、自分達が争いや猜疑心の目で見ていたから仕方がないし、我々も否定できない。だが、少なくとも地球人のやっていることを、黙ってみているつもりもない。」

 いったい何をしたというのと彼女が問いかける間もなく、異星人はモニターに自分達の端末とリンクさせ画像を見せた。そこに映し出されていたのは、多種多様の異星人がまるでモルモットのように実験台に乗せられ、メスなどの医療器具で切り刻まれる画像や、尋問官に電磁警棒などで痛めつけられ、治療もされないまま拘束されるもの。そして、その亡骸をホルマリンなどの防腐剤の入った溶液に着けられるものと、地球人同士でやれば非人道として世界中からたたかれるような光景が映し出されていた。

「な、なにこの画像。」

「見ての通りだ、地球人は我々の仲間を地球内でとらえると、そのまま厳しい拷問を加え拘束しているのだ。しかしこれはまだ生温いほうで、中には生きたまま解剖実験の素材にされている物もいるのだ」

 それに続けてシェルバは口を開いた。

「この画像は当時ここの職員であった地球人の一人が良心の呵責ともいえる気持ちで我々に送ってきてたものだ。その地球人はその後、我々の仲間にリンチを受けたかもしくは職員に捕まって口封じされたのかはわからないが、その翌日体をバラバラにされて捨てられたがね。」

 彼女は言葉がなかった。今まで宇宙人の侵略を扱う映画では宇宙人は悪でもしくは狡猾かつ攻撃的な人種と多くの映画が世間一般に広まっている。それは科学者の間でも同じように考えている。理由は人間と同じもしくはそれ以上の生命は脳のエネルギー消費量が桁違いなため、食物連鎖で考えると植物類などを食べる動物からエネルギーをとったほうが効率的だというのである。勿論この考えは、友好的か否かを別にしての話である。

 しかし、今見ている彼女の画像はその価値観を一八十度ひっくり返すにはちょうど良かった。

「でもあなた達も地球人の事を捕獲した虫か単細胞生物と同一視しているんじゃない。」

 何人かは口ごもってしまった。否定できないようであった。異星人は地球人の事をフラスコのアリと同じようにみているという事実を真実ではないにしても、あながち嘘ではないと心の中にあったことを沈黙で答えてしまったようだ。

 天文学者のミチオカクによれば異星人には星のエネルギーを操作するタイプ1、銀河系のエネルギーを操作するタイプ2、宇宙全体のエネルギーを操作するタイプ3がいるという。地球の場合そのどちらも当てはまらない、もしくは少ししか操れないため、タイプ0、もしくはタイプ0.5と表現している。

 そのためカクは異星人は地球人の事をアリ程度に見ているのではないと推測していた。その答えを何人かの異星人は答えたも同然であった。だが、それに対して異を唱える異星人はゼロではなかった。異星人は地球人から見れば必死の形相で答えようとしたが、それに先を越した人物がいた。ハイブリットのシェルバであった。

「もしそうだったとしても、地球人を低く見る異星人ばかりではない、現に地球人には交易しよう何度も来ているんですよ。」

「私の同僚を皆殺しにしておいて。」

「それは我々だって同じです。」

 異星人の一人が彼女にかみついた。もはや子ここまでくれば水掛け論に等しい。メニエラと異星人はすさまじい剣幕で互いの事をののしりあい、自分は被害者だ、お前は加害者だという事を自分達はお前達より被害が大きいから大きく強弁できるのだと互いに言い張りあっていた。しかし、彼らが言っていることは言葉が難しくより難解にそして、大見を張って言って以外は自分達の祖先の脳の知能と一緒であった。彼らは自分達の高知能の脳みそを回転数だけを上げて、その使用領域を一部分だけにして戦っていた。その姿は、傍から見れば声だけ甲高い霊長類が自分の叫び声で虚勢を張っているような光景であった。

「いい加減にしろ。」

 突如、スピーカーから聞こえてくる怒号によって、一人と多数の口論は突如として終わりを告げた。その怒号は近くで雷を落とされたかのような轟音で、全員思わず、心肺機能のメモリを跳ね上がらせて、視線をスピーカーに向けた。

「話が脱線して悪かった。メニエラ、鼻で嘲笑った私が言えた義理ではないが、我々は人類を同等はいかないまでも、一人の生き物としてみている。地球人だけではない。知能の有無を問わずにね。」

 彼女は異星人達の言葉を信じなかった。いや、それどころか疑りと疑問の底なし沼に足どころか下半身にどっぷりつかるまでになった。

 自分達の事を一つの生き物としてみているとはどういうことなのか。少なくとも奴らの言った通り同等とは見ていないことは確かだろう。では、どう見ているのか。彼女は地球人の考えで細分化した。最高位は独自の文化を持つ、原始的な民族から、人々から害虫とののしられながらもたくましく生きる生物まで分けた。いったい自分達はどこの位に位置しているだろうか。しかし彼女の予想は大体固まっていた。それは、他の人に聞いても同じ子答えをするだろう。よくてブービーのところである。

「それじゃ、聞くけど私達はどのように見ているのかしら。」

「……少なくとも、地球の生き物中では文明が作れるほどの知能を有している。という評価はしている。しかし、それと同時に異星人の中では内部争いが絶えない人種だという評価もしている。」

