第41話 運の良し悪し
いよいよ銀世界となり、山々も見事な姿を見せていた。
薬草の乾燥と仕分けに徳蔵は忙しい日々を送っていた。何せ相当な数の薬草や毒草をすべて一人で管理しているのだから、休む暇など有る訳も無いのだ。
「おいおい、黒丸よ、おすずの所に行ってくれ……おぉっと! そこは駄目だ……やめろ……あぁぁ!」
「毎日やられてるだな……」
「戸さえ開けるのを覚えたからな……あ奴手強いぞ……」
「んだな、黒丸おっかねえ程に利口だで、なんでも覚えちまうからな」
徳蔵が忙しく調合しているのは大厄災に向けての薬である。深手を負った者に使う痛薬に血止めに化膿止めと、それらは外傷に関係する薬を中心に、疲労回復に効果のある薬なども数種類用意していた。
「残すは紅月夜だな……この辺りにもあると良いのだが」
それは深き山中で冬の夜にひっそりと赤い花をつける
此処の山では経験の浅い守り人の猟師に聞くよりも、大集落の猟師か山師に聞く方が確実である、仕事を一区切りつければ、既に面識のある猟師の玄太を訪ねた。
「そりゃぁ、この辺りで芋もどきって呼ばれてるやつだな。暁岳の東の斜面に群生地があったよ」
「おぉ、それは良かった」
「行くなら儂が案内しよう、あそこは知ってる者じゃねえと苦労するだけだ」
「真冬にすまんな」
「なに、女房の万年咳を治して貰った礼だ」
暁岳までの行程は山越えの連続となる、積雪の多いこの時期であれば、日の出を待たずして出発し、二日は要する事となる。
「出るなら早いうちが良い。吹雪かれると厄介だ、それと毛皮の沓袋は儂が用意してやるよ」
「すまんな」
それは毛皮を足の大きさに合わせて縫い合わせたもので、厳冬期用の必需品である、草鞋の上から履く事で冷えと水浸みを防いでくれる優れものである。
行程分の倍の食料や野宿に必要な毛皮などを籠に入れれば、冬眠しなかった熊に備えて猟師槍を装備した。
「丸太を積んだだけの風除けの下で寝る事となるが、先に言うがかなり寒い」
「儂もその昔忍びとして鍛えた、問題ない」
「へぇ、徳さん忍びだったのか」
「身体はとうの昔に錆びておるが、忍耐力は変わらぬつもりでおる……多分大丈夫だ」
「……不安だな」
ひたすら歩き、山を二つも越えれば、ようやく丸太を積んだ風除けまで来た。それは山師や猟師が寝泊まりする為に造られたもので、山々の各所に点在する。布を縄で張れば雨風は勿論、夜露からも身を守れるのだ。
徳蔵が現役の頃は、それこそ何もない山中で凍死と背中合わせで極寒を凌いできた位だから、その有難みが身に染みて解る。
杉や小枝などを集めてきて床に敷き詰めれば、玄太は手慣れた様子で屋根を張り、焚火で暖を取ったのだが、間もなくすれば、こんな山深き過酷な地だと言うのに、数人の男の気配を感じていた。
「誰か来たようだ」
「ん?」
徳蔵の言葉に玄太は周囲を見た。
「大集落の者で山に入った者は居ない筈だが、鏡の猟師か?」
「いいや、足の運びが素人だ」
「見ないでも判るのか……流石だな……」
大集落の人間でなくても、岡本の領内には山仕事をする者が大勢居る、ならばその者達が丸太の風除けへ避難してきたのかも知れない。
やがて五人の男が姿を見せれば、焚火へと近づいて来た。
「おいおい、あんたらそんな軽装で何してる?」
玄太が疑問をそのまま口にすれば、男たちは口元を弛め焚火に手足を温めた。
「助かったぜ、焚火に毛皮、食い物まで揃うとはな。運が良かった」
「なに? どういう事だ?」
「そうか、運が良かったか。ならば悪くならぬ様に真剣に祈った方が良いぞ」
「あ? なんだ爺!」
「ど、どういう事だ徳さん」
「この者共、真っ当な人間ではない。我々の装備を奪うつもりの様だ」
「察しが良いな爺さん、どれ邪魔するぜ」
その瞬間であった、徳蔵は手にしていた薪でその男の足を払えば、倒れて仰向けとなったその顔面に凄まじい速さで薪を振り下ろしたのである。無論、寸でで止めれば、立ち上がり猟師槍を手にしたのである。
「相手になってやろう」
「……爺めが……くっそ……」
「ほれ、どうした。まさか爺さん相手に怖気づいたか? それとも腰の刀は飾り物なのか?」
「ぐぬぬ……くそぉ……」
男たちが誰一人として動かないのは、まるで勝ち目がない事を悟ったからに他ならない。刀に手を掛けようものなら、あの何気なく持っているだけの槍が凄まじい速さで襲ってくるに違いないと、考えているのだ。
