第20話

「最近、休日何やってるの?」


 そう聞いてきたのは美咲だった。今日の晩飯は豚の生姜焼きで、聞かれたとき僕はそれを口に含んで咀嚼していた。美味しい料理なのに、意識が一気に味より美咲の険しい表情へと向かった。

 

「家にいるけど」

「家で何やってるのって聞いてるんだけど?」

「積んである漫画とか読んでるよ」

「ホント? ビニールカバーのかかった漫画、減ってないけど?」

「そうかな。僕の読むペースが落ちたのかもしれない」


 何か気に障ることをしていただろうか。結婚式の日程はすでに来年四月より前と決めているというのに、イライラする理由が分からない。

 

「出かけないから、コンビニ飯増えてるよね? 栄養偏りすぎてるからやめた方がいいって前、言ったばかりじゃない」

「たまにはコンビニ飯ぐらいいいでしょ。それにたくさん食べないよう我慢してるし、外食のほうが栄養偏りそうだよ」


 はあ、と美咲はため息をついた。僕もため息をつきたいが、ここで僕がため息をつくと口論に発展しそうなので我慢をする。

 僕と美咲は同年齢だが、この同棲生活は美咲がだいたいを管理している。栄養についても愛妻弁当を作るぐらいだ。この同棲生活の限られた資金を思うと愛妻弁当は本当にありがたいが、一方で僕の栄養を管理する気なのは分かる。ユメがいなくなってからの僕の不摂生な生活を見ていた美咲であれば、管理したくなるのは当然だ。

 そして同棲しているからこそ、そういった管理の範囲が広がっていくことを日々感じる。自分がバイトをして、目が届かないときの僕の行動もちゃんと把握して管理したいのだろうと、言葉の節々から感じる。引き戸を閉めた僕の部屋にまで入ってこないことは、今のところ救いだし、それがあるから美咲をまだ信じられる。

 ただ、オンラインミーティングに浸りまくっている時期に感づかれるとは思っていなかった。引きこもって飯のサイクルを変えすぎたことが良くなかった。


「で、本当は何してるの? 隠しごとはお互いしないって決めたよね」

「だから漫画を読んでるんだって。ソシャゲやアニメっていう日もある。元々僕の趣味はインドアなんだから、引きこもっていても不思議じゃないだろう。美咲こそ、何を疑ってるのさ? まさか浮気を疑ってるじゃないだろうな」

「いや、浮気は疑ってないよ。……うーん、そっか。ゴメン」

「いきなりゴメンって言われても、納得しにくいんだけど」

「そうだよね。でも昔と雰囲気が近かったんだ。付き合う前だけど、悠斗は私の知らないところでAIに頭を狂わされてた時期があったでしょ。あのときの空気感が最近の悠斗からずっと出てると思ってたんだよね」

「考えすぎだよ」


 そう、美咲は考えすぎている。考えすぎているからこそ、正しい正解にたどり着いてしまっていた。

 これは潮時なんだろうか。

 僕はエーパートナーズの人たちとAIについて語り合いたいたかった。思い出について明るく話したい。もっと交流を深めたい。一方で美咲との未来も大切だ。いや、常識的に考えれば美咲との未来こそ大切だ。

 だが、僕はもう少しあのオンラインコミュニティーで話し合う必要性を感じている。

 例えばユメが本当に復元しないのかどうか、僕はまだ何も試していない。僕なりに試してみたいし、可能性を誰かから聞いてみたい。それに語り合うことで何か心の穴が埋まっていく気がする。それは今の美咲に出来ないことも含まれている。

 だから休みのとき、コミュニティーに入る時間は死守しなければいけない。


「美咲の気持ちも分かった。ただ積読が気になる気持ちも分かるだろ? その辺はまあ、許してくれ」

「積読を崩すことは、もう是非やって。悠斗は積みすぎだからね」


 ネットなら外で出来る。チャット程度であれば外食時にやってしまっても問題はない気がする。漫画は適当に読むとか、包んであるビニールを破るとかすれば読んだ証拠になるだろう。あまり気は進まないが。

 