「あなた達は、争いとかはしないの。」

「少なくとも、惑星内の争いは大体の国は収まっている。」

「あなた達の中では同士の中で争うことはないわけ?」

「確かに地球人のように争いが絶えないながらも、宇宙に進出した種族は多くいる。しかし我々の国ではそのような種族は、基本的に避けるようにしている。」

「じゃあ、地球なんて論外じゃない。」

「本来はそのとおりだ、政府がそこに重要な価値を見つけたとなれば話は別だと思ったのだ。」

 彼女は彼らの考えは地球とあまり変わらないのだなとしみじみ感じて彼らの話を聞いた後、次の疑問を質問した。

「さっき武力で地球を開国させるといったわね。それは映画みたいに攻め込むのかしら。」

「そんな手間をかけるのは最後になった時だ。」

 彼はそう言うと武力介入の粗方の論法を答えた。

 武力介入とはいっても厳密にいえば、人類の眼前に武装した船を中心に地球の都市に現れて、自分達の力が地球を破壊することも、制圧することも自由自在であることを示唆させ、抵抗は何の意味も持たないと、伝えるという。

「そんなこと、地球の人に伝わるの?」

「この計画は過去の地球の歴史から、一番効果的かつ犠牲を極力避けるために立案したプランだ。」

 そんなこと、可能なのであろうか彼女には疑問視していた。たしかに直接的な攻撃を行わずに、他の文明との交流した経緯はいくつか存在する。礼を言うならかつての日本が好例である。日本は一八世紀の末になると政治の行き詰まりと自然災害で苦しんでいるところに欧米勢力の艦船の開国と貿易を求められていた。それらは大体が商業目的で武力を伴わなかったため、追い返すことができた。だが、同じことの繰り返しはその分相手側に学習能力を与えることにつながる。そしてその揺り返しは一八五四年に現実のものとなった。

 マシューペリー率いるアメリカの軍艦四隻は現在のお台場に錨を下ろし、江戸に住む日本人の眼前に姿をさらしたのである。当時の日本もオランダを通じてこの情報はある程度はつかんでいたが、長年の鎖国で外交感覚が子供以下に退化してしまっていて、対応策にもめていた。そこで時間を稼ぐため後日に返答するといってその場を収めたのであった。

 しかしそれでも当時の政府の衝撃は大きかった。最初は強硬論を強く訴えるものが多かったがインドや中国などの国々が欧米に敗れた報を耳にして、急速に慎重な意見が占め始めた。そして、ついに運命の時が来た。マシューペリーが返答を手に入れるために戻ってきたのだ。予定より早い艦隊の来航であった。後に日本で語られる『黒船来航』によって欧米に対応できる武力を持たない日本は開国し、国際社会の荒波に放り込まれたのである。

 彼らはこれらを含めて地球の通商には武力が一番と考えたのだ。ただし、心理戦という内面を使った戦術で。

「確かに通用するかもしれないけど、ほんとにうまくいくのかしら。」

 彼女の疑問はこの作戦に参加した何人かと共通する考えだったようだ。もし自分が地球人の立場であるならばどう考えたであるだろう。武力を伴わない無言の威圧は、パニックを生むのではないか。はたは攻撃してこないことを逆手にとって、逆に先制攻撃をしてくるのではないか。いずれにしても今の自分達にできることは、ここを押さえて、地球側に三つの要求をのませることぐらいであった。

「あなた達、ひょっとして民間の人。」

「なぜそう思う?」

「あなた達の行動は論理と利害だけでは動いてないから。地球なら自らの欲望を隠すために、少なくとも人道的な何かを表面で隠すと思うから。」

 シェルバは思わず黙りこくり、後ろに下がった。それを聞いた昆虫型の異星人は納得し彼女に語り掛けた。

「以外に鋭いな、そうだ、我々は政府の後ろ盾こそあるが、建前上民間の組織だ。これがあるため政府では動けないことを何でもやることができる。君たちの言う非政府組織と同じようなものだ。」

「殺しも容認しているの?」

「普通はよくはないよ。政府の後ろ盾があったからできたんだ。」

「じゃあ何でも許されると思っているの、矛盾しているわ。」

「地球人からすればそうだろうが、我々では当たり前だ。」

 メニエラは互いに口論を重ねながら時がたつのを異星人と共に忘却の彼方に置かれていくのであった。


 彼らが唯一の生き残りである彼女と真実を明かしていた頃、電力が弱まって地球の明かりが弱く光を帯びていた。どうやら、電力供給が抑えられ始めたせいで、各地で暴動が起きているみたいであった。地上の方では至る所で点滅を続けていた。どうやら発電所の電力供給の制限が至る所でひずみになって都市部に波及しているようであった。世界の文明はそれに依存していると崩壊するのはまさに砂上の楼閣も同然である。現代の文明が電気や資源に依存してる限りは、文明社会の崩壊と常に隣り合わせである。それは今まで崩壊してきた地球の文明がそれを証明していた。

 そんな地上の危機をしり目に闇を縫って、謎の飛行物体が三つ、発電所に近づいてきていた。それは新型のシャトルのようではあったが、製造番号は勿論、国籍表示もなく、またレーダーには勿論目視すら視認すら困難な状態でエンジンの推進を切った状態で忍び寄ってきた。そのシャトルの中にはいったい何者が入っているのか、少なくとも正式な部隊ではないことは、普通なら気が付くはずの異様さであった。唯一、異星人の船から放出された無人機とそれに乗っ取られた発電所の防衛設備のみが異変を感じ攻撃相とするが、その間を置かずシャトルから謎の光の幕が広がり、無人機群の機能を完全にダウンさせてしまった。それを確認した三つのシャトルは勢いをつけて発電所に接近していった。

 発電所の通路では異星人達のたわいもない会話と、自慢話で花を咲かせていた。その内容は地球人が耳にすれば集団で袋叩きに遭うような内容であった。彼らにしてみれば彼らは小動物か道路標識の的と同一視していたのかもしれない。そして彼ら自身の慢心でもあった。

 それは突然の出来事であった。発電所全体がまるで地震が起きたかのような衝撃に襲われ、異星人達は一瞬原子炉が水蒸気爆発か何かを起こしたと感じた。しかし、その推測は施設内を一撃で貫通する巨大な螺旋の溝をつけた円柱が入ってきて、そのハッチが開いた。

