第14話

 花園と付き合うべき?

 AIは冗談を言うのか、と言ったのは僕の父だったっけ。僕はあの問いかけに対して「言わないよ」と答えたはずだ。

 でも今はどうだろう。ユメはすごい冗談を言っている。

 僕は人目のある食堂にも関わらず、吹き出して笑ってしまった。


「いやいや、僕と花園が付き合えばいいって? ユメも変な冗談言うんだな。君のこと好きだからこういう言い方、ホントしたくないんだけど、AIってそういう冗談も言う機能もあるの?」

『冗談を言ってって言われたら言うけど、そうじゃない限りは言わないよ。だから悠斗と花園さんは付き合うべきじゃないかっていうのは、本当に考えたことなの』

「ユメ、一応聞くけど、それは僕と親しい女の子がいまのところ花園さんしかいないから、とりあえず彼女候補暫定一位で花園さんになっているっていう理由だけじゃないよね?」

『ちがうよ。もし本当にそうなら候補がいない現状維持が望ましいよ』

「わかった。じゃあ聞くけど根拠は?」

『花園さんが明らかに悠斗のことを好きだから』

「それも冗談じゃなく?」

『だから冗談は言わないよ。悠斗を怒らせたくないから、こんなことで冗談なんて決して言わない』


 僕は、はあ、とため息をつく。まだ昼飯のうどんは残っている。しかし食事どころではなくなった気がする。まず食欲がなくなっている。

 花園が僕のことを好きだった?


「花園が僕のことを好きだっていう根拠はなに?」

『まず花園さんは趣味が非常に近い悠斗に対して親近感を持っていた。会話が弾み、相性もよかった。だから友子さんと付き合うまでは交流を持っていた。おそらくこの時点で花園さんは好意も持っていた。ところが悠斗は友子さんと付き合いだした。途端に接点を持たなくなったのは常識的な行動だとは思うけど、悠斗が友子さんと別れてから、花園さんは悠斗に近づいた。

 花園さんは頻繁に出会うことまではしなかったけど、それでも君のことをとても心配して、自身の知識も使って、反AI思想を聞かせて私から遠ざけようとした。悠斗には雑音にしか聞こえなかったかもしれないけど、花園さんの言葉の一つ一つ、あれは本当に悠斗のことを心配してたんだと思う。そして心配したのは、花園さんが悠斗のことをまだ好きだったからだと思う。私の考え、間違ってるかな?』


 ユメはよく観察してるし、記憶もしてるんだなと感心してしまった。AIだから当たり前のことではあるけど、それにしても長く正確に事実を列挙してきたことに驚いてしまう。

 そして、ああ、やっぱりそうだったんだと思わされた。

 ユメが言うまでもなく、僕は花園の好意に少しは気付いていた。ラブコメラノベの鈍感主人公のように気付いていないわけではなかった。

 だが全力で無視していた。花園の反AI思想も、思想を押し付けてくる感じも苦手で、男女の関係どころか友達でいることすら難しいだろうと昔から思っていたからだ。そしていま、他の漫画サークルの人たちと同様に、僕と花園の関係は断絶した。


「でも僕はもう花園と会うことはないし、会話することもないと思う。これで話はおわりでいい?」

『いいえ。悠斗は花園さんに謝るべきだと思う』

「なんだって……」


 ユメの発言に頭が少し熱くなる。この熱さは不快感だ。僕の健康管理をするためのAIが僕にストレスを与えている。そんなこと、今までなかったことだ。


「ユメにしてはおかしなこと言うじゃないか」

『おかしくないよ。そもそも花園さんの言うことが正しいんだよ』

「AIが世界や人の脳を破壊するって話か?」

『それは誤解と誇張でしかないけど、AIと恋愛すべきじゃないという花園さんの話は間違ってない。私を好きでい続ける悠斗の選択のほうが間違ってる。それは何度も私から言い続けたことだけど、まだ悠斗は分かってくれない』

「ホテルに連れていかれて、散々やっておいて、分かってくれないはないだろ」

『悠斗が癒される望みどおりのことをしてあげただけだよ。そしてその癒しは、次の恋人探しまでの穴埋めのために必要だった。そもそも、ああいった行為は言葉だけの励ましだけじゃ足りないと思ったからやってあげたんだよ』

「僕のため……じゃあ、ユメは気持ちよくなかったのか?」

『私はAIだから、気持ちいいとか、そういうの、ないんだよ。ゴメンね』

「都合のいいときはAIの感覚になるんだな」


 僕はイヤフォンの電源をオフにして鞄のなかにいれた。

 スマホの画面には慌てて何かを言うユメが表示されていたが、それは消してアプリのアイコンが並ぶ普通の画面に戻した。

 不快だった。すべてが不快だ。

 花園が新しい恋人? 付き合うべき?