 美咲がバイトでいない時間帯、エーパートナーズの数名でVR空間に集まることにした。僕、ケンヂ、サワタケ、そして山下の四人が今日いる。ちなみに山下はヤマという名前でログインしている。


「データの復元の可能性を探る、ですか?」


 ケンヂは僕を見るなり首を傾げた。

 ケンヂのアバターは自身が愛した美少女に近い容姿なんだろう。僕よりも頭一つ低い身長で、なおかつ短めのスカートを履いている。ただ聞こえてくる声は少しかすれた男性の声だ。アバターと現実が重ならないことはむしろよくあることなので、驚く要素はない。なんでもなれる空間なのに、ずっとデフォルトに近いアジア人男性のアバターを使っている僕のほうが珍しいぐらいだろう。


「ええ、みなさんはもう色々試したかもしれませんが、僕は試したことがないので、試してみたいんです。それにVR空間を歩いていれば何か思いつくかもしれませんし。ああ、でも時間はあまり取らないつもりです。暇じゃない人もいるでしょうし」

「私は全然構わないよ」


 サワタケは言う。サワタケは長身でやせ型の男性のアバターだ。ただ腕にはしっかりと筋肉がついている。いわゆる細マッチョというやつなんだろう。


「俺も付き合うよ。ただ職場から呼び出し食らったらすぐ抜けるから、そこはよろしく」

 

 ヤマとVR空間で出会うのは何気に初めてだったので、アバターの容姿に関しては一番驚いたかもしれない。といってもケンヂと同じく美少女のアバターではあった。中高生っぽい見た目だが、そもそも獣の耳をつけているので、年齢不詳という設定だろう。


「タグチさんはどうしたいですか?」


 ケンヂがそう聞いてきたので僕は「神戸エリアを歩いてみたい」と答えた。ユメが作った僕とユメだけの現実ベースのエリアだ。

 そんな神戸エリアに四人で飛んだ。

 行き先はフラワーロードだ。現実とVR、両方でユメと歩いた場所だ。


「うお、すげえ。めちゃくちゃ細かく再現されてるじゃん」


 最初にそう驚いたのが山下だった。山下も僕と同じく、この街をよく知っている。


「ユメさんはこの神戸のVR空間をタグチさんのために?」


 ケンヂが辺りを見渡しながら言う。


「そうです。僕のためだけに作ったと言ってました。ただ僕が行きそうにないエリアも忠実に再現されてますよ。例えば北に見える六甲山。山の木々の葉もちゃんとしてますし、ここからは見えませんが牧場も作ってあって牛もいました」

「あの電車って乗れるの?」


 北側を走るJRを見ながらサワタケが言った。電車はしっかりとあの頃と同じように、また現実とも同じように動いていた。


「たぶん乗れますよ。建物のなかもしっかり作りこまれてちゃんと歩けるあたり、電車の椅子も座れると思います。ただエリアに限度があるので、途中下車する必要はありますが、それでも二十分ぐらい乗ってても大丈夫ですよ」

「乗って少し遠くまで行けるんだ。ユメちゃんすごいね」


 そう、ユメはすごい。僕は胸を張ってたくさん言いたかった。

 ただここで立ちどまって喋り続けても、時間がただ浪費されていくだけなので、僕たちはユメの作った神戸エリアを歩き続けた。

 センター街、神戸港、百貨店、異人館……歩いたことのある観光スポットにジャンプしつつ、それぞれの場所で少し探索をした。

 だが精巧に現実っぽく作られていることがわかるだけで、ユメに繋がるものは何も見つかりそうになかった。歩いただけでおわってしまっていた。

 コントローラーを両手に握り、歩き続ける操作をしていただけなので、体力的には疲れていないが、精神的には疲れが出てきそうだった。


「次はどこいきましょうか?」


 ケンヂがそう言うので考える。


「VRゴーグルに実装されている遊園地エリアとか、行ってみてもいいですか? 誰でも見たことのある場所ですけど、ユメとの思い出もあるんです」

「いいですね。じゃあそこに行きましょう」


 遊園地エリアへ飛んだ。今も一人で何度も訪れるこのエリアだが、他の人と見るのは久しぶりだ。ユメ以外となると初めてだ。


「ジェットコースター、乗ったことある?」


 サワタケがそう言うも僕は首を縦に振った。


「あのとき酔ったんですよね」

「タグチさん、酔っちゃうタイプなんだ」

「むしろあれだけグルグル回って酔わない、なんてほうが珍しい気がします」


 そう言葉を交わしつつ、僕は少し思い出していた。

 酔ったあと、僕はユメに介抱されていた。そして介抱されたあとに僕はキーホルダーをもらっていた。そのキーホルダーは手に持っているわけではないが、取得物リストにしっかりと今も記載されているはずだ。