 その直後、宇宙船のダクトからコイルガンを構えた黒の放射線防御スーツを着た人間が現れ出た。異星人達と彼らの配下にある無人機達は反撃の構えに入った。彼らも虚を突かれることは予想だにしていなかった。しかし、地球人に対する防御態勢も整えなかったわけではなかった。彼らは持っていたパルスガンで反撃に出た。しかし、敵の反応は全く無反応であった。別に異星人達の腕が悪かったわけではなかった。むしろその逆で異星人達は地球人以上の身体能力と高い訓練プログラムによって、地球人を圧倒できるだけの戦闘力を秘めていった。問題は彼らと相手の装備の問題であった。異星人の持つパルスガンは威力かなり高いものであった。もし生身の地球人に命中すれば感電死もしくは心臓発作を起こすほどの威力を持っていた。しかし、地球人の防御スーツはそれらの攻撃を全く持って受け付けなかった。異星人達は焦りを覚えた。科学力技術力では上回っている自分らの攻撃が受け付けなかった。まるで、このような事態が最初から予期していたかのような地球人の装備と戦術に苦しめられたのだ。

 逆に地球人の部隊はフランジブル仕様の弾丸と自らを守る防御スーツ、そして、敵の電子機器などを無効にする電子グレネードを使った戦術で彼らを一匹一匹仕留めていった。

 それはまるで彼らの弱点を熟知しているかのような手際の良さであった。

「なぜだ、なぜ地球人は我々の装備や弱点を見抜いているんだ。」

「地球人たちは調べていたんだ、我々が侵略してくると想定して。」

「仕方ない、こうなったら爆弾を使うぞ。」

 それを聞いた異星人達は正気かと疑った。この宇宙ステーション型の発電所を爆破するのは自殺行為に等しかった。爆破をすれば、確実にここへのダメージは致命傷になりかねなかった。彼らの武器がパルスガンを使っていたのもそれが理由であった。もし、レーザーガンで隔壁を破る事態が起きれば、空気が漏れ出すだけに限らず、発電所全体に深刻のだめ字を受けかねなかったからだ。そのため、彼らはみずからの身を守るのと同時に、発電所のダメージを抑えるためにパルスガンを選択したのであった。しかし、それが逆に自分達を追い詰める悔過につながってしまったのである。彼らは本来使う予定のなかったゲル型の爆弾を使い地球人の特殊部隊を宇宙空間に吹き飛ばすプランを思いついたのであった。

「だめだ、もしここで使えば我々も被害を被る。」

「安心しろ、威力はここを吹き飛ばす程度で済ませる。俺が投げたら全速力であのハッチまで逃げろ。」

 異星人の一人がそう言うと中から爆弾を取り出すと、持っていたパルスガンを発射した。他の異星人は懸命に撃ちながら、ハッチまで後退し始めた。それに合わせて警備ロボットは鉄壁の弾幕を張って防ごうとした。しかし電子グレネードの爆発によってその機能が停止し始めた。電子基板をショートさせられたのだ。地球人のなんと用意周到な戦術だ。彼らは懸命に猛攻を抑えながらハッチまで逃げ込む。

「逃がすな、殺せ。」

 地球の部隊が容赦ない攻撃を仕掛けた。異星人はその一斉射撃で深手を負ってしまった。しんがりを務めた異星人は苦しみながらも、懸命に抵抗し生き残りの脱出を見届けた。そして、中のゲル状爆弾を手にした直後とどめの一撃が加えられその機能を完全に停止した。

「用心しろ、なにを持っているかわからないぞ。」

 そういいながら突入部隊が慎重に倒れた異星人の体を揺り動かした。その直後、ゲル状爆弾の点火スイッチが運悪く起動し、それと同時に眩い光と爆風が施設内に広がり、その区画を大きくデブリに変えてしまった。そして彼らの肉片は爆圧により吹き飛ばされ、瞬時に空気と水分を凍らせて宇宙空間に飛散していった。その爆発は空気のない宇宙空間では小さな火花程度にしかならなかったかもしれないが、その被害はかなりのものであった。飛び散った破片群が次々と地球のシャトルと異星人の船に直撃し至る所に貫通穴を発生させ、被害を被らせた。宇宙のデブリはこの宇宙空間では重大な危険因子である。例えば小さなねじ一つだけでも銃弾以上のスピードで飛んでいくため、ひとたび衝突など起きようものならそれは重大な被害につながりかねなかねない。そしてこの爆発も両者の退路に重大な制限をかけた。地球側のシャトルは何十か所にもわたる被弾によって、中の気密機能を大きく損ない至る所で酸素漏れを起こした。さらにそのうちの一機のシャトルが液体酸素の入ったタンクを被弾させようで、シャトルの窓付近から火の色をした赤い光が見えていた。残る二つのシャトルも懸命に穴をふさいで事態の収拾に努めようとするが、もはや手におえる状況ではない事は火を見るより明らかであった。また、異星人の船の方でも状況は悪かった。彼らはデブリに対する対策は進んでいたため、すぐにシールドを展開して被害を受けないように防御態勢を整えた。デブリは宇宙船に直撃する前に船を覆ていたシールドに弾かれあさっての方向に飛ばされ、かなたのほうに消えていった。それはビリヤードの弾が柔らかいゴムマットに当たってばねの如気勢いで飛んでいく様相であった。