間もなくして、一人が後ずさりして逃げだせば、徳蔵は拾い上げた薪を足元に投げそれを封じていた。
「……これは驚いたよ徳さん……凄いな……」
「がはは、錆びてもこの通り」
全員の手足を縛ると焚火の前に並べ一人一人検めていた。
「真剣に祈れと申したに」
「俺たちをどうするつもりだ!」
「話を聞いてから決める、まぁ、顔を見れば悪党に違いないがな、玄太さん風上に避難してくれ」
「あ、あぁ分かった」
忍びを引退しても一通りの道具は持っている。籠より催眠薬を取り出せば、焚火からとった火で煙を焚いたのであった。
「お前ら此処で何をしている?」
「持ち逃げされた財宝を奪い返しに来たが、道を見失った」
「それはそうだ、積雪しておる」
「何もこんな季節でなくても……」
「逃げられるだろ!」
聞けば男たちは盗賊であった。都で盗みを働いては行商人の為りをして、美濃の隠し場所へと運び貯め置いたようだが、そこを見張る三人が持ち逃げをしたようだ。
聞き込み探し行けば、信濃の国境で偶然にも見つけた一人を拷問した結果、この山中のとある滝つぼに隠してあると吐いたらしい。
「滝は数知れず多い、探し当てるのは無理だろ」
「尖った三つの山を左に見て白い岩肌が正面に来れば、右に迂回し道を下る、そのまま進み三つ目の滝が隠し場所だ」
「まるで違う場所を言った可能性もあるぞ」
「指を一本づつ切り落とし聞いたから。嘘は無い、泣きながら全部吐いたよ。まぁ、足の指も全部切り落としてやったがな、ふははは、当然の報いだ」
「惨い事をしよる」
男の話に玄太は思い当たる節があったのだろう、驚いた表情であった。
「徳さん、そこは明日通る道の途中だぞ」
「ほう」
「なに? 知っているのか!」
「当然な」
「がはは、運が良いやら悪いやらってやつだな」
「た、頼む見逃してくれ……十年分の仕事なんだ、無論あんたらにも分ける」
「仕事だ? ほざけ、盗んだ物であろうが」
「なら、丸ごと横取りするつもりか!」
元々褒められた人相では無かったものが、より酷いものとなったのは仕方も無い、醜い欲望がすべてその人相に現れたのである。
「たわけが、此処の領主様に引き渡すに決まっておろう」
「くそぉぉ!」
「徳さんこの者共どうする?」
「そうだな、此処で凍死されても山仕事の者に迷惑となろう、ならば生かしておくとしよう、まぁ、どの道死ぬ事となるがな」
大集落まで連れ帰っても所詮は盗賊である、ならば極刑は免れない。
「くそ! おまえらが焚火など見つけた所為で!」
「何を言っている、お前だって喜んでいたじゃねえか!」
「今度は仲間割れか、つける薬も無いな」
宝を隠した滝壺は玄太が言う通り、すぐに見つかった。二人は滝裏へと入り見れば、そこに男の亡骸を見つけたのである、どうやらここでも仲間割れをしたようだ。
「所詮は盗賊だ」
無論探していた宝など有る訳も無く、すべては持ち去られた後であった。
「此処は逃げきっても、何れは運が尽きる」
「そう願いたいな」
再び暁岳を目指し歩けば、その夜には群生地へと辿り着いたのであった。雪に反射した月夜は明るく、真っ白な世界に深紅の可憐な花が映え、幻想的な景色であった。
「紅月夜がこれ程に……」
「おぉ、これは美しい……ところで、これを何に使うのだ? 毒ではないのか?」
一般的にはその根は有毒である。ただし、耐性を持つ大沢の人間にとって、それは強烈な体力回復薬となるのだ。
「それは驚いた……毒さえ薬とするのか……」
「耐性があればこそだ」
年数の経った蔓を見極め根を掘れば、一尺程度の山芋に似た形状の塊根を三本程手に入れたのであった。
「せっかくここまで来たのに、それだけで良いのか?」
「必要に充分、さて帰ろうか」
来た道を戻れば盗賊達は何とか生きていたようだ。
「本当に生きていたか……」
「儂の秘薬だ、効かぬ筈が無い」
「凄いな徳さん……普通凍死しているぞ」
「ひ、火を……早く……」
「歩けば温まる。我儘を言うな」
それより、山を下り大集落へと戻れば男たちを役人へと引き渡し、湯屋へと籠ったのであった。
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