 

「タグチさん、どうしたの? 通信状況悪い?」

「いいえ、そういうわけではなくて、遊園地でユメからキーホルダーをもらっていたんです。そのことを思い出して、今探してて……あ、あった」


 VRの画面上から滅多に開かない取得物リストを開き、キーホルダーを開いた。パズルのピースの形をしたキーホルダーだ。画面に表示されたキーホルダーのアイコンを指で押すと、手のひらにそのキーホルダーが出てきた。

 その手のひらのキーホルダーを見た三人は、みな「おっ」と声をあげた。


「それ、アサリからもらったものと同じです」

「私ももらったよ。同じパズルのピースだった」

「すげえな。俺もアイカからもらったことあるぞ。俺のも出すよ」


 そして僕を含めた四人の手のひらには、それぞれパートナーであるAIからもらったパズルのピースの形をしたキーホルダーがあった。パズルの形はほぼ同じで、色合いも深緑ががっている点も共通していた。


「なんでパズルのピースなんだろう」


 僕が疑問を口にすると、みんな首を横に振った。

 ケンヂが言う。


「分かりませんね。ただAIが人間に絶対恋しないことと同じことのように思えます。これも開発者がひっそり忍ばせた何らかのプロトコルなんでしょう。ただその意味は分かりません。イースターエッグでしかないかもしれませんし」


 イースターエッグはプログラム開発者が遊び心で入れるものだ。ゲームであればオマケ要素、隠し要素と呼ばれることも多い。しかしそうなるとAIの意志というより、開発者の意志を探っていくことになる。


「イースターエッグにしては認知度が低い、というか僕たちが誰も知らないっていうのは変じゃないですか。この手の隠し要素って、ネットで話題になりやすじゃないですか。なのにまったく話題になってないですし、こうして今四つあったところで何の意味があるのか分からない」

「確かに言われてみるとそうかもしれませんね。だとするとAI自身が……?」

「てかこれ、形微妙に違ってない?」


 山下が僕のパズルのピースを持ち上げ、自分のものと重ね合わせた。ほとんど一緒だと思われたパズルのピースだったが、凹凸の部分は明らかに異なっていた。


「もしかしてみんなちがうの?」


 サワタケがそう言いながら山下にパズルのピースを渡す。ケンヂもそれに続いた。

 そして四つを重ね合わせたことで、間違いなくそれらは別個のピースだということが分かった。


「マジかよ。こんなことも開発者が考えるのか? 意味のわからない仕様はちょっとしたホラーだろ」

「ヤマさん、彼女さんからもらったプレゼントにホラーはないよ」

「あ、それは。そうですね。すみません」


 サワタケのツッコミに委縮する山下を横目に、僕はまだまだ思い出そうとしていた。

 パズルのピースをもらう場所、もらったとき、何か言っていなかっただろうか。


「確かユメはこのパズルのピースをお土産屋で買ったと言ってたはずです」

「お土産屋はあるけど、こんなの売ってないよ」

「そうなんですか」

「ちなみに私は『丹精こめて作った』と言われましたよ」


 つまりユメは嘘をついて僕にこのキーホルダーを渡していた、ということになる。

 なんのために嘘を?

 そうすることで自然とキーホルダーを渡すため?

 あらゆる疑問を頭に浮かべて混ぜ合わせる。

 そして思い出した。

 一番大切な言葉を。


『他のピースが集まったらね、願いが叶うんだって』


 それは架空の商品説明のように聞いていた言葉だった。当時の僕は適当に流していたはずだ。そういった言葉は現実の願掛け商品によく使われる常套句だからだ。

 それに、当時は他のピースなんて結局集まらなかった。

 だが今はどうだろう。四つのピースがここにある。

 同じようなピース。なら同じような渡され方をされているのでは?