 だが、この時船に深刻な事態を起こしていた。シールドの出力を最大にしていたせいで、彼らの動力炉がオーバーヒートを起こして炉心融解を起こす寸前になっていたのであった。この事態に気が付いた中の異星人達はすぐに出力を落とそうとするが、直後にシャトル内部で火災を起こしていたシャトルの液体水素のタンクが引火し、二次爆発を起こした。不運にもそのシャトルが接岸していたのは、異星人の五十m左下だった。しかも爆発した破片の中で特に大きいものが異星人にめがけて飛んできた。異星人は条件反射的シールドを最大にして船を守ろうとした。破片はシールドに弾かれて、別方向に飛んでいき、船を破片からは守ることができたが、その対価は動力炉の崩壊というもので払われることになった。


 一方、制御室では突然の振動に全員が動揺を起こしていた。彼らはすぐにモニターに各箇所の映像を見た。

「な、なにがおきた?」

 異星人達の多くは一瞬何が起きたのかわからなかったようで、事態を確認するために必死だった。映像には多数の黒ずくめのヒューマノイドが次々と無人機と仲間にたして攻撃しているさまであった。

「多分、地球から送り込まれた部隊よ。ここを制圧するために。」

 それを聞いて多少なりとも驚いたがやはりという顔をした。

「まさかこんなに早くやってくるとは……。」

「地球人を甘く見てましたね。」

 彼らは自分達の考えが予想を早く上回ることに、少なからず驚きを隠しきれないでいた。

「だがなぜだ。我々が中に人質がいるかもしれないのにどうしてこんな大胆なことができる。」

 異星人達は焦りながらも疑問を口にした。人質を救出するにはまず敵を知ることだと知っていた。それは地球人でも同じことだ。我々が時間を設定したのも地球人に調べる暇を与えないためだった。それにもかかわらずこんな大胆にも武装した部隊を送り込むことができたのか。その答えはメリエラが答えた。

「あなた達はミスをしたのよ。私以外の職員を皆殺しにしたことを知ったから。」

 シェルバはそれを聞いてどういうことだと聞き返した。

「私達の体内には認証のための電子チップが埋め込まれている。これは私達を識別するためにつけらたものなの。」

「……まさか……。」

「そうよ、恐らく私以外が死んだことを地球の方にも伝わったから、人質を気に留める必要がなくなったのよ。」

 それを聞いた彼らに明らかな後悔の顔があった。自分らは操作の仕方を学んでいたし、地球人を虫や菌までとは見ていなかったにしても、軽く見ていたことを心の中で感じていたことは嘘ではなかった。ただ、職員たちを生かす合理的な理由が見つからなかった。というか、生かす理由が思いによらなかったといったほうがいい。もし、ここで職員全員を人質にしていれば彼らもうかつに手は出せなかったかもしれなったし、自分達の脱出のための交渉材料になっていたかもしれない。

 いずれにしても、今となっては後の祭りだ。このままではまずい、早くここから脱出する方策を考えださなくてはならない。

「どうする、急いでここから脱出するか。」

「そのほうが得策かも。」

「いや待て。」

 そういうと異星人の一人がメニエラのほうを向いた。

「私を人質にするつもり?」

「早い話そういうことになる。しかし、ここを抜け出すには君の協力が必要なのだ。」

「さっきの、話した計画を実行するつもり?」

「事態が急転した以上、保険を使うしかない。」

 そういいながら彼らは画面を眺めていた。そこに映し出されていたものは、次々に自分達の仲間とここの防衛システムを突破していく地球人たちの群れの姿であった。その行動は地球で訓練を受けた戦士の動きであった。彼はこのままではここにたどり着くのも時間の問題である。迷っている時間はない。

「今は我々のプランに協力しろ。」

 彼女は考え込みしぶしぶではあったが、釘を刺した返答をした。

「勘違いしないでね、別にあんたたちのためにするんじゃない。私も死にたくないから。」

 その言葉を聞いたシェルバは彼女を拘束していた手錠のカギを取り外した。自由の身になったメニエラは作戦を聞いた。シェルバは彼女に耳打ちしてプランを話した。彼女は何度か相槌を打った後、すぐに行動に移ろうとした。

「メニエラ……。」

 シェルバは彼女を引き留めようとした。

「なんなの……。」

「……何でもない……。」

 彼女はすぐに振り向き行動を再開するのであった。

 

 一方突入部隊の方は、今まで異星人によって抑えられていた区画を次々と奪い介していき、着々と抵抗する無人機と異星人達を無力化していく。そして、その中で主力をとなっていた、第一部隊がこの施設の中枢である、制御室のハッチの前にたどり着いた。

 隊長と思われる人物は手で指示を出し隊員達に扉を開ける酔う命令した。指示を受けた隊員はシステムを使ってセキュリティの解除を図った。しかし当然のことながら、セキュリティは抑えられているため完全にガードされてしまった。そこで今度は物理的に破壊しにかかった。鋼鉄を切断するダイヤモンドカッターを取り出し切断にかかった。扉は放射線を通さない部材でできてはいたが、容易に切断できる素材であったため物の三十秒で切断できた。

 切断を担当した隊員は切断ができましたという意思表示をして隊長に伝えた。それを確認した隊長はすぐに手でけ破るよう指示を飛ばし、隊員は指示された通り制御室のハッチを蹴破り入りこんだ。

 そこには武器を床に置いて抵抗の意思がないことを示そうとする異星人と、両手を頭において無事であることを示す女性がいた。

「攻撃しないでください、私はここの職員です。彼らに脅されてここの制御をさせられました。」

 彼女は手を上げて、ゆっくりと歩み寄った。彼女は彼らの打ち合わせ通り自ら出てきて、攻撃の意思はないというそぶりを見せた。彼女と彼らの考えでは人質もしくは生き残りがいたと知れば、むやみに攻撃はしないであろう。それは彼女も異星人も同じであった。

