第39話 宴

 湯屋には岡本彦左衛門より祝いの品々が運び込まれていた。


「此度の一件、誠に立派な働きであったな。子でありながら大人顔負けぞ」


 そう話すのは岡本の侍大将、笹江吉長である。荷車で運ばせたそれらを大広間へ運ばせれば、笑顔を見せていた。


 それらの品々はすずへの祝儀である。その中には木綿の反物さえあったものだから、すずは嬉しそうに両手で頬を覆うと満面の笑みである。


 小平太は、すずを従えて吉長の前に座すれば、手を付き頭を下げた。


「身に余る品々心より感謝申し上げます」

「み、身にあまる品々……なの心? より感謝? もうしあげます」

「……殿が深く感心しておられたぞ、して生き返る様を見て見たかったと、少し嘆かれておいででもあったがな」

「誠、目を疑うべく驚くべき光景にございました」

「め、目をま、まこと……疑うべきを驚くべきに? 光景にございました」

「そこは真似せずとも良い、それに順番があべこべだ」

「だ……」


 吉長はすずを見つめたまま瞬きを繰り返した。


「……まぁ、なんだ堅苦しいのもあれだ、無理せずとも良い。しかし、聞きしに勝る受け答えよの……殿が思い出し笑いをしていたのも頷ける」

「だ!」


 大集落の人々も加わり大台所と、簡易的な外台所は大賑わいとなり、御馳走が次々に作られ、大広間と外にも用意された料理台へと運ばれていった。


 多くの人々で賑わう中、千弦が手を上げれば、程なくして静かになり皆が注目をした。


「大集落の皆よ、今宵はすず殿の祝いの席に良くぞこれほど集まってくれた、感謝致すぞ」

「おぉぉ!」

「お子達が無事に戻れたのは、すず殿の勇敢な行動があっての事、自らの命を顧みずとは少々褒められぬが、出来る限りの事を精一杯した事は誠に立派な事、見事であった」


 千弦の言葉に皆が頷き多くの拍手喝采に包まれていた。


「こっぱずかしいで……」

「では、小平太殿、祝どきを」

「おすずよ、誠見事であった。が、二度と死ぬでないぞ」

「だ……」

「では、皆参るぞ! えいえい!」

「おぉぉぉ!」


 三度繰り返し行われた祝どきは、山々に響く程の声量であった。


「お見事! では大いに飲み大いに食してくだされ、殿からも祝いの酒が届いておるかなら」

「おぉぉぉ!」


 湯屋は内も外も大賑わいとなった。数々の料理に舌鼓を打ち、上等な白酒にほろ酔いとなれば、再び料理台へと並び皿を満たすのである。間もなく手拍子が始まれば上郷踊りが始まったところであった。


 大きな焚火を囲むように大人も子供も共に混じり輪となれば、一層賑やかとなる。


「それそれ、それそれ、よっこいしょ! どっこいしょ!」


 やがては、白酒に酔ったすずがふらりと立ち上がれば、手もみ拍子を打ちながらふらふらと歩き始めた。


「目が回るだな……面白いだよ、おらも輪に入ってくるだで」

「まぁ、足元が危なっかしい……火の傍で転ばないでね」

「大丈夫だで、心配いらねえだよ……だ! あぶねえ……」

「言われた矢先から」


 上郷踊りには決まった歌や踊りが無い、誰かが先導となり即興で以て歌い踊るのだ、皆がそれに次いで真似て歌い踊るのである。故に先導次第では大いに盛り上がるし、酒に酔えば酔う程に脱線しより可笑しな事となるのだ。


「それそれ、それそれ、よっこいしょ! どっこいしょ!」

「一番手! 早く来い!」

「おぉぉし、俺だ!」

「おぉぉ! 源三さん待ってたぞ!」

「おぉぉりゃ! それそれ、それそれ、よっこいしょ! どっこいしょ! おすずちゃんに感謝を込めた一発いくぞ!」

「おぉぉ!」

「だぁぁぁ!」


 家来を二人従えた彦左衛門が、こっそりと顔を出せば気付く者も少ない、静かに大広間へと行けば、小平太が席へと案内したところである。


「偉い賑やかだな、これは楽しそうだ」

「岡本様には深く感謝申し上げます、こうして皆で祝わせて頂いております所に」

「礼を申さねば成らぬのは儂の方ぞ。大集落の子達を守ってくれた事心より感謝致す」

「勿体なく御座います」


 琴が盃と膳を用意すれば、彦左衛門は屈託のない笑みで気持ち良く呑み、御馳走に目を輝かせていた。


「しかし誠、神童であったな」


 白酒にほろ酔いとなり、見よう見まねでふらふらと踊り歩くすずを肴に酒を楽しんでいた。


「仰せの通りに。小さいながらも強い精神力を持ち、大人顔負けの勇敢さにございます、おすずちゃんが居なければ今頃は妻も倅たちも酷い事になっていたと存じます」


「そうだな」


 間もなく一段落してすずが席へ戻ったのだが、目の前の大きな精霊にようやく気付いたようである。


「凄いだな、まん丸お月様の精霊だで……、……ん? だぁ! お殿様だ! だ、あだ、あだ……どうすんだ……たいへんだ」

「すずよ、邪魔しておるぞ」

「だぁぁ! じゃ、邪魔だなんて、とんでもねえ……えと、その……なんだ」

「おすず先ずは、落ち着き褒美の礼を」


 小平太がすずに並びその場に座すれば、すずは正座となった。


「この度は身に余る品々を賜り、心より感謝申し上げます」

「こ、この度の……身に余る品々の心たわまり、感謝申し上げます」

「うむ、結構。小平太にも申したが礼を言うのはこちらぞ、良くぞ大集落の子達を守ってくれたな、礼を言う」

「勿体なく御座います」

「もったいなくございます」

「さて、堅苦しい挨拶はこれまで。今宵は賑やかに過ごそうぞ」

「仰せの通りに」


 大賑わいの元で歌と踊りが繰り返されれば、やがて彦左衛門も羽織を脱ぎ腕まくりをして見せた。


「よし、儂も入るぞ」

「おぉぉぉ!」


 彦左衛門はすずの後ろに並び、即興の歌と踊りに童心に返ったような無邪気な笑顔を見せ、周囲を悦ばせた。


 来年の秋には大厄災が起きる、この世を守る為に、その凄まじき戦場へと挑む守り人達を今は精一杯楽しんでもらおうと皆が一丸となり盛り上げた。無論、岡本彦左衛門や藤十郎たち武家の皆も同じ気持ちである。

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