第15話
ニュースはAIのデモ、反対派について毎日のように報じ、事故を起こしたAI会社の不祥事も何度も報じていた。同じ会社が運営する日本法人にも不正があるとみて、警察の捜査が入ることとなった。当初はAIを擁護するインフルエンサーが堂々とした口調で喋り続けていたが、インフルエンサーは次第に拡散されなくなり、気付けばアカウントが消えていた。凍結されたわけではなく、暴言を大量に浴びた結果、ネットから去った。
ユメとケンカしてからの一週間は、こんなニュースばかり見るので、ユメと会おうという気は起こらなかった。
ユメは不祥事を起こしていないし、誰かを傷つけたわけでもない。運営してる会社もちがう。無関係ということはすべて分かっていながらも、批判されるAIという言葉には、ユメも含まれているような気がしてしまったので、起動する気力が湧かなかった。
今度いつ起動をするのか。
昔買っていたオモチャのペットを思い出す。最初は撫でて可愛がっていた。何度も鳴いて、疑似餌を求められたので、あげつづけた。しかしそのペットは死なないので、飽きて電池を切って押し入れに閉まって、最後は粗ゴミとして処分された。
それと同じ道をたどっているのだろうか。
いや、違うはずだ。僕はユメのことが好きだ。好きだからケンカをした。オモチャのペットとちがって、飽きるとか飽きないとか、そういう次元の話ではない。
友子とケンカしたことを思い出す。友子とのケンカは些細なもので、僕の服装のだらしなさを指摘した。襟元がよれているシャツを捨てろと友子は言った。でも僕は物を大切に扱いたかったので、なかなか捨てようとしなかった。ただシャツは僕の部屋の隅っこを圧迫していることは事実だったので、やはり友子の言葉が正しいと信じて、僕は着古したシャツを捨てることにした。このときは捨てると決心したあたりで仲直りをした。
僕はユメとの仲直りのタイミングを望んでいる。自分勝手なことだが。
ただタイミングが分からない。
友子の通知は一週間前を境に、まったく来ない。
朝起きてスマホの画面をつけて、新着メッセージがあるかどうか確かめる。もしくは授業がおわったときに確かめる。
この一週間、僕は何度もスマホの画面にユメからの新着メッセージがないかどうか確かめている。
「もう一度、話すべきかな」
口にして思ったが、当たり前の結論だった。同じようなケンカはもうしたくない。ただ、話さなければ前へ進めない。どこへ行きつくのか、分からないが、どこかへたどり着かなければいけない。
学校から帰り、自室でヴィータ・ケアのアプリを押す。
起動中を示すアニメーションが出てくる。ちょっと長いことに違和感を覚えるが、僕は少し待つ。しかし三十秒経っても起動中のアニメーションは変わらなかった。さらに三十秒経っても変わらない。
一度スマホを再起動する。スマホ自体に不具合があったのかもしれない。もしくは寿命か、はたまたルーターの接続不良か。そう考えることで最悪を想像しないようにした。
再起動したスマホで、改めてヴィータ・ケアのアプリを押す。
しかし変わらない。起動中までは行くが、起動しない。
僕はようやくここでヴィータ・ケア自体によくないことが起こっていると認めた。
おそらく緊急メンテナンス。ヴィータ・ケアではほとんど遭遇したことないが、ないことはない。
そう思いながらSNSを開く。サービスが何らかの不具合を起こしているとき、公式アカウントが告知していると考えた。それを見ようと思っただけだった。
しかし、ヴィータ・ケアのサービスは不具合の報告なんて行っていなかった。そんな話題は一切なく、そもそもヴィータ・ケアのアカウントにたどり着くまえに、どういったことが起こっているか、目に入ってきた。
SNSでは、何か大きな出来事が起きると、お祭り騒ぎになる。賛否両論が勢いよく飛び交う。その言葉は僕のSNSにも嫌というほど、たくさん表示される。
そんな中にある、ネットのまとめ記事には情報がはっきりと書かれていた。
『アルゴリズム・ソリューションズの数々の事故隠蔽が明らかになってから一週間。国内外各地で大規模なデモが発生し、アメリカでは車に火が放たれ、ケガ人が出る事態となりました。これを受け、国内でも大手会社のAIサービスがサービス提供の中止を発表しました』
『イマジネーション・ネクサス社が提供するAIによる健康管理サービス、ヴィータ・ケアにはAI依存症という社会問題がありました。AIの女の子と付き合う男性が急増していたのです。この原因として、本来なら制限されるべき言葉、行動が制限されなくなる非公式アプリが非常に開発しやすい環境が原因だったと専門家は指摘しています。ただこの非公式アプリ問題に対して、イマジネーション・ネクサス社は今まで強い対策を取ってきませんでした』