「メニエラ・ウェリック警備員だな。」

 突入してきた隊員の一人が彼女に質問した。彼女はタグの入ったカードをゆっくり撃たれないように取り出した。

「はい、私はここの警備員のメニエラ・ウェリックです。」

 よかった、これで私は生き残ることができた。その時の彼女はそう考えていた。生存者がいたとすれば、しばらくは事情聴取を受けるにしても命は保証してくれる。彼女はそう考えた。

「お前をスパイ容疑で拘束する。」

 それは彼女の希望を打ち砕く一言であった。なぜ、私は彼らに捕まっていたのよ。なのになぜ私が拘束されなきゃいけないの。一方異星人達の方も突然の彼女が捕まってしまったことにあっけにとられ気味であった。

「ちょっとどうしてなんですか?」

「お前の遺伝子検査をしてもらった。その結果、ある程度は偽装していたが、地球人の遺伝子とお前の遺伝子が大きく異なることが分かっている。」

「でもそれだけで……。」

「まだある。メニエラ、貴様は孤児院の出身だったな。」

「そうよ。」

「君のいた孤児院を調べさせてもらった。そしたらそこは、地球人に近い異星人もしくはその混血を保護するための収容施設だった。」

 その言葉を聞いて彼女の顔は青ざめた。そんなはずはない。いくら異星人とはいえ自分の人生のすべてを管理するなんてありえない、すべてが手のひらのうちだなんて信じたくなかった。彼女はそう考え彼らのほうを向いた。

「な、なにを出まかせ言ってるの。そんなわけないでしょ。確かにあそこは居心地がよかったし、溶け込もうとはしなかったけど、先生は気遣ってたし、それはまるで……。」

 彼女はそこから先は言葉が詰まった。彼女は計算しつくされたと言いたかった。しかしそれを口にすれば疑いをさらに深くすることになると感じたからだ。

「これを見ろ。これはお前がここにいたころの孤児院、そしてこっちが現在の孤児院だ。」

 それは二つの孤児院を比較したものであった。彼女はそれが何なのかわからなかったが、すぐのその違和感がついた。それはここの職員たちの容姿である。自分がここにいたころは先生をはじめすべての人間が若かった、しかし二十年以上たてば中年か初老になっているはずなのに全く年を取っていなかった。なぜその違和感に気づかなかったのかわからなかった。

「職員を拘束して身体検査をさせてもらった。全員が地球外の部品で構成されたアンドロイドだった。」

「だったら何よ、それがスパイだという証明でも。」

「もちろんこれは状況証拠と推測だけだが、お前の脳内の取り調べを行って詳しく調べる。」

 彼女はそれが取り調べという服を着た拷問ないし尋問を受けることになるのだとすぐに分かった。もし自分が異星人と隊員が見なしているなら、自分など彼らと同一視され、人権などないとみなして容赦ない、非人道的な扱いを行うだろう。彼女は最初そんな扱いなど受けないと心のどこかに否定したがったに違いない。しかし、彼女の拘束する際の彼等から受ける侮蔑と容赦ない暴力は彼女のわずかな、灯を消し去るのに充分であった。

 彼らは彼女を後ろ手にすると、まるでSMなどの拷問に使う器具を現代版したかのようなものを持ってきた。それは猿轡と呼ばれるものなのであろうが、それをつけられると気が付いたとき、彼女はわかり切った質問を隊員に聞いた。

「彼らをどうするつもりなの?」

「こいつらは、我々の文明に被害を与えようとした。悪いが彼らはこの発電所ごとデブリに変えてもらう。」

 それは死刑宣告に等しい言葉であった。私は彼らを助けたかったわけでもないし、恩も義理もない。ましてや彼らは大切な同僚たちを殺した仇である。彼らは自分達が行った行為をそのまま自分らに帰ってきたのだからそれは自業自得に過ぎないと考えるべきである。それなのになぜか彼女は彼らがかわいそうに思えて仕方がなかった。

「馬鹿な、ここはお前たちのエネルギー供給の要だぞ、そう簡単に切り捨てるのか?」

「それは、ついさっきまでの話だ。現在地球では核融合炉とソーラーシステムの安定した供給が可能になった。」

「なんだと、地球ではまだ開発段階で進んでいないのでは?」

「お前たちの情報は古かったな、最も我々も今知ったところだが。」

 異星人はまさかと思った。地球で核兵器の開発が進んでいながら、平和利用の核開発が環境に与える影響を理由に反対を受けているという矛盾に気が付くべきだった。

「地球ではすでに安価にできるようになったのだ。今までは石油をはじめとした化石燃料を柱にする企業や国の妨害で進まなかったが、そいつらの柱がなくなって、つぶれるか方向転換するかでかなりの勢いで進んだのさ。」

 メニエラは自分はすでに無用のものを守っていたことに哀しい思いをしてしまった。自分が厳しい訓練を経て手に入れたものは二つの勢力によって操られた空っぽの建物であった事実にハンマーを振り下ろされた思いであった。

 隊員は照準を異星人に合わせ引き金を引こうとした。異星人の何人かは怒りに任せて隊員を道ずれにしようととびかかる。隊員は侮蔑の笑みで最初の生贄に銃口を向けた。

「やめてー。」

 その刹那、メニエラは体を張って隊員に掴みかかった。隊員は予想だにしない彼女の反撃に一瞬振り向くが、すぐに銃床で殴りだした。その秒単位の隙が異星人達のチャンスとなった。異星人達は隙のできた隊員の背後に襲い掛かり、くし刺しや後頭部への強打などで、物言わぬ肉体にするか、再起不能の身体に変えていくかのどちらかにした。そして隊員からはコイルガンから放たれるフランジブル弾の報酬を受け地球人とは違う色の血液を吹き出して、襲われた隊員と同じ姿に変えていった。一方他の異星人達は捨てたもしくは隠していた武器を取り出すとすぐに戦端を開いた。実弾と光線が火花を散らし、小さな部屋で異種族同士の戦いが始まった。



