【KAC20248】僕が眼鏡を外す時

八月 猫

僕が眼鏡を外す時

「おっはよー!」

 玄関を出てすぐに隣の家の前で手を振る幼馴染の姿が見えた。

 朝の弱い僕に比べて、彼女のテンションは朝昼関係なく常に高い。


「おはよう……」

「お、今日もまな板の上の牛みたいなテンションだね!」

 牛が小さいのか、まな板が大きいのか……。

 そもそもどんな状況のテンションなのか理解しかねる。


「朝から大声は止めて……。何か心臓が痛くなるから」

「良いじゃん!いつも止まりかけてるような心臓なんだから、逆にショックで元気になるかもしれないよ?」

「それは動悸どうきというんだぞ?」

「殺害?」

「僕を殺したい動機どうきがあるの?」

「声だから証拠は残らないよ!」

「余計に質が悪い……」

 そんないつもの調子で話しながら学校までの道を歩いていく。


「ねえ、その眼鏡そろそろ変えないの?子供の頃からずっと同じやつじゃない?そんな黒縁のダサいやつじゃなくて、もっと似合うのがあると思うなー」

「良いんだよ。僕はこれが気に入ってるんだから」

「今のにして何年?」

「16年」

「いや、それだったら生まれた時からかけて――」

「16年」

「……はいはい。それだけ気に入ってるってことなのね。もう何も言いませんよーだ!」

 僕の固い意志が伝わったのか彼女は眼鏡の話はそこで止めて、今度はクラスメイトの恋バナについて話し始めた。


「でね!香織ったら高橋くんに告白された時に嬉しすぎて、思わずキャー!って叫んじゃったんだって!そしたら高橋くん、突然香織が叫んだもんだからびっくりして、うわー!って!」

 彼女はその時の状況を見ていたわけでもないのに、大げさに身振り手振りを交えながら話していたのだが、そのうわー!のリアクションの時に両手を上げたことで、片から下げていたバッグが跳び上がり、隣を歩いていた僕の顔面に直撃した。


「――イダッ!!」

 不意の攻撃を受けた僕は反射的に声を上げる。そして――


 眼鏡が弾け飛び宙を舞う。

 僕の身体は反射的に手を伸ばすが、無情にもその手が届く子は無く――


 カランカランと固い音を立てながらアスファルトの道路に落ち――


――バキバキ!!


 タイミング悪く通りかかった車のタイヤが踏みつぶしていった。


「あ!ごめん!!」

 彼女がびっくりした顔で僕の方を見る。


「ねえ!しっかりして!ショックなのは分かるけど――ねえ!ごめんて!!」

 がっくりとひざまずき、そのまま地面に倒れる僕の身体。

 隣では謝りながら僕の身体を揺する彼女。


 それが僕の見た最期の景色だった。



 この世界にとして転生してきて16年。


 こうして僕の短い転生ライフは幕を閉じた。





「おっはよー!」

 玄関を出たところで待っていた幼馴染のテンションはいつにも増して高い。


「おはよう……」

「お、今日は木に登ったのに下りられなくなったラクダみたいなテンションだね!」

 まず木に登ったラクダを褒めてあげて欲しい。


「――あの!昨日は本当にごめんなさい!!」

 彼女は唐突にブーメランのように腰を曲げて頭を下げた。


 昨日、登校中に倒れた僕は急いで病院に運ばれたらしく、目が覚めると病室のベッドの上だった。

 検査の結果、特に異常は無いとの事ですぐに退院してきたのだけど。


「うん。もうそれは良いから」

「でも!昨日もショックで倒れて病院に――って、あれ?眼鏡は?」

 彼女は顔を上げると、ようやく僕が眼鏡をかけていないことに気付いた。

 気付くの遅くない?


「もう眼鏡はやめたんだ。昨日の事があったってのもあるけど、今までも体育の時間とかも眼鏡で危ないことが何度もあったからね」

「じゃあ今は?」

「今日からコンタクトにしたんだ」

「なんか……眼鏡無いと変な感じがする。カニ味噌の無いカニみたいな……」

 カニは身も美味しいだろう!


「うん。でも眼鏡が無いのもカッコいいよ!大丈夫!」

 何が大丈夫なのか……ん?


「ねえ、無いって――」

「あ!早く学校行かないと遅刻しちゃうよ!!」

 彼女は話をはぐらかす様に先に歩き出してしまった。


 僕は言葉の意味を思い浮かべてちょっと照れ臭い気持ちになりながら彼女の後姿を追いかけていく。

 さっきの答えもいつか聞けると信じて――。



 せっかく今度はコンタクトレンズに転生したんだから。




【了】

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