第42話 宝の山

 間もなくして梅も開花すれば、鳥たちのさえずりも心地が良い春となった。昼餉の片づけが終われば、大台所から見える梅の枝にうぐいすがとまり美しい鳴き声を披露していた。


 すずはそっと明り取りまで近づけば、三助に教わったばかりの口笛で、鶯の鳴き真似を始めたのである。


「ひゅぉぉ? ひゅぉぉひゅひゅひゅ……ほひゅひょ?」

「うーん、それでは鶯でなくて、うひゅいひゅだな……」

「ぷっ! なんだでそれ、間抜けだで」

「……おすずちゃんの口笛の例えだぞ」

「だっ!」

「こうだよ、もう一度よく聞いてな」

「んだ」

「ぴゅぉぉ……ぴょきょきょ!」

「やっぱり本物だ! 凄いだな三助さん」


 忍びは動物の鳴きまねも達者である、姿を隠したまま合図を送れるから重宝するのだ。


「なんだ、おすずちゃん鶯かい?」

「んだ」

「口笛に慣れたら、指笛を教わると良いぞ」

「ゆびぶえ」


 仁平は左手の小指を軽く曲げれば、それを口元とした。


「ホォォォ……」

「だっ!!」

「ホケキョッ!」

「だぁぁぁぁ!! ほ! 本物だ! それだ! それ覚えるだ!」

「先ずは口笛を……」


 鶯たちが鳴き始めれば、山菜の収穫時期となる。すずは山菜取りの名人と名高い笹と共に山菜を採りに行くのだと、大張り切りで前の日から準備を始めていた。


「熊や猪には気を付けてな」

「お笹さんが、一緒に行ってくれるだで、心配いらねえだ。それより、小平太様に貰った小刀使うのさ楽しみだで」

「手を切るなよ」

「気をつけるだよ」


 それは大集落の鍛冶師に頼んで作って貰ったもので、すずの手に合わせた小振りな小刀である。鞘もあるから安全性も高い。


 山菜を括る為の藁わらと小刀を腰籠へ仕舞えば、すずには少し大きめの背負い籠を背負った。程なくして笹が迎えに来れば、昼餉の準備までには戻ると言い残し、満面の笑みで出かけて行ったところである。


 自分たちで育てなくても収穫が出来るそれらの食料は、山からの恵みである。収穫する山へ足を踏み入れれば、一礼して感謝の言葉を述べるのは下野で教わった事である。


「お山の神様、春の恵みさ少し分けて貰うだよ」


 お笹が微笑ましくそれを見ていれば、おすずに習い自分も礼を言っていた。


「それも食えるだか?」

「とても美味しいのよ」

「だ……それはなんだ?」

「乾燥させておいて、冬になったら鍋に入れると美味しいのよ」

「それは……」

「湯がいて、味噌で和えると絶品よ」

「だぁぁ……下野の山より種類が豊富だで……凄いだな」

「春と秋の山は宝の山なの」

「ほんとだな……宝の山だな……秋が楽しみだよ」

「美味しい茸が沢山採れるのよ」

「きのこでおら死に目に会ったことあるだで」

「大丈夫よ、私は茸にも詳しいから教えてあげる」

「んだか、ありがてえ」


 収穫した山菜は種類ごとに藁で括り、背負い籠や腰籠を満たしてゆくのである、一時程経てば籠は山菜で溢れかえっていた。


「いっぱいだで、みんな驚くだな」

「そうね、明日も明後日も一緒にね」

「ありがてえだ、お笹さん……って……だ………あれなんだ?」

「どうしたの?」

「あれって人でねえかな……荷車もあるだよ」

「え?」


 急斜面の下には人と、派手に壊れた荷車があった、恐らくは坂道で速度を抑えきれずに一緒に落ちたのだろう。


「死んでるだな、おらも一度転げ落ちて死んだ事あるだで判るだよ」

「まぁ、大変。早く知らせないと」

「んだな、野犬に荒らされちまう」


 湯屋に戻れば守り人の皆は帰って来てないが、徳蔵が黒丸と調合に向き合っていたところである。


「おぉ! おすず良い所に帰って来てくれたな、その働き者を何処かに連れて行ってくれ」

「徳蔵さん、それどころでねえだよ、山で人が死んでるだで」

「ん? 何処だ?」


 凡その場所を笹が教えれば、徳蔵は薬庫の戸を厳重に閉じて黒丸を見ていた。


「ふははは、これで入れまい」


 死人の件は徳蔵に任せ、すずは笹に教わりながら山菜の下処理に励んだ。


 急ぎ足で大集落へと向かった徳蔵は、丁度居合わせた藤十郎にも声を掛け、十人程で現場へと向かった。


「恐らく速度が抑えられず落ちたのだろうな」

「荷が相当重かったか? それにしても一体何者だろうな」

「あぁ、行商人のようだが、一人であれ程の荷車を引くなど、中々考え難いが」

「もう一人は、荷車の下敷きにでもなっているのかも知れないぞ」

「ん? もしや……」

「徳さん心当たりでもあるのか?」


 藤十郎が尋ねれば、徳蔵は顎を撫でていた。


「前に話した盗賊の件だ、一人が宝を持ち逃げしている……恐らくは」

「ほう、ではあれなる荷には宝が?」

「恐らくな」

「良し、では降りて確かめるぞ」


 縄で以て下まで降りれば、遺体は死後一か月程であろうか、気温が低いため状態を保っていたが、背負い上げるのは気が引ける。その場に埋める事とすれば、荷車の周囲を探った。


「間違いないな、持ち逃げした盗賊だ」

「こんな事ってあるんだな……」

「あぁ、此処で運が尽きたようだ」


 周囲に散らばったそれらをすべて集めて、崖上へと引き上げれば岡本の屋敷へと運ばれたのであった。

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