 メニエラは突然始まった戦闘に頭を低くして恐怖で悲鳴を上げていた。少しでも頭を上げれば、自分の体が貫通してしまうことに恐れていた。彼女は頭から何かが垂れてくるものを感じた。それは汗でも水でもなかった。それは自分の血であった。その血は人間と同じ赤色していたが、固まることはなく蒸発して消えていった。それを見た彼女は自分が人類ではないことをいやでも突き付けられたのであった。

 彼女が恐怖で頭をもたげようとしたとき誰かが自分に覆いかぶさった。そしてそのまま匍匐前進で銃撃戦をくぐりぬけ、突入部隊が破壊した扉に向かって突破していった。

 一方の銃撃戦の方では熾烈を極め、至る所に死体の山が量産されていった。それはまさに阿鼻叫喚の状態であった。その時、戦闘の打開を図ることを目的に突入部隊に向けて、デスフラッシュを投げ込んだ。これは籠城していた人々を死に至らしめた投射物である。ある特定の遺伝子を持つ生き物の細胞に向けて高濃度の放射線を放ち、相手の細胞を0コンマ単位で破壊する兵器であった。メニエラ以外の職員だけが間もおかず殺害され、逆に建物などの無機質や異星人達に被害を与えなかったのもこれが理由であった。

 フラッシュデスが投げ込まれて、数分の間を置かずに閃光が走った。これで突入部隊は全員無力化でき自分達は安全に脱出できる。そのはずであった。閃光が瞬きの後見えたものは何の反応も見せずまるで何事もなかったかのように引き金を引く隊員の姿であった。周囲を確認せず地球人は死んだと思い込み隠れていた物陰から出てきた、数人の異星人達は容赦なフランジブル弾の餌食となり、体中に穴を作り上げて半死半生の状態で倒れこみ、うめき声をあげながら苦しんだ。彼らはフラッシュデスが聞かないことに驚きを持った。

 突入を開始した隊員は前途の通り、放射線を遮断する防護スーツを身にまとっていた。その放射線の遮断性は今まで問題になっていた中性子線すら短期間であるならシャットダウンできるほどで、フラッシュデス程度の放射線であるなら、完璧に防御できたのである。

 そのような考えなど異星人達には思いもよらなかったため、動揺が広がっていた。異星人の中には武器を捨てて降伏を宣言する者もいたが、異星人をせん滅することを任務としている隊員にはそのような行動は単に殺害するチャンスを自分から作って表れているだけにすぎず、隊員の高笑いと同時に物言わぬ死体に変えられてしまうだけであった。

 そんな地球人の行動に異星人達は怒りを募らせるには充分であった。その中の一人が地球人の一人に何か粉のようなものを投げつけた。その粉は空気中に四散すると辺りを黒いキリで覆われたような状態にしてしまう。最初は目くらませのために投げつけただけに思われ、彼らはこういう時に備えていた赤外線モードに切り替え、敵の捜索を再開した。異星人達はその直後に攻撃を停止して、慌てて隠れだし始めた。その行動に、突入部隊はなぜ攻撃をやめたのか理解できないでいたが、多くの隊員はそんなことなどツユハも着せずに捜索を始めた。隊員の何人かはその異様な粉の正体に疑問を持ち成分を調べてみるが、特に変わったものではなかった。ただ一つ、石炭やおがくずのように、宙に舞い高い密度を作っていたぐらいであった。

「これでは、炭鉱労働者のような気分……。」

 この言葉を隊員の一人が口にした直後に、彼らの投げた粉の目的に気が付いた他の隊員の顔色が蒼白になった。その直後に、隊員の一人が何かしらの防御姿勢をとっていた異星人を見つけ、銃口を彼の神経系統に向けた。

「楽に死ねることを感謝するんだな。」

「よせ、引き金を引くな。」

 事態に気が付いた隊員の静止の声を無視して引き金を引いた。その零コンマのスピードで銃口に電極が流れスパークを起こした直後、四散していた黒い粉が1秒の時間もおかずに次々に引火、制御室の内部にすさまじい爆風と一瞬の炎を起こして隊員と異星人達に襲い掛かった。粉塵爆発を起こしたのである。彼らが投げた粉は目くらませの目的のために投げたのではなく、銃器の発砲によって地球人を道ずれにしようとした抵抗であった。爆風に襲われた多くの知的生命多は表面に爆発で生じた破片群を浴びて小さな刺し傷を作り、体の内部では爆風の衝撃で内部の臓器をはじめとした器官を表面事態に刺し傷以外の外相を与えずに、破壊してしまう。さらに二次被害として爆風で体を吹き飛ばされた隊員や異星人は体を強く打ち付け脊椎や外骨格、更には脳などの重要器官を損傷させて、その場で再起不能に追い込んだ。

 その中の一人が爆風で制御室のコントロールパネルに強く体を打ち付け、彼の手がその場に崩れ落ちさせた。そのパネルは衝撃を受けたのと同時に基盤の中にまで粉が入りこみ、電子機器が一瞬でショートを起こしてしまった。その直後にコントロールパネルが警告表示を点滅させ、原子炉の画像と建物全体に関する見取り図が表示され所々赤く染まっていた。それはここが危険な状態に陥っていることを広くここにいるものに知らせるものであった。

