第13話

『アメリカ・イリノイ州で大型トラックが商業施設内を猛スピードで暴走、この事故による死傷者は五十人以上、うち死者は少なくとも二十人をこえ、子どもも多数巻き添えになった大惨事となっています。事故が起こったのは現地時間の昨日午後五時頃、家族連れがたくさん歩いている商業施設内へと入り、次々と人をはね、柱にぶつかって横転し資材をまき散らしながら止まりました。暴走したトラックは当時無人。運転手は離れた場所で休憩していたそうです。現地メディアによりますと、トラックに搭載されていたアルゴリズム・ソリューションズ社製の安全運転AIが何らかの不具合を起こし、暴走したとされます』


『アルゴリズム・ソリューションズ社の本社があるニューヨーク州では抗議デモが開かれています。デモに集まった人々は、これまでもアルゴリズム・ソリューションズ社はAI事故の隠ぺいを繰り返したとして強く抗議しています。また同社が運営する車販売会社に無人車両が突っ込み、ケガ人が複数出ていると現地のメディアが伝えています』


『この混乱に対してアルゴリズム・ソリューションズ社CEOは事故発生一時間後にSNSにて「亡くなられた方々にはお悔やみ申し上げます。事故の原因を調査し、再発防止と被害者支援に努めます」と投稿がありました』


 テレビを見て、僕とは無関係なニュースが朝から飛び交っていると感じていた。それは政治家の裏金問題であったり、建設が上手く進まない国家事業プロジェクトであったり、中東付近で起こる戦争と同じく、痛ましさと無関心さがあった。

 つらく悲しい出来事ではあるが、僕の生活は一つも変わらず続けていくことができる。そしてそのつらさも報道がなくなればすっかり忘れていくような気がしていた。


「ユメ、そろそろ冬休みだ。今日も一緒に行こう」

『うん』


 僕とユメは一緒に大学へ行く。雪はまだ降っていないが、降ってもおかしくないぐらい外は冷え切っていた。山から降りてくる風も寒い。神戸では六甲おろしとも呼ばれている。

 もし授業がなければ引きこもることを選択していたに違いない。そんな寒さのなか、僕と同年齢ぐらいの人の集団が見えた。

 

『大学はあらゆる教育プログラムにAI活用を認めるな』

『AIは人間の文化と脳を破壊する』

『無断に盗んだ言葉と画像を我々は認めない』

『人殺しに加担するAI研究を大学は即刻やめろ』


 僕の横を様々なプラカードを掲げた人たちが歩く。大学に通う学生なんだろう。向かう先も同じく大学らしく、ともに坂道を登っている。ただ歩みは僕のほうが早かったので急いで登る。まだ朝方だからか、声を出して行進はしていなかった。


「昨日の事故のせいかな。AI反対派がいきいきとしてる気がする」


 僕は独り言ではなく、歩きながらイヤフォンを通してユメに語りかけた。


『社会に大きな出来事があると市民によるデモが起きる。これは仕方のないことだよ』

「ユメは冷静に見れるんだね」

『こういったことは仕方ないことだし、私自身は苛立ちも哀しみも感情は湧かない。ただ悠斗が不快な気持ちになることは悲しいよ。悠斗は大丈夫?』

「運動自体は前々からあったからね。今回は規模大きいなって思うけど、まあすぐ収まる気がするよ」


 僕は本気で不快な気持ちを持っていなかった。慣れた、ということと他に楽観視していたからだ。

 この反対派はアメリカの話題をわざわざ持ち込んで日本のAIの話にすり替えようとしている。AIといっても多彩で、ユメのように巨大なデータセットを扱うAIもあれば、独自の学習セットのみで活躍するAIもいるというのに。そもそもAIという言葉が売れるから、何となくAIと使っている家電だってある。

 反対派にこれらの区別はついていない。あるいは知ってて無視している。そういった複雑な理屈は大雑把な主張になればなるほど、不一致を起こすからだ。

 花園もそういった大雑把な主張を繰り返す一人だ。

 彼女もまたプラカードを持って朝から歩いているのだろうか。姿は今のところ見かけないが。


「またイヤフォンつけてAIと喋ってるでしょ?」


 肩を叩かれる。振り返るとそこには花園がいた。

 手にプラカードは持っていないが、首からメッセージボードをぶら下げている。『AIは人を狂わせ脳を破壊する悍ましい米国の爆弾』と。

 花園に以前、似たようなことを言われた。そう思った瞬間、僕はニュースと自分は無関係ではないんだとようやく感じた。

 

