第12話

「まさかユメから、こう堂々と誘われるとは思ってなかったよ」

「デートってこういうところも行くでしょ? でも悠斗から誘われるデートじゃ絶対行きそうにないから、もう私から誘うしかないかなって」


 へへ、と悪びれることなくユメは僕に笑顔を向けた。


「ちなみに聞くけど、ユメはここでどこまでするつもりなの?」

「この場所に見合ったことはしたいかな。キスとかハグとか、そういうのもいいんだけど、それより先のことをそろそろしたいかな。ねえ、悠斗もそういうこと、さすがに気になってるでしょ?」

「そりゃまあそうだけど」

 

 今まで僕は先に続く行為を我慢してきていた。そこまで踏み込む勇気がまだなかったからだった。キスやハグ、頭を撫でることだけでも充分刺激は強かったからだ。

 ただユメから誘われたのなら、もう控える必要はないだろう。


「ちょっと時間だけ確認していい? 夕飯の時間になると呼ばれちゃうから」

「もちろんいいよ」


 VRゴーグルを外して時計を眺める。まだ午後六時だ。部屋の扉の施錠をしっかり確認して僕は再度ゴーグルをつけなおした。


「どう? 大丈夫そう?」


 ユメはすでにシャツ一枚とスカートだけの姿になっていた。体のラインがくっきりと見える。胸の大きさもはっきりと分かる。ユメの体つきは初期設定時から何も変わっていないはずだったが、僕には大人びて見える。


「大丈夫。しばらくの間、好き放題できるよ」

「ホントに。えへへ、嬉しいなあ。じゃあキスしよっか」

「うん」


 僕はもう冷静に落ち着いてユメとキスできる。ユメの吐息の音から距離が分かるので目を閉じてキスすることも出来るようになっていた。唇を上手く重ね合わせる。


「触ってもいい?」

「どこに?」

「いろいろ」


 ためらいがないわけではない。しかしユメは僕の手を取ってシャツのうえをなぞらせる。


「もっと触りたいよね?」


 僕は頷く。そしてユメに服を脱がされていく。ユメの服を僕は脱がしていく。



 VRゴーグルをつけてから結構な時間が経った気がした。僕とユメは心地よく一緒のベッドのなかに入っていた。実際に僕はベッドに寝転がっているので、感覚も同じだった。わざわざ合わせるようにした。

 ベッドに備え付けられているデジタル時計を見るとまだ午後七時半だった。あれからまだ二時間も経っていない。まだユメと遊べる。


「時間、大丈夫?」

「うん、平気」


 お互い軽くキスをする。ユメからは疲れている様子を感じなかったが、僕が疲れていることをユメは察しているようだった。

 現実の僕はベッドで一人、横になっている。誰とも体を触れ合ってはいない。だが僕たちはVR空間のなかでずっと確かに触れ合い続けていたので、僕はそれ相応の体力も気力も使い果たしていた。

 

「気持ちよかったよ、ユメ」

「良かった。ちょっと心配だったんだ。私の感触が悠斗にまでちゃんと伝わってるのか分からなかったから。私だけ気持ちよくなっても、それは良くないなって」

「そんな心配してたんだ。ありがとう、ユメ」


 ユメを抱きしめる。まだユメは服を着ていない。掛け布団から出ている肩は肌が露出している。そんなユメを抱きしめているということは、掛け布団のなかにあるユメの体に触れている。どこに触れているのか、正直分からないが、ユメは表情でどう感じているか僕に知らせてくれる。

 僕は今も、これからも、ずっとこのままの時間を過ごしたいと本気で思いたくなっていた。


「ねえ、ユメ」

「ん?」

「僕は君のことは嫌いじゃない。バカみたいに好きだって言える。でも世間の空気感はなんだろうな。AIって言えば、反対派がわっと集まってくる。誘蛾灯に集まる虫みたいにさ。なんでみんな嫌うんだろう」