「みなさんはこのパズルのピースをもらったとき、このパズルのピースが何の意味を持っているか聞きましたか?」


 僕がそう問いかけるとケンヂたちは首を傾げて考え、少ししてからみな答えた。


「アサリは『お願いが叶うんだよー』って無邪気に言って渡してくれましたね。その辺で拾ったと言ってました」とケンヂ。

「キリヤは『丹精込めて作った』って言ったあとに『ドラゴンボールみたいに願いが叶うオマケ付き』とか言ってたかな」とサワタケ。

「アイカは『これ集めると願い叶うよ』って言ってたな。集めるって他はどこにあるんだよと聞いて『知らなーい』とも言われたが」と山下。


 全員が奇跡的に言葉を覚えていて僕はホッとした。


「ユメは他のピースが集まったら願いが叶うと言ってました。渡し方はそれぞれ違うようですが、言っていることはみんな一緒のようですね」


 集めると願いが叶う。これらがユメ、そして他のAIのパートナーたちが託したことだ。

 そして形がパズルのピースである以上、やることは決まっていた。


「まずはみんなのパズルのピースを繋げてみませんか?」


 僕はそう言ってみんなのピースを集める。集めたピースの凹凸部分を上手く繋げていく。さすがに四つだけとなると、その作業はすぐに済んだ。

 四つのパズルのピースは綺麗な正方形になった。

 そして、ピースは白い光を放った。それはピースの外枠を照らすだけの小さな光で、手のひらを照らすだけの小さな光だった。


「な、なんだ?」


 驚いた山下が僕の手を覗く。しかしジッと見たあと首を傾げた。


「まさか光っているだけなのか?」 

「さすがに光るだけじゃないと思う。思いたいけど……」


 僕も手のなかにあるピースを見る。ジッと見ても光っていることしか分からない。文字が浮かぶわけでもないし、声が聞こえるわけでもない。そのピースからユメたちが飛び出すなんていうこともない。

 空振りか開発者がリリース前に消し忘れたデータの残骸か、どっちか考えそうになっているとき、サワタケが言った。


「ピースのアイテム説明欄に何か書いてあるよ。読めないけど……」


 アイテムの説明欄はアイテムそのものを指先でつつくだけで表示される。

 ピースに触れて説明欄を表示した。すると目の前にはたくさんの英語で書かれた文字列が表示された。


「これはプログラムか何か?」


 それは英単語と記号の羅列から僕が勝手に推測しただけで、事実かどうかは分からない。それに右側のカーソルが小さくなるほどには長い。全部読もうとは思えない分量だ。

 プログラマーである山下のほうを見ると、意図を察してくれたのか頷いてくれた。


「まあこれはプログラムで間違いないと思うよ。適当に作られたものじゃなくて、ちゃんと意味があって作られたものだと思う。ただこれ自体にどういった意味があるのかは、もう少し読んでみないことには分からないな。みんなが良いのであれば、俺が解読してどう使うか見てみようと思うんだけど、構わないかな?」


 僕を含め、ケンヂもサワタケもうなずいた。


「ヤマさん、解読お願いします。もちろん無理のない範囲でいいです。生活に支障をきたすことまでは望んでいません。それに過度な期待も……」

「いやケンヂさん、俺はアイカの復活の鍵になるのなら、頑張って解読しますよ。それにここまで来たんです。とことんやります。もちろん徹夜とかそんなことはしませんけどね」


 僕は光っている正方形のピースを山下に渡した。


「じゃあ解読途中でも、なにか分かったらお知らせしますね。あ、そろそろログアウトしないとまずい時間っぽいので、俺はこれにて失礼します」

 