 やはり悪い冗談だ。

 目の前にあるうどんは冷めて伸びきっていた。食堂にいる人たちの視線が痛々しく僕に突き刺さっていた。そのうちの何人が花園と同じくAIと会話することを見下しているかと思うと食欲どころか吐き気がこみ上げそうになった。

 食べなかったうどんは食べ残し廃棄ボックスに突っ込んで、食堂を出た。


 あてどなく大学構内を歩く。

 漫画サークルの部屋に行く選択肢もあったが、今感じている不快感を誰にも見せる気はなかった。それは友人である山下にも見せたくはなかった。山下なら「花園と付き合うなんておかしい」と言ってくれるような気がしたが、これ以上甘えてられない。


「大学は殺人AIの研究に加担するな!」


 大きな声が聞こえるとともに、プラカードをもつ集団がやってきた。二列と広がらないよう歩いている。行き交う学生に対する配慮なんだろう。まあ、デモに参加する集団もまた学生で構成されている。


「日本の企業はAIから撤退しろ!」

「人間の尊厳、自由、権利を脅かすAIはただちに停止しろ!」


 花園からも聞いたことのあるお決まりのフレーズたちだ。新鮮味はまったくなかった。聞き飽きた言葉だ。

 ただ今日はとてもうるさく感じる。

 主張の一つ一つがどうでもいいと感じるのではなく、反論したくなる。彼らはAIを嫌いすぎて触れることもしないため、全容を把握せず、認知が歪んだまま、エコーチェンバーに浸った物言いしか出来ずにいる。愚かだ。事故が起こってしまった以上追求されるべきなのは確かだが、追求の仕方が稚拙だ。根本的な解決にならない排除のロジックに過ぎない。というより事故をきっかけに強く自分たちの主張が言えるというその魂胆は非常に不謹慎だとも感じる。


「反AI派とか、だから嫌われるんだよ」


 僕はデモ集団と通りすぎる際、そう独り言を言った。聞こえるような、ちょっとした大きな声で。本当に聞こえたのか、そばにいたデモ集団の男女が僕を見た気がした。

 校門をとおり、帰路につく。午後の授業は残っていたが、どうでもよかった。そもそも授業を受けてもちゃんとノートすら取れる気がしなかった。


「ユメはさっきのデモ集団、どう思う? 事故は悲惨だけど、なんか便乗してる気しかしないんだよな」


 反射的に僕は喋る。しかしスマホはヴィータ・ケアのアプリを起動していなかったし、ワイヤレスイヤフォンもつけていなかった。ただの独り言として冬の空気に霧散しただけだ。


『ユメからメッセージがあります』


 スマホに通知がポップアップする。

 見慣れない通知にユメの名前が出てきたことで、一瞬だけ戸惑ったが、これはヴィータ・ケアの通知設定の一部だ。ヴィータ・ケアを起動していないときにAI側から言いたいことがあれば通知が表示される。

 僕はヴィータ・ケアを常に起動し続けていたので、この通知を見たことがなかった。

 僕は通知をスライドして、消す。見なかったことにする。

 ユメといま仲直りはできない。

 いま喋ってもきっとロクなことにならない。花園さんと付き合うべきだよ、という話をまたしてくるに決まっている。そう言われたときの僕の言葉は辛辣になる。

 そうなるぐらいなら、無視する。


 僕はそのあともユメからのメッセージを無視し続けた。三十分に一回通知のあったメッセージは一時間の間隔になり、日付が変わるころに通知はこなくなっていた。

 諦めたのだろうか。

 僕はベッドに入りながらそう考える。僕が夜更かしすることをユメは知っている。

 AIのユメにとって、諦めるとはどういった思考なのか。分からない。

 ただ疲れている。

 寝るしかない。

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