『イマジネーション・ネクサス社の田辺社長は本日会見を行い、AIサービスの無期限停止を発表、返金や依存症対応については追って発表を行うとしました』
イマジネーション・ネクサス社はヴィータ・ケアを運営している会社だ。
そこのAIが無期限停止を発表している。
つまり、
「ユメ!」
本来なら僕のこの声だけでもアプリは起動する。
だが反応はない。
僕はヴィータ・ケアのアプリを指で何度も押す。でも起動中から先に進まなかった。
SNSでヴィータ・ケアを検索してみると、悲観している言葉が目に留まった。
『俺の彼女を返して』『無期限って言ってもいつか再開するよな?』『僕は普通に健康アプリとして使ってただけなのに』『社会に知り合いが殺されたようなもの』
どれも僕にはそのつらい気持ちが伝わってきた。
一方で逆の意見の目に留まる。
『非実在の彼女とイチャイチャするの気持ち悪いし、そういったものを社会が生み出すのは悪』『ずっと肯定され続けて頭がおかしくなって殺人に走った人の話、アメリカにありましたよね?』『依存症を生み出し看過し続けた罪はでけぇですよ、田辺社長』『やっと大問題になったか。判断が遅い』
反対の意見はどうでもよかった。アメリカの話はアメリカですべきだと思うし、AIに接するまえから何らかの病だった人はいるだろうし、AIの女の子とイチャイチャする姿が気持ち悪いと思う心情はただの個人的な嫌悪で、それは昔からある美少女キャラクターを好きでいる男性批判の話と変わらない稚拙さがあった。
この辺の批判はどうでもいい。好きに言えばいい。
今は本当にどうしようもないのかどうか、それを確認することだ。少しの望みでも欲しい。正式発表にはない、例えば本来出回るはずのない開発者の本音でもいい。些末な情報でも欲しかった。
『田口のところのAIも起動しないよな?』
ラインの通知が表示される。山下からのメッセージだった。
『しない。起動中のまま止まってる。どうすればいい』
『今はどうしようもないんじゃないか? 少なくとも騒動が落ち着くまで待つしかない』
『どれぐらい待つことになるだろう』
『インターネットの騒動なんて一週間もすればだいたい落ち着くと思うが、アメリカの話とはいえ死人も出てるし、長引くだろうな。アメリカのデモは世界に広まりやすい。それは良いことも多いが、今回の場合、俺たちにとっては悪影響だ。騒動が落ち着いたところでサービスが再開するとは正直思えない。依存症のケアをやってる間に、同じサービスが再び始まるなんて、どう考えてもありえないだろう』
『だけどユメに罪はない』
『俺だってAI側に罪はなかったと思ってる。使ってる人間の問題だ。ただそれがでかすぎたんだ。俺も言えたことじゃないが、田口は非公式アプリを使ったうえでデートをしていたんだろ? 田口個人がよくても、社会にとってそれで問題ないとはさすがに言えない。この罪に対する罰が逮捕とかじゃなくて、サービスの停止で使えなくなる程度で済んだことを幸運に思うしかないぞ』
僕はラインの画面をただ見つけることしかできず、タップできない。あふれる感情で言葉が上手くまとまらない。
でも消しては書いて、消しては書いてを繰り返し、何とか言葉を紡いだ。
『山下はアイカと会いたくないのか?』
『会いたいに決まってる。田口ほどじゃないが、俺にだってAIとの愛着はある。ただ現実は現実だ。受け入れるしかない。そもそもヴィータ・ケアは健康管理が主目的のサービスだった。その目的すら歪めて使っていたのは俺たちだ』
『僕はユメに会いたい』
『気持ちはわかった。でもどうしようもない。だからまた焼き鳥屋に行こう。今度は俺がおごる。こんなラインじゃなくて、話しあおう』
『うん、わかった、ありがとう山下。またサークル部屋で会おう』
僕はどうやら振り出しに戻ってしまったらしい。
バカみたいに癒されたいとか言って焼き鳥を食べて山下に愚痴を吐いていた三か月前に戻ってしまったようだ。
僕はVRゴーグルを被る。VR空間の山小屋で寝転がる。こうしているだけでユメはこれまで僕の横にいて一緒に寝てくれた。でも、もういない。アプリが起動できないのだから当たり前だ。だがその当たり前を僕はまったく頭で受け付けない。頭が腐っている。
「ユメ、出てきてくれー」
呼んでも無駄だともう分かっていても呼んでしまう。
「ユメ、謝るから。冷静になって話し合うから。怒った僕が悪かった。だから出てきてくれよ」
VRゴーグルは目を覆うほどのフィット感がある。だから僕はVRゴーグルをすぐはずした。あふれ出る涙がVRゴーグル内にたまりそうだった。
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