「全員退避しろ、ここから早く脱出だ。」

 突入部隊のリーダーと思われる男の声で、声を出すのもやっとという状態でうめくが如くで指示を出した。だが誰もその声に反応するものもそれを実行する者は誰もいなかった。すでに彼らの多くが爆発の衝撃で即死するが、瀕死の重傷を追って動けなくなっていたからである。それは異星人達の方でも同じであった。彼らはすぐに防御態勢をして被害を最小限にとどめる努力をしたとはいえ爆発の威力と被害は彼らが瞬時に予測していた最悪のレベルを大きく上回ってしまったのである。彼等の場合は即死を免れたものは地球側の比率を逆転した状態ではあったが、それでも早急な治療が必要なレベルのものが多かった。

 その中でメニエラと激論を交わした昆虫型異星人が緑色の血液を流しながら、制御盤に向けって歩いていく。彼はこのままだと高い放射線漏れかもしくは爆発による建物はが起きると考えたのだろう。彼はそれを止めるために故障しているかも知しれない制御盤に歩み寄り、ここにいる仲間たちを安全に脱出させるための時間稼ぎを考えたのだ。

 だが、それを好まない真摯になった悪意が彼の制御盤に向かって照準を向けていた。

 異星人は最後の力を振り絞りもはや脳の活動がおぼつかない状態で緊急レバーに手を触れておしさげようとしたが、その願いは一発の銃声によって永遠に絶たれてしまった。弾丸は彼の神経系統に直撃し瞬時に彼行動を完全に終止符を打ったのである。

 狙撃した悪の根源である瀕死の兵士は無線機を地上につなげて、つぶやくような報告を口にした。

「……作戦は……成功しました。……二人には逃げられました……。」

 それが彼の生涯最後の言語活動になった。彼は最後の任務報告をすると同湖を多き見開き全身の筋肉の力を抜きそのまま身じろぎもせず動かなくなった。


 戦闘が最悪の方向に向かっていく中で、メニエラは謎の人物の支えで、脱出カプセルに向かって歩いて行った。彼女は恐怖から解放された気分でその人物を見上げた。それはシェルバであった。シェルバ顔色一つ変えず彼女を支えて脱出カプセルに向かっていった。

「どうして助けたの?」

「隊長がそうしろと命令されたからだ。」

 隊長とは誰の事であろう。恐らく、昆虫型の異星人のうちの誰かだろうことは想像しやすい。しかしなぜ彼らは私を助けるよう言われたのか、わからなかった。

「地球の人々に真実を伝えることだ。」

「でも、与太話だって流されるのが関の山よ。」

「心配はない、地球の都市に船が同時に現れた後に公開すればいい。」

 そういいながら脱出ポッドのスイッチを押し開放ハッチを開けた。本来なら、母船に乗って脱出を図るのが普通であるのだが、その母船はさっきの突撃で破壊されて、とても地球の大気圏突破は勿論のこと、脱出を図るためには到底不可能になっていた。

 彼は最初に彼女をポッドに乗せた。彼女は戦闘を潜り抜けた後、自問自答した。何のために生きていたのかと。自分は何をしても満足はせず、ただ生きがいを求めここの警備員のバイトに応募した。私はこの閉鎖空間でいろんなものを見てきた。ここを破壊しようとする、テロリストは腐るほど見てきた。そのような輩から守ることに私は快感を覚え、人類の文明を守るという使命に彼女は生きがいを見つけた。しかし実際は何の意味のない空っぽの城を守らされていた。そして彼女の心は茫然自失の状態になった。

 その状態で彼女は前を向いた。シェルバの背後に突入部隊の別動隊が銃口をこちらに向けて、かけてきた。

「危ない。」

 シェルバとっさに盾になって彼女をかばった。突入部隊員は悪意に満ちた笑みで引き金を引いた。その直後にその二人を守るように何かが現れた。発射された弾丸はその何かに命中して、下からカラフルな液体を垂らしていた。

 二人が覗き込むと、それはいつも倉庫の中でほこりをかぶっていたはずの作業用ロボットであった。このロボットは通常放射能漏れなどの人が近づけない事態が起きたときに、安全区画から遠隔操作されるのであるが、今これが勝手に作動している。いったい誰が動かしているのか、その答えはスピーカーから流れる声によって理解した。

「シェルバ、メニエラと一緒にここを脱出しろ」

 それはハリーの声であった。いや正確にはハリーに成りすました異星人といったほうがいいだろう。彼はこのロボットのシステムを動かし、二人の盾となって表れたのだった。

「君はどうするんだ?」

「私は、君たちがここを離れるまで援護する。ここの施設は地球時間で三〇〇秒もしたら臨界点に達して、跡形もなく吹き飛ぶ。」

「ハリー、あなた死ぬつもりなの。」

「メニエラ、乗っ取ってからの君たちの生活は楽しかった……。」

 ハリーはそう言うと隔壁の壁を締め始めた。突入部隊は逃がすまいと一斉射撃をかける。その攻撃を無人機は懸命に受け止める。

フランジブルとはいえ、もともと弾丸を受け止めるようにはできていなかったロボットは至る所にへこみができ始め、いつ倒れてもおかしくない状況に追い込まれた。彼女はとっさに携帯していた銃を取り出し、突入部隊員の脳と筋肉をつなぐ神経を正確に狙って撃った。神経が破壊された人間は糸の切れた人形のように倒れこみ、指の引き金を手放した。それは隔壁が閉まるまでの二〇秒間の間の出来事であった。その間に彼女は追ってきた隊員のうち四分の一を倒してしまった。

 隔壁が閉まった後、彼女は自分が地球人ではないことを初めて実感した。自分は初めて引き金を引いたとき、なにも感じることがなかった。人を撃ったことのある地球人は人生が一変するかのような感覚に陥るというのに、自分は何も感じることはなかった。むしろそれが当たり前だと感じてしまった。さらに彼女は脊髄を切断してしまえば地球人は動かなくなると知ってそれを実行して成し遂げてしまった。その知識は射撃の訓練の際に教えられてはいたが、それをこのような事態で平然とやってのけてしまった。果たして地球人にそのようなことが可能であろうか。彼女はその事実は自分が地球人ではないという、隊員の言葉と共に重くのしかかったのだ。

