第43話 仕舞っておくもの

 山々の木々は芽吹きによって柔らかく美しい。どんよりとした空だが暖かであった。


「ツーツーチィ! ツーツーチィ! ジジジジ……」

「だ、四十雀しじゅうからだで、今日はまた随分近くに居るだな」

「ほう、あれは中々珍しい種類だぞ。足音をたてずにそろりと行って見るが良い、そろりとな」

「珍しい種類だか? 何か違うだか?」

「あぁ、一見の価値は大いにある」

「んだか、ちっと見に行ってくるだで」


 言われた通り外に出れば周囲を見渡しその姿を探した。


「ん? 何処だ?」

「ツーチィ! ツーツーチィ!」

「だ?」

「ジジジジ…… ツーツーチィ!」

「後ろ?」

「つーつーちぃ!」

「だぁぁぁ! 騙された!」


 四十雀の声の主は山人と三助であった。二人は腹を抱えながら走り去りそのまま鍛錬へと向かったのである。


「……、……大人のする事でねえ……」


 藤の花が咲き始めれば田には水が張られ、畑でも種まきが行われる。川では魚の活性も上がり漁師も大忙しとなるのだ。すずも湯屋の仕事が終われば、大集落を手伝いに行くのである。


「んでは、五作さん明日も又来るだで」

「おすずちゃん助かるよ」

「良いだよ、旨そうな山女魚貰っただで、藤十郎様さ届けるだ」

「そうか、喜んでくれると良いな」

「絶対に喜ぶだよ」


 湯屋へと戻る前に藤十郎の家を訪ねたのは、饅頭を作ってもらう約束があったからだ、手土産の山女魚を持って行けば藤十郎も琴も大喜びである。


「まぁ、有難う」

「夕餉に食べてな」

「すまんな」

「お饅頭のお礼だで」


 夕餉の支度までには未だ早い事もあって、花湯を入れて貰えば、縁台で足をぶらぶらとさせながら、饅頭を頬張っていた。


「はぁぁ……一仕事の後の饅頭さ、また格別だな……おら、生き返って良かっただよ」

「本当ね、本当に良かった」

「あぁ、あの時は頭の中が真っ白になったからな……現実とは思えなかったよ」

「私は心の臓が止まるかと……」

「……驚かせてすまねえだ……」

「まぁ、しかしなんだ、あの時の小平太殿の表情は忘れられんな」

「そうね」

「だ……なんだで……どんなんだ?」


 当然ながら死んだ直後の事は知らないし、誰からも聞いていなかった。藤十郎は見たままの状況を語ったのである。


「背から降ろし、おすずちゃんを正面に抱えた時はな……、……もう、見ていられなかったのだぞ」

「だ……」

「大粒の涙がな……感情は殺しているものかと思っていたからな……」

「……小平太様が……おらの為に……泣いてくれただか……、……」

「そうね、笑顔で逝ったのか、見事な最期だってね……」

「あぁ、そうだな……おっと、この話はここだけぞ」

「……んだか……んだな、おら今の話さ胸の中に仕舞っておくだよ」


 藤十郎と琴は深く頷くと、笑顔を見せていた。


「そうだな、仕舞っておくと良い」

「そう言えば小平太様に背負われていた時の記憶はあるの?」


 そこは全てを覚えていた、交わした言葉の数々も、背中の心地よさもすべてである。


「勿論あるだよ、死ぬ寸前まで色んな話さしただよ」

「そうか」

「最後にお礼さ言ったら、指が折れてねえ左の手を握ってくれたんだ。ん? そう言えば最後の最後に不思議なこと言ってただな……」

「ん?」

「必ず迎えに行くからなって言ってただよ……どういう事だで、おら死んじまうのに何処さ迎えに行くつもりだったがかな」


 藤十郎と琴は顔を見合わせて互いに目を細めた。


「おすずちゃんが居なければ精霊の力が無いからな……死力を尽くし邪神と刺し違える覚悟をしたのだよ」

「し、死んで迎えに来る話だっただか……」

「そうだな」

「だ……だども……おらが居なくても神様が居るから大丈夫だって言ってただよ」

「おすずちゃんを安心させる為に、そう言ったに違いない……恐らくは悟られぬ為に自身にもそう言い聞かせたのだろうな……」

「……んだか……おらの事安心させるために……」


 間もなく陽も傾けば夕餉の支度をするべき刻となった。湯のみをそっと置くと深々とお辞儀をしてから残りの饅頭を大事そうに抱えて湯屋へと帰ったのであった。


 次々と守り人達が帰り始めれば、大台所も賑やかとなった。


「おすずよ、明日の朝、徳さん達と共に屋敷に上がるぞ」

「だ、屋敷って何の用だでか」

「この前の宝の件だ。褒美を賜る事となった」


 それは山菜を採りに行った帰りに見つけた、盗賊と宝の件である、笹もそうだが、事の始まりに関わりを持った徳蔵と玄太にも褒美があるという。


 屋敷に上がれば、徳蔵と小平太以外の三人は緊張に包まれ微動だにしなかった。


「ならば皆、すずが望む物で良いのだな」


 すずは驚いて皆を見るも、決まってしまえば成す術もない。


「という訳だ、すずよ望む物を申すが良い」

「だ……だ……あだ、あだ、どうすんだこれ……」


 個人的に欲しいものはない、と言うより見つからない。宝の類を貰ってもどうにもならないし、食べ物や道具なども必要に充分である。ならば足りないものとなれば、徳蔵が足りるかどうか気にしている外傷に必要となる道具類となる。


「……、……したら、大厄災で刀傷さ治す為に足りねえ物が欲しい……いや望みにございますだ」

「ん?」

「大厄災で守り人の皆が怪我さしたら徳蔵さんが治すだで、だどもいつも足りるかどうか気にしてるだで……それが望みにございますだ」

「お、おすずよ……それで良いのか」


 徳蔵は驚いてすずを見ていた。本人が何を望むか解りようも無かったが、まさかそれらを望むとは思いもしなかったのだ。


「ほう、流石は神童だな、ならば徳蔵よ必要な物を後程知らせてくれるか」

「ははっ! 有難き幸せに」


 すずが望んだもの以外にも、一人ずつ立派な短刀の守り刀を頂戴していた。皆はそれを手に満足気である。


「しかし、誠良かったのか?」

「徳蔵さんが望む物さ、皆の為の物だで、したらおらが欲しいのはそれだよ」

「偉いぞおすず」

「しかし、金銀財宝の宝も捨てがたかったの」

「おら宝ものさいっぱい持ってるだで十分だ」

「ん? そのような物見当たらぬが?」

「おらの胸の中だで見えねえだよ」

「ほう、心に宝を持っていたか、良い事だ」


 すずは満面の笑みで小平太を見上げていた。


「そん中でも、飛び切りの宝もあるだよ」

「ん? それはなんだ?」


 そう聞きつつ徳蔵は背を屈めすずの顔を覗き込んでいた。


「だ、大事に仕舞ってあるだで、誰にも教えられねえ……」

「そうか、しかし儂にだけそっと聞かせてはくれぬか? 自慢ではないが口は堅いぞ」

「だ……徳蔵さんには、口が裂けても言わねえだ……」

「ちっ」

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