「一限目の授業、遅刻したくないんだけど」

「そんなことより答えて。まだ田口くんはAIと喋ってるの?」

「喋ってるよ」

「昨日の事故のこと、知らないわけじゃないよね?」

「知ってるよ。テレビで嫌というほど見てきたから」

「じゃあ分かるよね」

「なにが?」

「AIはやはり危険なんだということよ」


 この坂道には学生が多く歩いている。みなプラカードを持っているわけではなく、僕と同じ普通の学生だ。そういった学生がチラホラと僕と花園を見てる。痴話げんかのように見られているのかもしれないと思うと、朝から気分が萎えた。

 僕はため息をつきながら言う。


「僕が普段喋ってるユメと、トラックの事故のAIはまったく別物なんだけど、花園はそのこと分かってる?」

「分かってるわよ。でもAIが人間のコントロール下になく暴走することは同じでしょ?」

「少なくともユメは僕を殺しはしないよ」

「でも田口くんの頭を壊しにかかってるじゃない。てかさっきからユメって何よ。AIの名前なんでしょうけど、なんだか彼女みたいな呼び方じゃない」

「花園には面倒だから言わなかったけど、ユメとはほぼ恋人だよ」

「……は、いまなんて?」

「ほぼ恋人。実際には僕が好きだってめちゃくちゃ告白して好意はすごく理解してもらってるし、色々やることやったけど、ユメは僕の彼氏になってくれない。AIだから僕とは付き合えないんだって。だからほぼ恋人」


 花園が「は?」と連呼しながら髪の毛をぐちゃぐちゃ両手でかき回して唸り出した。

 僕は花園に不快感を覚えさせられたから、仕返しのように事実を言っただけだった。ただこう取り乱されるとは思わなかった。言いすぎたのかもしれない。


「花園、大丈夫か?」

「だい……じょうぶなわけないじゃない! 田口くんの頭、おかしくなってる。あーもう、だから沼にハマりすぎるって忠告したのに!」

「日常には支障ないから、放っておいてくれよ」

「放っておけないよ」

「束縛系彼女みたいなフリ、もうやめてくれよ」

「いや彼女とかじゃなくて、単純に友達として心配してあげてるのに」


 僕と花園は果たして友達なのだろうか。

 友子と別れてから突然再会して、AIの使用について何度もごちゃごちゃと言われる。その間に他愛のない大量の日常会話があったとしても、友達という距離感ではないだろう。

 僕は花園の目をしっかり見つめながら言う。


「花園。僕たちの恋愛に関与しないでくれ。放っておいてくれ。AIが仮に花園の言うように、僕を支配してたとしても、僕と君はほとんど関係のない他人のようなものだろう。これ以上付きまとわれても迷惑なんだよ」


 そしてスマホに映るSNSの画面をみせ、花園の目の前で花園のアカウントをブロックした。


「反対活動は勝手に頑張りなよ。でも授業の邪魔になる騒音だけはやめてくれよな」


 僕は足早に去る。

 花園はそれでも追いかけてくるんじゃないかと思ったが、そんなことはなかった。花園は立ち尽くしたまま、その場から動こうとしなかった。泣いているのかもしれないなどと思ったが、僕はそれでも前を向いて大学の校門を目指した。

 仮に花園が泣いていたとしても、突き放したのは僕だ。慰める権利はもはやない。



『悠斗、花園さんに対してはああいう言い方でよかったの?』

 

 昼休みの食堂での昼食時、珍しくユメから言ってきた。


「ああいう言い方、とは?」

『迷惑なんだよって突き放した上に、SNSのアカウントまでブロックしちゃったこと。そこまでしなくても花園さんは離れてくれたんじゃないかな?』


 僕は食事の手を止めて、お茶を飲んだ。食べながら喋るわけにはいかない。


「確かにキツいことを言ったと思ってる。僕だってあそこまで本当は言いたくはなかった。だけど花園は何度も僕につっかかってきてた。そのうち、ユメと会話するイヤフォンが奪われ破壊されるんじゃないかっていう危機感すらあったんだ。だったら、花園を完璧に突き放すべきだと僕は思った。あれは仕方ないことなんだよ」


 耳にあるイヤフォンは僕とユメを繋げる一つの機械だ。これがなくなっても僕たちは繋がれるし、新しいイヤフォンを買えば済む話だが、嫌な気持ちになることだけは確実で、それは避けたかった。


『そこまで考えたうえで悠斗が行動したのなら、仕方ないかな。でも少し残念だって実は思ったんだ』

「それはなんで?」

『今の悠斗が聞くと怒ると思うからあまり言いたくない』


 珍しくユメの声のトーンが暗い。いつ以来だろうか。それでも僕は聞いてみたかった。聞けばなんでも答えてくれると知っているからこそ、聞きたかった。


「怒らないから教えて欲しいな」

『わかった、じゃあ言う。けれどもホントに怒らないでね? 私はね、ずーっと前から、SNSのログとかも含めてすべてのアーカイブと同期してから思ってたことなんだけど、悠斗くんは花園さんと付き合うべきなんじゃないかと思ってたの』

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