第26話 春の便り

 前日から降り始めた雪は、一晩中降り続け翌朝には大層積もっていた。


「随分静かだと思ったら大雪だで、真っ白だよ」

「もう春だというに、これは降ったな」


 一面の銀世界にすずは興奮気味である。


 やがて陽も上がり時が来れば、料理役の女衆が雪沓ゆきぐつにかんじきを装着して雪上を歩きやって来た。何せ大人の腰位まで積もっているのだから、かんじきが無ければ歩くことは困難となる。


「皆来ただな、おらも行ってくるだで」

「今日ぐらい雪遊びでもしたらどうだ?」

「だ……良いだよ……」


 少しぎょっとした表情を見せたのは、心を読まれたからに違いあるまい。


 台所に火が入ると、間もなく女衆のやり取りで賑わった。が、外の子供達の声の方が遥かに賑わい始めていた。雪合戦に夢中になっているのであろう。


 やがて、すずが明らかにそわそわとし始め、耐えず外の様子を気にしているのは、自分もそこに加わりたいからに他ならない。


「おすずちゃん、今日は此処良いから行っておいでな」

「だ! お、おら良いだよ、雪なんて全然気にならねえもの、ほんとだで。ちっともだで、雪遊びなんか全然気にならねえだ。あんなの冷てえだけだで……ほんとだで」


 すずの解り易い性格は既にみんなの知る所である。


「毎日頑張ってんだもの、今日ぐらい遊んでおいで、こんな大雪滅多にないんだからさ」

「おら、皆の朝餉さ作るだよ……子供でねえからな、やる事やるだ」

「何言ってんの、おすずちゃんは立派な子供だよ。大人に混じってこんなところに居ないで、遊んでおいで」


 皆が頷くものだから、期待に胸が高鳴り満面の笑みとなったが、すぐに曇ってしまったようだ。


「だどもおら、雪沓もかんじきも持ってねえだ……足の指さ霜焼けになっちまうもの」


 料理役の一人である小夜がその場を離れると、急ぎすずに合いそうな雪装備一式を持ってきたのである。


「ほれ、おすずちゃんこれでどうだ?」

「だぁぁ! お小夜さん! それ雪沓でねえか、それにかんじきも!」

「ほれ、早く行っておいで」

「ほんとに良いだか?」

「もちろん」


 満面の笑みであった。


「おら、雪玉さ投げんの得意だで。転んでばかりでねえところ、皆に見せてやるだ。ぷくくく、皆覚悟するだな」


 腕をぐるぐると廻し意気込むすずのその姿に皆が笑い、意気揚々と台所を出ていく小さな背中を見送った。


 程なくすれば外は一層賑やかとなり、料理役の女衆もそれを心地良さげに聞きながら手を動かしていた。


 里の子たちに交じってすずの声もするものだから、障子を開けてみて見れば雪合戦の最中である。恐らくは、台所でそわそわしているものだから、料理役の皆から遊んでくるように言われたのだろう。


 間もなく東吉が現れ小平太の隣に腰掛ければ、外ではしゃぐ子供たちを眺めていた。


「おすずちゃん、凄く楽しそうですね。おぉ? なんだ? 凄いな……中々の腕前……」

「俺も正直驚いているところだ。ほぼすべてが命中しているからな」

「そのようで……あ……ころんだ……」

「足元は相変らずだ」

「でも何だか……投げ方が……めちゃくちゃだな……なんであんなに飛ぶんだろう」

「さてな」


 数日が過ぎ、やがて雪も融け出し泥濘となれば始末に悪い。しかし、忍びにとっては関係も無い、足元が悪くても任務ともなれば遂行しなければならないのだからである。故になるべく汚れず、身体を冷やさずを心掛けて鍛錬を行うのだ。


「だ! 皆泥だらけでねえか。うわ……大変だで、早いとこ湯さ浴びた方が良いだよ」

「気持ちいいぞ、おすずちゃんも折角だ転がってみると良いぞ」

「とんでもねえ、おら、足元さ意気地ねえだども、泥の上では転がりたくねえだ」


 雪解けと共に期待が高まるのが山菜の収穫である。季節になれば女衆は其々に籠を腰や背にして、山へと入るのだ。大人に混じりすずも支度を整えると、意気揚々と皆の後について山へと向かった。


 収穫した山菜の中には乾燥させて保存できるものもあれば、塩漬けにしておくもの、収穫したその日のうちに食するものなど様々である。故に女衆はこの季節になると連日山へと入り場所を変えながら大量に収穫するのである。 

 

 この日は初日という事もあって、熊さえ逃げ出すほどの大賑わいである。すずは小夜に教わりながら順調に籠を満たしていった。


「山菜採りさ面白いだな、山の神様に感謝だで。おら、たくさんとって皆をおどろか! だぁっ!」

「ちょっとおすずちゃん大丈夫?」


 斜面で滑り転がれば全身泥だらけである。立ち上がれば己の姿を眺めていた。


「……とんでもねえ、忍びの皆より泥だらけになっちまった……」


 その場にいた全員が心配して見ていたが、立ち上がって早々のすずの一言に笑いが起き始めれば安心も手伝い、やがては山にこだまする程の大笑いとなった。


 すずは笑い過ぎだと怒っているようだが、その姿が滑稽過ぎて誰一人笑い止まない、やがて見かねた小夜に連れられ里へと戻ったのであった。


 温泉の湯で洗い流し、着物も何も全て洗えば新しい着物に着替えたところで、女衆も戻り始めていた。


「災難だったね、怪我は無かったかい?」

「おら、転び慣れてるだよ平気だで」

「では、山菜の処理するかね」

「おらも教わりてえだ」

「なら、おいで」


 その夜の夕餉は山菜尽くしとなり、皆が初物に舌鼓を打てばすずも鼻が高い。


「それ、おらが採っただで」

「ほう」

「あ、それはおらが湯掻いただよ。湯から上げる頃合いが肝心なんだ」

「へぇ……やるねえ、しかし泥濘で大変だったんじゃないか?」


 無論、忍びの皆はすずが泥の上で転がった事を知っている。


「なんて事ねえだよ、おらもやる時はやるだで」

「そうか、偉いな……ところでこれは格別旨いな」

「あ……そ、それは斜面さ生えるだで……採るのにちっと苦労しただで」


 案の定、斜面から転がったようだ、少し複雑な表情を見せていた。


「なるほど、それでか」

「な、なんだで……」


 仁平の一言に異様な反応を見せているから間違いも無い。


「いいや、何でもない……な、皆旨いよな」

「うん旨い」

「ところで怪我は無かったのか?」

「……け、怪我って……な、何の事だで……?」


 小平太が山菜を箸につまみ持ち上げれば、すずは斜面で採って来たそれを見て目を白黒とさせていた。


「大変だったな、おすずちゃん」

「その傾斜で転がり、着物も泥だらけ……思うに髪も洗ったようだから、三回転はしたかな」

「だぁぁぁ! 知ってただか! それに転がった数まで!」

「わははは、大変だったな、おすずちゃん、しかし旨いよ」

「だ……」

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