第20話 小諸の賊
小諸で宿坊を借りたのだが、この寺を監視している忍び崩れの者を五人確認すれば、一宿の恩として、その者共を成敗する事となった。僧に聞けば最近この界隈を騒がせている賊で、その犯行手口は荒く、多くの命が奪われているらしい。
「あの様子であれば、今日明日にでも決行する筈」
「大丈夫でしょうか」
「小平太様、おっかねえ程強いんだ、安心だで」
賊の狙いは本堂の金目の物である、僧たちが其々に金子を持たない事は知っている筈だから宿坊が狙われる事はない。ならば、皆をそこに避難させ小平太が一人本堂に残れば良いのだ。あとは本堂内で殺さずに忍びの動きを止める策を練るだけである。
僧たちの手も借りて、薪を一寸(三センチ)四方の大きさに切り分けた物を細工して、どう転がしても尖った先端が真上を向く様削れば、それを十個用意した。
「これは一体」
「
忍びの修行を始めれば、役に立つ動植物の特性や産地などを徹底的に叩き込まれる。それらの知識が完全に備われば、調合を教わった後に、己の身体に取り入れるのだ。
中にはしびれがしばらく残る物もあれば、三日も吐き気が治まらない物など多岐に渡る。それらの毒を少量ずつ摂取する事で、やがては耐性が付き無毒化が出来るのだ。
故に忍びに毒は通用しない事となるが、大沢の忍びが作る毒はその限りではない。籠より強烈なしびれ毒の元粉を取り出すと、それを水に溶き作った撒菱へ浸み込ませた。
準備が整い待つ事、翌日の夜中であった。塀を越えて侵入してきた忍びの数を感覚を研ぎ澄まし数えれば、何れも男共でその数九人である。塀の向こうで見張る者も居るから、その数軽く十人は越えているに違いない。
本堂内の暗がりに身を潜めていれば間もなく七人の男が姿を見せたのであった。
「皆寝静まったようだ、静かにな」
「おう」
男たちの動きを読み、足元に撒菱を放れば次々とその場に倒れた。大沢の強烈なしびれ毒は瞬く間に全身へと回り、声さえ発せずに呻くだけである。
見張りの二人は本堂を背にしているから小平太の存在には全く気付いていない。瞬時にして背後に寄り、首の骨を折るともう一人も同じように始末すれば、塀の外の気配に集中した。
確実に数名が忍んでいる様子である。しかし、その気配とは別にもう二つの気配がその者共を避けるように素早く移動し、間もなく音も無く塀を越えると、五間ほど離れた位置に着地した。小平太の姿を見つければ速やかに近づき膝をついたのである。
この二人は藤十郎の元へ向かったはずの佐助とかすみであった。無言のまま塀向こうの敵の位置と人数を指で示していた。
頷いた後に、挟み討ちにすると示し同時に塀を越えれば、この二人は小平太が見込んだ通りの使い手であった。五人の忍びが瞬く間に屍となれば、小平太は一人を生け捕りにしていた。
「この者を縛り少し離れていてくれ、聞く事があるから煙を焚く」
熊眠りと呼ばれる草の葉には大きな熊でさえ眠気を覚える程の作用があるのだが、その根の成分は逆に強力な覚醒作用がある。乾燥させた葉と根の比率を調整し、それに赤斑と言う蛇の毒を吸わせる事で強烈な自白作用が生まれる。前もって懐に仕込んでおいたそれを取り出せば、石を打ち火を育てた。
「煙だと? 無駄な事だ、お前らも忍びなら解るだろ」
「それはちと困ったな」
そう言いながら、火種で煙を焚けば、忍びは薄笑いを浮かべ、無駄だと言わんばかりの表情を見せていた。
「では、聞くがお前の名は?」
「速足の左門……!」
忍びの表情は酷く強張っていた。自分の意思に反して応えて仕舞ったのだから無理もない。その事実に佐助とかすみも目を丸くするばかりである。
「国は?」
「出雲の古杉村……お、お前何を嗅がせた!」
「そこら辺の草だ、気にするな。では本題に入るぞ」
「く、くそ!」
「盗んだ金品何処に隠した?」
「東に向かい、最初の田の畔を南に一里(四キロメートル)行った先の廃墟の床下だ……くっそ! 只の草の訳があるか!」
目を見開き身体中に力を込めて反抗しようと試みているようだが、無理な話である。
「他に仲間は?」
「廃墟に見張りが一人……ぐぬぬ、くそぉ! お前何処の忍びだ!」
「さてな」
情報を得ればもう用はない、その場に始末すれば再び塀を越え、本堂へと戻った。
「撒菱がある、踏むなよ」
「承知」
「ところで、お前たちどうして此処に?」
「実は」
松本に着いて早々に、行商の者より小諸を騒がせている賊が居る事を聞いた様だ、犯行の特徴や目撃された情報からも十人は越えており、身体能力からも忍びに違いないと確信したようだ。
小平太達の歩行速度と距離を考えれば、小諸で忍び達に出くわす可能性が高いと考え、念のために駆け付けたようだ。
「おすずちゃんが人質にでも囚われれば、いくら小平太様でも不利かと思い」
「そうか、心配をかけたな」
「いいえ、完全に取り越し苦労でした」
佐助は二つの亡骸と、しびれて動けない七人の忍びを見れば、改めて小平太の実力を思い知ったようだ。
しびれて動けない者達を運び出し、撒菱を全て回収すれば、宿所の方へ声を掛けたのである。
程なくして皆が集まれば、そこにはすずの姿もある、かすみは笑顔を見せるとすずへと近づいたところである。
「おすずちゃん、お饅頭とても美味しかったよ」
「そっか、良かっただよ」
「それで、これはおすずちゃんに」
「だ! 饅頭でねえか!」
一つずつ食べるもその美味しさに驚けば、すずのあの悲し気な表情を思い出し、余程に食べたかったのだろうと、推測すれば一つは返そうと持ってきたようだ。
「お、おらはいっぱい食っただで良いだよ……」
「いいから、ほら」
一応遠慮はしつつも手はしっかりと出していた。
「饅頭さ帰って来ただ……実は最後の一口さ思い出すと、涎さいっぱい出てきて困っていただよ、あんがとした」
佐助とかすみは互いに顔を見合わせれば、可笑しくなって小さく笑っていた。
「さて、では金品を取り返しに行くか」
「承知」
隠してあった金品を持ち帰るに手間は無かった。廃墟の裏には荷車が有ったから、それに積み込み運び寺に戻ると、朝になるのを待って、被害者たちへと返されていった。
無論、他の地で盗んできた物や、所有者不在の金品もあるから、それらは寺の判断に任せる事として、小平太も多少の礼を貰う事とした。
佐助とかすみには大きな籠が用意され、その中には必要な食料に鍋、椀に加えて冬に備えた一式で満たされれば、藤十郎の元で何不自由なく働ける筈である。小平太は礼としてそれらを所望したのだ。
「小平太様、何から何まで感謝致します」
「こんどは真っすぐ行くのだぞ」
「承知」
大きな籠を背負った二人が東山道を目指し歩き行けば、すずは饅頭を手に大きく手を振って見送った。
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