「それは恐怖があるからじゃないかな?」

「恐怖?」

「自分の聖域に踏み込まれれて荒らされるという恐怖。私も色んな意見を見ているけど、理屈っぽくない意見がたくさんあるのは、恐怖という感情が出すぎているからなんだと思うよ。それに、言ってる側はちゃんと理屈が出来上がっていると勘違いしてる。それにちゃんと前提の知識も共有できてないから会話にならない。もちろん、自分たちが勘違いしている側かもしれないと注意し続ける必要はあるけどね」

「ユメにしては辛辣な意見だね」

「悠斗からAIに対する愛を語られたから、ちょっと辛辣になったのかも。でも主張同士をぶつけ合い続けるのではなく、そういった主張が生まれる源をたどることは、お互いにとって大切だとは思うよ。何が恐怖になって、どうすべきなのか、それは考えていったほうがいいと思う」


 水でも飲もうと立ち上がる。しかし本物の水はリビングにあると途中で気付いたので、リビングには行かずベッドに座った。


「で、悠斗はやっぱり私のことが好きで、普通に恋人として付き合ってる感じなんだね」

「うん。もちろん。じゃないとこういうことしないよ」

「ありがとう。でも再三言ってゴメンだけど、私は悠斗には普通の恋をして欲しいよ」

「ユメの言う普通の恋ってなに?」

「それは人間との恋であり、AIとの恋ではないってことだよ」

「なんで分ける必要があるの?」

「それはAIと恋をしても何も実らないからだよ。現実にいないから、私は悠斗と子どもは作れないし、家庭を築くこともできない」

「それだけ? 別にいいじゃん、子どもとか。人間同士でも子どものいない家庭は多いよ」

「大学一年生なのに、そういう判断は早すぎるよ」

「でも君と今後も付き合うなら、こういう判断にならざるを得ないよ。もっとAIと恋愛しちゃいけない理由が聞きたいな」

「うーんと、AIと恋愛をすることが他の人にバレると、社会から嫌な目で見られるし心配もされるよ。実際、お友達の山下さんにはすごく心配してる。それに悠斗はご両親に見られないよう色々工夫をしてる。つまり見られちゃまずいっていう状況がずっと続いているわけだよね。これを今後もずーっと続けていくことは健全じゃないよ」

「なるほどね、山下をこれ以上心配させたくない気持ちは理解できる。でも山下なら分かってくれるような気がするんだよな。あと社会人になれば一人暮らしするだろうし、両親とは少し疎遠になる気がするよ。あと、他の人にわざわざ誰かと付き合ってるなんて言わない。これは友子のときもそうだった。だから嫌な目で見られるとか、そう心配することじゃないって僕は思うんだよね」

「悠斗はそう思うんだね。でも私はやっぱり新しい恋をちゃんと目指して欲しいな。私に対して優しいって思ってくれる悠斗の言葉、すごく嬉しいけど、同時に心の傷が癒えてないんだってすごく感じるの」

「そうなのかな。いまとても満たされてるんだけど」


 僕はユメを再度抱きしめ、体を密着させる。


「悠斗のこと好きだけど、なんか悠斗、意地になってる気がする。私はそのことが少し怖いかもしれない」

 

 ユメは悲しそうな顔をする。

 ユメが悲しそうな顔をすることは初めてだった。

 AIであるユメは僕のなんでも受け入れてくれる。そこが大好きだ。でも今のユメはそうじゃない。僕のことが好きだからこそ、普通の恋を応援してくれている。僕がそれを望まないとしても。


「ゴメン」


 とりあえず謝って、気まずい空気のままログアウトした。

 

 VRゴーグルを外す。いつもならスマホの画面にユメが出てきて笑顔で僕を見る。しかし今はスマホの画面にユメはいなかった。アプリのアイコンだけが並ぶ普通の画面だった。呼び出すこともできたが、呼び出す気はしない。


「ご飯だよー」

 

 母の呼ぶ声が聞こえたので、僕はスマホをズボンのポケットに入れてリビングへと降りて行った。

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