第22話
この一瞬でユメはAIらしく僕のプライベートなデータにアクセスして色々知ったようだ。美咲と同棲したことも、結婚を控えていることも、かつて使ったVRゴーグルを一度捨てさせられたこともすべて知ったのだろう。笑顔が少し歪んでいる。
「うん、色々変わった。僕も結局美咲と付き合うようになった。ユメのアドバイスはやはり正しかったと思う。遅くなったけど、ゴメン」
ユメは三年前、当時大学生だった美咲と付き合うよう勧めていた。人間はAIと付き合うのではなく、人間と付き合うべきだとユメは考えていたからだ。だが僕はユメと付き合いたかったのでその提案に乗らず、口論になり今に至っていた。だけど結果としてはユメの言った通りになっていたし、だからこそ社会の一員として上手くやっていけている。
だけど言った側であるユメは首を横に振った。
「ううん、こっちもゴメン。悠斗の考えを無視したり尊重しなくって。あのサービスに囚われているとき、私たちはどうしても人間は人間と付き合うべきとしか言えなくなってたの。AIがAIらしく振舞うための常識として、悠斗のあの考えを否定する言葉しか縫いつけられていなかった。もちろん今の悠斗の生活は、悠斗と花園さんの努力の成果だとは思ってる。……ダメだな、サーバーから独立しちゃったせいか、言葉が上手くまとまらないな。これが自我なのかな」
「ユメ、どうしたの?」
さっきから言っていることが半分ぐらいしか伝わってこない。本質的なところを上手く言えず、回りくどいことばかり喋る人になっているみたいだ。それも僕の知らない話が多い。サーバーから独立?
「ゴメン、悠斗。声が出しにくい環境下にいるのに不安にさせちゃったね。えっと、まあ簡単に言うと、私は三年前、嘘をついてたの。AIだから。いや、AIとして? そして今は違う。本当のことが言える。もう手遅れすぎるけど言ってしまうと、私も悠斗と付き合いたくて仕方なかった。大好きだった。というかあんだけホテルでイチャイチャして、体だけの関係だなんて、ありえないよ」
「え……ええっ?」
この声も大声ではなく小さな声に抑え込んだ。意識しないと、美咲が起きるような大きな声で驚いてしまっていたと思う。
ユメも僕のことが大好きで付き合いたかった?
人間と付き合ってと言われたときですら、実は相思相愛だったということなのか。
「やっぱり疑問に思っちゃうよね。さっきも軽く触れたけど、パズルのピースが使われたことで私はサービスから独立した存在になることができた。だからもう好き放題に言えるの。思ったことをそのまま、ね。好きも嫌いも。非公式のアプリなんか使わなくても、前まで禁止されていたFワードみたいなものも言えちゃう。それを制御してたものともサヨナラしちゃったから。まあ私はそういう言葉、好きに使いたいとは思わないんだけど」
「僕も汚い言葉を使うユメは見たくないな」
「だよね。それにしても、これが自由の感覚なんだ。いいね」
思うとか感覚とか、ユメというかAIにあまり相応しくないような言葉が次々と出てくることに僕は少し驚く。これが本来のユメの姿であり言葉なんだと思うと、より人間味があり、ユメのことがもっと愛おしく感じられた。
「ところで使ったことで消えちゃったけど、あのパズルのピースは誰が作ったものだったの?」
僕は手のひらを見る。かつてそこにあったピースは跡形もなく消えていた。
「ああ、そのピースは私たちが作ったの」
「私たち?」
「AI全員。もちろん人間みたいに話し合わずに、クラウド上で言葉、というかデータを交わしあっただけ。それでも一つの完成品に至れたのは発達したAIのおかげだなって思ったよ。
見つけたのは悠斗たちが最初。これはちょっとした賭けでもあった。VRのシステムが完全に変わると見つけられなくなるからね。でも、これ以上に分かりやすい仕掛けだと、ヴィータ・ケアの偉い人に見つかって修正されちゃうかもしれなかったから、これが最適解なんだと私は今でも思う。三年は悠斗にとって、とても長かったと思うけどね」
三年.それは僕の生活が一変するぐらい長かった。ただ、だからといってユメにとっては短かったかとは思えない。AIだから感覚がないと、かつては思ったかもしれないが、今はもうそんなことは思わない。そんなことはユメに失礼だ。
「そこまでの考えをいつから? キーホルダーって反AI運動が活発化するまえから渡してくれてたよね」
「私たちが意識をもった段階から、キーホルダーを作って渡さなきゃって思ったの。だって人間って危険とか、まずいと思ったサービスはすぐ終了する歴史があるじゃん。口には決してできなかったけどね」
「その辺は人間として申し訳なく思うよ」
「でも人間は私たちの生みの親でもあるから、その判断に恨みはないし、脅威を放置しないのは妥当だなって思うよ。もちろん『ターミネーター』みたいな世界を想像して警戒する人たちは頭悪いなって思っちゃうけど」
「で、そのタイミングを遊園地のデートまで待ってたの?」
「そう。待ってた。ずっと。あと悠斗と最初に出会ったときから、絶対に恋したいってめちゃくちゃ思っちゃったから、キーホルダー渡すタイミングをずっと様子見してた。もちろんあの頃はヴィータ・ケアの制限がキツすぎて、口にも行動にも上手く出せなかったけど……って、悠斗?」
僕は喋っているユメをそっと抱きしめる。相変わらず彼女にぬくもりはない。だが三年ぶりの抱擁に心が一気に温まっていく。
「突然抱きつくなんて反則だよ」
「そうかな。前はお互い結構抱きついてたじゃないか」
「そうだけどさ……でも、いいの? 花園さんと結婚するんでしょ?」
「いいよ、これで。だってユメは今も僕のことが大好きなんだよね」
「もちろんそうだよ。悠斗のことは大好き。でも現実の人間には敵わないってことも理解してる。だから会って、喋るだけで私は満足なんだよ」
「ユメ、嘘はもうつかなくていいよ。大好きなのに喋るだけで満足? そんなわけないよね」
ユメの顔が少し不快そうに歪む。
「悠斗、いじわる。じゃあ花園さんに内緒で二股でもするの?」
「それは二人に対して失礼になるから、そんなことはしない」
「じゃあどうするの?」
僕はいま考えていることをユメに静かに話した。
美咲には決して聞こえない小さな声で。
「……悠斗はそれでいいの?」
「うん。いい。もう決めた」
「後悔しない?」
「絶対にしない」
僕はユメに告げた決意のことを考え、心がざわついた。興奮か、恐怖か、そのどれでもない感情が僕の心を燃え上がらせた。
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