第40話 会得

 本格的な冬が訪れれば、寒さが一段と増していた。


「冷えると思えば雪が舞っていたか」

「此処の冬さ水沢や下野より寒いだよ……」


 水仕事で真っ赤になった小さな掌に息を吹きかけ温めていた。


「故に火や毛皮が有難い」

「ほんとだで」


 冬となれば戸外での作業はめっきりと無くなる。集落の人々は家へと籠り、藁わらや蔓つるなどで必要となる生活道具をつくるのだ。


 大台所の仕事を済ませれば、孫兵衛は縄を作り、すずは縫物に励むのである。守り人達の着物の繕いなどの合間に、自身の着物も仕立てていた。


「木綿の着物だで、凄いだな」

「いかったな」


 それは岡本彦左衛門より賜った大変貴重な木綿地である、元々持っていた着物は着古してボロであったし、寸法も少し小さかったから、これほど嬉しい事はあるまい。


 一方、小平太は皆を鍛錬に送りだせば、己は社殿へと顔を出していた。僅かな期間ながら二人共に呼吸を身につけたようだから次の段階へと進む為である。


「お二人とも、縄の上へ」

「承知した」


 二人はふわりと縄の上に立てば、涼しい顔で静止していた。


「お見事、ならば次へと進みます故、刀をご用意ください」

「承知した」


 二人が社殿へと行けば、小平太は木々に縄を結び張りい具合を確かめていた。間もなく二人が刀を腰に差し戻れば、張られた縄の位置関係に首を傾げていた。


「小平太殿、これはもしや……」

「いかにも、お二人が剣を振るう時の脚位置にございます」


 歩幅と身体を捻った後の立ち位置などを考慮して縄を張ったのだ。縄上に立ち静かに動く事が出来たのだから、これよりは縄上で刀を振る事が出来るように鍛錬を行う。刀を持つだけでも難易度は急激に跳ね上がるのだが、それを振るうとなれば猶更高難度となる。


「ならば、先ずは手本を」

「お願い致す」

「縄上に立ち静かに動くだけであれば、呼吸を乱す事も別段難しい事も無いが、剣を振るう型には大きく跳ね身体を捻る動作がございます」

「うむ」

「それらの動きをするには呼吸を意識して頂きたい、先ず跳ねるには瞬時に力強く吐き、捻りながら吐き切って頂きます。地に脚が付けば、再びゆっくりと吸い込み次なる動作へ繋げます」


 千弦の刀を借りてふわりと縄上に立てば、容易く刀を構えた後にスッと跳ねて宙へと浮けば身体を捻りながら刀を振るったのである。静かに縄上へと戻れば微動だにせず立っていた。


 美しくも見えたが、恐ろしく実践的な凄まじさであった。地に脚が付いていないにも関わらず、あれ程の刀筋をあっさりと見せたのだ。


「なんと……」

「わ、我々に誠、そのような事が出来るのでしょうか……」

「出来て貰わねばこの世は消えてなくなりますぞ」

「道忠……心して励もうぞ」

「はい!」


 二人は刀を手にしただけにも拘らず、縄上に制止する事は難しくなっていた。手にした刀の重さで重心が変わったからである。


「先ずは地上にて原因を考えて修正を」

「承知した」


 刀を手にした事で怪我をする心配が心を乱す事となる。二人は地上にて身体の芯を意識すれば、呼吸を整えて微調整を計った。


 一時程、修正を重ねれば刀筋にも切れが増し、刀を振るう型と呼吸が噛みあえば、一連の動作にも磨きがかかった。


「昼の後、すずを連れて参りましょう、上達の程実感出来ましょう」

「それは楽しみな」


 昼餉の後、社殿へと向かえば皆も連なりやって来た、どれほど上達したのかその目に確かめたいのである。


「では、おすず殿頼む」

「では……」


 前回と同様に指先が眩しい程に光れば、凄まじい衝撃と共に白い靄が立ち込めた。


ジジジ……ジッ……ジッ……


 靄が晴れれば、神々しくある光の剣を構える千弦の姿があったが、その様子は前回とは大きく異なり、平然としていた。


「おぉぉぉ!」

「だぁぁ!」

「小平太殿、感謝致す、これ程に違いが出るとは正直思わなんだ」

「鍛錬を続ければ更に磨きがかかりましょう」

「おっかねえ程、頑張っただな」


 中段の構えから一振りすれば光の帯が続いた、次いで大きく跳躍すれば身体を捻り大きく振り切ったのである、そのまま大地へと差せば光が放射状に広がったのであった。


「おぉぉ!」

「精霊さいっぱい来ただ!」 


 剣を振るうにも前回とは大違いである、五回ほど連続して振るえば、流石に少し呼吸を乱し始めていたが、立派なものである。程なくすれば剣を大地へと刺し道忠と交代した。


「お二人ともお見事、基礎鍛錬を続けながら、その剣の力加減にも慣れて頂きたい、何れはその剣で以て縄上で鍛錬して貰います」

「承知いたした」


 流石に光りの剣を縄上で振るうには難易度が高い、しかしそれなる高い目標を掲げれば上達も早いと言うものである。


「では明日より、午後はおすずを連れて参りましょう」

「よろしくお頼み致す」


 やがて剣から光が消えれば、門前では馬を降り真っすぐとこちらへ近づく人物が居た、警護の者が会釈をするのだから関係者には違いあるまい。


「おぉ、これはすず殿のつぶてについての返答が届いた様だ」


 千弦は術を知る人物を探して居てくれたようだ。


「お手数をお掛け致しました」

「心当たりすべてにあたったから何かしら解ろう」


 代々にして古神道を探求している家系の天海と言う人物が術について少し知っていたようだ。


自然じねんの術とな」


 この術を会得できるのは極めて限られた人物らしく、持って生まれた性質が深く関わるらしい。


「ならば、精霊が見える事がその条件……」


 この百数十年術を使う人物は現れなかったが、最後に確認されている道雪と言う人物は、どうも精霊が見えていたようだ、万物の生命に宿る光が見えると明言していたらしい。


「なるほど」

「おらと同じだか……」


 天海が知るに自然の術とは自然から力を分けて貰い術とするらしく、すずが会得したのは地の術と言い、つぶてに特化したものだと言う。しかし、すずが術を会得できた理由はまるで見当も付かないようだ。


 術は他にも風や水、木など幾種類かある様だが、仔細は解らぬらしい。道雪が書き残した指南書が何処かにある筈だが、百数十年行方知れずのようだ。


「その道雪と言う人物は鬼退治で有名でな」

「誠に鬼が居たと?」

「伝え聞く話ではな」

「だ……鬼、居ただか……とんでもねえ」

「実際の所、鬼とは術師による幻影であったと言われておるがな」

「では、その術師を退治した事で鬼退治と言われたのか」

「恐らく」

「ならば、つぶてで人さらいを追い払ったおすずも、何れは伝説となるかも知れぬぞ」

「だ! おら伝説になるだか!」

「伝える人物が居ればの話だ」

「だ……」

「しかし、謎が解けて良かったな」

「んだ。おら術使いだっただよ、なんだか嬉しいだな」

「そうだな、つぶてなら何かしら役にたとうからな」

「千弦様あんがとした」

「うむ」

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