第8話 不思議な勾玉
道中、戦の痕跡も生々しく凄惨を極めていた。すずは目を逸らしつつ歩き続けている。焼き討ちにあった集落は亡骸もそのままに、烏や野犬がついばみ酷い有様となっていた。漂う腐敗臭は小平太でさえ無口にならざるを得ない状況である。
「とんでもねえ事だで……おぇ……」
すずは袖で鼻や口を覆うと足早に歩きだしていた。
「そうだな、野犬の群れも厄介だ、此処は少し急ぎ行こう」
しばらく歩けば再び森の中へと入り、穏やかな景色となった。安全に違いの無い岩清水を見つけて竹筒に補給すれば、その場に火を起こし干飯と乾燥した山菜で雑炊を焚く準備をしていた。上空には鳶が旋回し穏やかそのものであったが、少し先で忍びと思わしき小競り合うやり取りが風によって運ばれてきたのだ。
「おすず、此処で休んでいてくれ、すぐに戻る」
「なんだ? 昼餉にすんでねえのか?」
「この先で物騒が聞こえるから見て参る、何やら気になってな」
小競り合いとなれば巻き込まれても面倒だから、普段であれば気に留める事も無いのだが、何かが気に掛かっていたのだ。
「んだか、おらには何も聞こえねえだよ、随分耳が良いだな」
奥まったこの場所であれば、すずを一人置いていても安全に違いない、籠を置き静かに走り向かえば、やがてその現場近くまで行き身を潜めた。
木々を縫うように走り逃げる男を、四人の男が追い棒手裏剣を放っていたところである。逃げる男は身体を捻りかわすと同時にまきびしを散らしていた。
「密偵ではない! ただの通りすがりだ!」
「忍びには違いねえ」
「くそ!」
どうやら逃げる男は密偵と疑われているようだ。ならばこの界隈は忍びの監視が厳しいという事になる。故に手助けをすれば面倒な事となるのは火を見るより明らかとなる、此処は何が気になるのか、見ているだけに留めるべきであろう。
間もなく、逃げる男が素早く懐から白い布を取り出し、帯の間へと隠し入れれば、その動作が僅かな隙を生じさせたようだ。男の背中と太腿には棒手裏剣が命中し息絶えたように見えた。
追手は棒手裏剣を抜き懐を探ったが、何もないと知れば悪態をついて、その場を去ったのである。男が帯の間に何かを隠した事には気づいていなかったらしい。
周囲に監視の目が無い事を確かめれば、静かにその者の元へと行き、その様子を眺めていた。小平太はその男が未だ死んでいない事を見抜いていたのだ。
「止拍術とは珍しいな」
それは、瞬時に心の臓を止めて死人となる事で難を逃れる為の術である、小平太も話には聞いた事があったが、使い手を見るのは初めての事であった。それ程に珍しい術である。
「う、くく……くそ……未だいたのか」
「心配ない通りすがりの者だ」
「そうか……しかし、止拍術を知っているとはあんたも忍びか?」
「あぁ、俺もただの通りすがりの忍びだ」
「くくっ、聞いていたのか、あんた面白いな」
安心した様子で浅く呼吸をすれば、男は傷の位置を確かめていたが、それはどう見ても致命傷である、当人もそれを知れば複雑な表情を見せていた。
「こんなところで……とんだ不覚を取った、千弦様に申し訳が立たねえ」
「先は見えぬものだ、仕方も無い」
男は小平太の顔をしみじみと見ていたが、やがて静かに口を開いた。
「あんた、信濃国へ行っては貰えぬだろうか」
「これから向かうところだが、何用かあるのか?」
「それは良かった……頼みたい事がある、とても重大な事なんだ」
「俺に出来る事であれば聞いてやるぞ」
「ありがたい」
小平太の返答に安堵の表情を見せると、男は震える手で帯へと手を伸ばし白い布を取り出せば、それを小平太へと手渡した。
「これは?」
折り畳んだ布を広げれば、そこには不思議な光を纏い、真っすぐな光線を放っている美しい勾玉があった、光線は小平太が来た方向を指し示しており、見るからに普通の石ではない。
「重大事に関わる大切なものだ。それを信濃は上郷にある鏡の社へ届けて欲しい。頼む、事は重大なんだ、それとしくじった事深く詫びていたと、千弦と言う宮司に伝えて欲しい……」
千弦と言う人物との約束が果たせなかったのだろう、何やらこの者たちにとっては偉く重大なことであったのに違いない、間もなく訪れる己の死よりも悔やんでいる様子であった。
「で、その凡その場所は」
「東山道を行き神坂の峠を越え、六里ほど進むと右へとゆく細道がある。そこをさらに進み集落が見えれば、そこの者に聞くと良い、鏡はもう目の前だ」
「俺はとりあえず、大取村へと向かうのだが、位置関係は?」
「上郷は大取の先に当る、大取から東へ向かう道を行けば、上郷へと辿り着く、一本道だ、迷う事は無い」
「そうか、ならば寄ってやろう、ところでお前さんの名は?」
「弥平、あんたに会えた事幸運であった、頼む必ずや千弦様へ」
「任せろ」
「感謝する」
礼を述べれば男は息を引き取った。間もなく背後より忍びの気配を感じた事で、速やかにその場を離れれば、すずの元へと戻った。雑炊は出来上がり旨そうな匂いが漂っていた。
「作ってくれたのか」
「加減が判んねえからんねえから、味噌さ入れてねえだよ」
味を調え汁取りで椀へと盛った。
「物騒があっただか?」
「あぁ、事は済んだが頼まれごとをした」
懐より布を取り出し開いて見せれば、すずは食べる手を止めて目を見開いていた。
「だぁぁ……な、何だでそれ……おっかねえ程綺麗だな……だどもなんだ? なんか光がこっちさ指しているだよ……なんだ?」
「さてな、この勾玉を信濃の神社に届けてくれと頼まれたんだ」
「勾玉って言うだか」
「古くより伝わるもので、首から下げて使うらしい、何に使うかは知らぬが、神社が関わっているという事は神事であろう」
「んだか……だども、この光さ一体なんだ?」
「なんだろうな、神社へ着いたら聞いてみよう」
「んだな」
すずが身をずらしても光はすずを追った、小平太も不思議に思ったがその理由など知りようもない。無くさない様に籠へと仕舞うと昼餉を続けたのである、今日は此処より五里ほど歩かなければならないのだ。
再び歩き続ければ、日が暮れる前に次の寺が見えてきた所である。此処は美濃と信濃の国境近くとなる。
「ささっ、こちらへどうぞ、ごゆるりとお休みくだされ」
「ありがたい」
二人が案内されたのは本堂から離れた静かな宿坊であった。竹林の中に建てられており風情が溢れていた。が、小平太はその佇まいに仕舞いこんでいた記憶の戸が開いた事を感じていた。
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