「大丈夫ですか?」

 シェルバは無機質ながらも丁寧な気遣いをした。今にして思えば、彼は気持ち悪いぐらいに丁寧で機械的で無表情であった。それは通常地球人ではありえないことであった。彼自身は誕生した時から、機械によって生み出され、自らが兵器としての使命を与えられ、感情など最初から備え付けられなかった。それは自然に生み出され愛情などで育てられた人間ではありえないものであった。

「ベルトを締めて。」

 彼女は隣に座ったシェルバにそう指示した。彼は彼女の指示を無駄なくただ機械的に正確に行った。彼女はそれを確認するとハッチのスイッチを押した。ハッチはモーター音をとどろかせて三〇秒かけ、開閉され完全に閉じられたのと同時に密閉を完全にされた。

 点灯しているランプが消えたのを確認すると彼女は脱出レバーを引いて発電所との接続を完全に断ち切った。

 脱出カプセルは発電所から離れるとそれと同時に重力はゼロになった。彼女が込む重力状態を感じたのはいつぐらいになっただろう。少なくともこの感覚は最近感じなかった。何せ人口重力の区画での仕事がほとんどだったため、無重力状態での訓練や仕事はあまり参加する機会はなかった。

 彼女は窓越しから発電所の状況を確認した。発電所は宇宙空間の中では酸素がないため煙や炎はないが、代わりに何か所にもわたってデブリが浮いていた。そのデブリの構成は爆破によってまき散らされた発電所の破片や、突入した宇宙船の部品、そして中から吸い出された職員の雑誌や私物、そして水分や空気を拡散された多種板用の遺体であった。

 二人は外から見る惨状を初めて網膜に焼き付けていた。

 そして、カプセルが発電所に離れてから四分近くたった時、発電所の中枢である原子炉の格納された区画が閃光を放つと巨大な宇宙の構造物は、内部からの爆圧で風船が割れるように崩壊していき、バラバラの破片に還元されていった。重要区画である原子炉は冷却液を一瞬にして沸点に変え、素早く原子に還元して、中の放射性物質を外に拡散させた。放射性物質は融点を超えて真空の空間に放出された。もはや放射線に怯える必要もなくなった、。何せここは放射線が飛び交う空間なのだ。ここでは放射線障害の危険性委はメモリがはじけるぐらいにあるのだから。

 一方爆発の衝撃でいくつものデブリになった他の区画は地球の重力に引っ張られて、地球の引力に引っ張られて、地表に向けてかつて宇宙から打ち上げられたときとは逆の方向に向けて落下していく。そして、地球の大気に触れた瞬間、赤い火に包まれていく。

 そしてその現象は二人が乗り込んだ脱出ポッドでも同じ現象が起きていた。窓越しから赤い炎が見えたのを確認した二人は地球の重力に引っ張られれる感覚を感じていた。

 メニエラは二十一世紀の初頭に七人の宇宙飛行士が死んだシャトル事故のように自分らも同じように焼かれてしまえばいいのにと考えていたのかもしれない。そのような少なからぬ期待を大気圏の摩擦熱の消失と共に消え失せ、シェルバはそれに合わせてカプセルに備え付けられたパラシュートのレバーを引くのであった。

 



 湖に浮かぶ脱出ポットから一組の男女が顔をのぞかせた。上空にはもう一つの太陽のような明るい光と、流れ星のごとき光が地上にめがけて流れてきた。それは先ほど爆発した発電所の流星群であった。それは、美しくもはかない天体ショーの様相を呈していた。

 そしてそれに合わせるように上空には発電所に直接突入した。六角形の物体をはじめとした、多種多様の飛行物体が都市部に向けてゆっくりと飛行していた

「大丈夫?」

 地球人との混血である女性は、生まれたときから兵器としての使命を定められた少年をいたわった。少年はその不思議そうな顔をして彼女を見た。

「なんで、僕をいたわるのですか、僕が兵器として生まれたことは知ってるでしょ。」

 少年の無機質な質問に女性はこう返答した。

「命は生まれたときから死ぬ時までは全て平等なのよ。それはどの星でも同じだと私は考えてるわ。違いは長いか短いかの二つだけ。私は勿論、あなたも、彼らも。」

 それは昔、暇つぶしに見てたアニメの中の言葉を引用しただけではあったが、それでどうなるかという問題ではなかった。

「シェルバ君、私をかばってくれてありがとう。」

 それはさっきまで火止めにあわされた女性の言葉ではなかった。彼女は人類と異星人の醜い駆け引きに利用された被害者であるはずであった。その責めと報いは受けなくてはならない。それはシェルバ自身も同じであった。

 そんな彼は今目の前で感謝の言葉を受けた。その彼に対して受けた言葉になんと表現したらよいのかわからなかった。

「シェルバ君、あなたも涙を流すの?」

 その質問を受けたとき自分は思わず手をこすった。それは紛れもなく涙であった。そうか自分にも地球人の感情が備わっていたのか、本来はあり得ない考えをこの時の彼は感じていたのかもしれない。

 そして涙をぬぐうと、覚悟を決めたかのように立ち上がり手を差し伸べた。

「メニエラ・ウェリック、僕はあなたが死ぬまで片時も離れることはありません。」

 それは今まで感じていた空っぽの入れ物に大量の水が流し込まれた瞬間であった。

 彼女はそれに答えて力強く握り返し、立ち上がった。

 そして二人の固い決意に合わせるかのように上空に静止した宇宙船が太陽の日に当たり、地球に新たな時代の幕開けのラッパを鳴らしていた。



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