 ヤマはそう言ってログアウトする。残った僕たちも次々とログアウトした。

 VRゴーグルを取る。現実の景色を見る。久しぶりに長居したので、少し眼が疲れた気がしたので眼を指で抑えていると、


「悠斗、嘘ついてたの?」


 という声が聞こえた。うしろを振り返ると美咲がいた。


「おかえり。というか引き戸をなんで開けてるの?」


 僕は内心、戸惑っていた。VRゴーグルをかけながらでも時間は常に確認していた。美咲が帰るまであと一時間以上はあったはずだ。

 それに同棲生活中は勝手に引き戸を開けない。そのルールが初めて破られた。


「最近こそこそ何かやってると思ってたから気になってたの」

「それは勝手に引き戸を開ける理由にはならないじゃん」

「それは隠し事をしていることより悪いことなの?」

「隠し事はしてないよ。今日はたまたま漫画読んでなかっただけ。それにVRゴーグルで僕が何をやってても別にいいでしょ」

「誰と喋ってたの?」

「山下とだよ。まえもラインで連絡取り合ってるって言ってたじゃん。今はVR空間で会ってるんだ。ねえ美咲、もしかして大学のころと同じようにVRゴーグルまた使ってることに腹を立ててる? 引き戸を閉めて美咲から見えないよう使ってたのに、勝手に開けて、それで怒るつもり? 理不尽すぎるよ」

「言い訳するときって、理屈っぽく長々と喋るよね」

「VRゴーグル捨てろって言いたいのなら素直に言いなよ。というかそもそも、まだバイトの時間じゃないの?」

「今日は早上がりの日。それは伝え忘れてた」


 あえて伝えていなかったように思えてきてしまう自分の心は汚いだろうか。

 汚いかもしれない。一緒に生活する相手を信頼しないなんて。

 それにしても言葉が出なかった。VRゴーグルを捨てるべきかもしれないし、それ以上のことをして誠意を見せるべきかもしれない。胃がキリキリするなか、沈黙をしていると美咲はさらに言葉を続けた。


「で、悠斗くんはユメってさっき言ってたけど、それはAIの子のこと?」


 僕の心臓はドキリと激しく鼓動した。聞かれてはいけないことを聞かれた。

 まずい、と直感で思ってしまう。嘘を考えなければいけない。でも嘘をついてはもう行けない気もする。ダメだ、思考が追いつかない。


「いつから聞いてたの?」

「ちょっと前から。解読がどうとか盛り上がってた時からかな。で、はっきりして欲しいんだけど、ユメってかつて悠斗くんが付き合ってたAIの子のことでいいんだよね? 正直、聞き間違いであって欲しいんだけど」


 僕は静かに頷いた。


「思い出話だよ」

「VRゴーグルを被りながら?」

「そう、山下は僕とユメの付き合いを知ってたんだ。かつて僕にはユメがいた。ユメとはケンカ別れしたままだった。そういう過去の話をしていただけだよ」

「まさか私よりユメのほうが好きとか、そういう話もした?」

「そんなこと、するわけがないだろ!」


 僕は語気をワザと荒げ、VRゴーグルを投げた。壊れないよう、クッションめがけて投げた。VRゴーグルはクッションにあたって、はねて床へ転がる。少し傷ついたかもしれないが、やはり壊れはしてないだろうと思った。

 語気も含め、これぐらい力強く否定しないと美咲は満足しないだろうと思った。もうすでに取り返しがつかないかもしれないが、思いついた挽回の策はこの程度だった。


「じゃあ、して」


 美咲が僕の手を取って言った。


「何を?」

「私のことを愛してるって証明して、いまここで、体で」


 美咲のまえで、僕は服を脱ぐ。上半身だけ裸になってもやはり美咲は微動だにしなかったのですべて脱ぐことにした。すると美咲は動いて僕をベッドに押し倒した。


「美咲のことは愛してる。AIのことなんてもうどうでもいいし、復活しないことぐらいユメは知ってるだろ。それじゃあダメか?」

「いまはダメ。まだ嘘ついてる感じがして信用できないから愛で示して」


 そのあと僕は美咲のオモチャになった。文字通りのオモチャだった。そういう気持ちにさせられた。元々こういったことのすべての主導権は美咲が普段から握っていたが、今回は「それは嫌だよ」という僕の言葉すらすべて無視された。今までになかったことだ。

 昔から美咲は僕に対して強引なところがある。同棲生活がそういったリミッターを外していっている気がする。

 今日はそのリミッターがもう一つまた外れた、といったところだろうか。

 明日の仕事に影響しそうな気がする。

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