コウテイカンサ

浦野十

 工場が立ち並ぶ郊外の一角でひときわ目を引くのが、DIAディア社が所有する廃品処理スクラップセンターだった。

 広大な敷地に構えた巨大な建屋は年中無休で稼働し、さまざまな理由で廃棄処分となったの最終処理が行われている。

 

 その待合室のソファに腰かけ、ダニエル・ハーパーは落ち着かない様子でいた。

 壁掛け時計に目をやると、時刻は午前十時十五分を指している。

 

 手元のバインダーに挟んだ資料には

《センター内視察:午前十時》

 確かにそう書いてあるのだが――。


 ハーパーはおもむろにスーツの胸ポケットからペンを取り出すと、無意識のうちに二、三回指先で回して弄んだ。次いで、ペンの頭を数回カチカチと鳴らしてみたり。


 ちょうどその時。

 二回のノックの後、遠慮がちに扉が開き、濃紺色の作業服に身を包んだもの柔らかな雰囲気の男性職員が顔を出した。眉を八の字に下げ、ひどく申し訳なさそうな顔でハーパーに声をかける。


「ハーパーさん。本日はご足労いただきましてありがとうございます。お待たせして大変申し訳ございません。……その、センター長は……急遽別件で対応が入りまして、代わりにわたくしめが案内を務めさせていただきます」

「構いませんよ。本社から参りました、ダニエル・ハーパーと申します。本日はよろしくお願いいたします」


 ハーパーが手を差し伸べると男は一瞬驚いて、だがすぐに安心した表情を見せ、握手に応じた。

 ジェフと名乗った彼の後ろについて処分センターの全体を見渡せる回廊へと向かう。

 その途中、整った姿勢で前を行く背中をじっと見つめながら、ハーパーは感心したようにひとり静かに頷いた。

 よどみなく発せられる言葉。違和感のない関節の動き。

 一目見ただけでは、いや、彼と至近距離で接したとしても彼が“アンドロイド”だと見極めることは非常に困難だろう。

 精巧に作られた彼は、人間がもつ絶妙な心の機微さえも、その脳みそにプログラムされているのだから――。



 ハーパーが属するDIA社は、高性能ロボットの開発生産において国内シェアナンバーワンを誇る、いわばマーケットリーダーだった。人手不足が深刻化する昨今、商業用アンドロイドの需要は拡大し、生産業からサービス業に至るまであらゆる分野で彼らの活躍が期待された。

 そこで機先を制したのがDIA社だった。従来の質素なロボットとは一味違う、より精巧で親和性の高いリアルなアンドロイドの開発に成功したのである。

 肌の質感は人間のそれに近く、眼球の動き一つとってみても、特有のぎこちなさは微塵みじんも感じさせない。さらに、これまで人間にしかでき得なかった、感情を乗せた対話すら彼らは易々とやってのけるのだ。

 しかし、給与は一銭たりとも発生せず、適宜てきぎプラグをつないで充電すれば、半永久的に劣らぬパフォーマンスを発揮してくれるときた。これほど都合のよいことはない。


 ハーパーが今日視察に訪れた廃品処理センターでも多くのアンドロイドが従業員として採用されている。

 スクラップ工場という性質上、ここでの人手不足はより一層深刻な問題だったのだ。レセプションからラウンジの給仕係、さらにはセンター内のセクションリーダーの欠員でさえ機械によって穴埋めされている始末である。

 そんな現場において安全管理が十分であるか、人員配置は適切か、また従業員(この場合は無論、生身の人間のことを指すが)の労働環境は如何様か。

 それらを視察し監査するのが、ハーパーに割り当てられた本日の業務というわけだ。



 裏通路から階段を登ると、目的の回廊にたどり着いた。

 ジェフが足を止めこちらを振り返り、階下を示しながらこう言った。


「こちらが処理場でございます。廃品保管庫から搬入された不良品は、全てこのフロアで処理します。廃棄理由ごとに登録を行い、それから最小単位までパーツを分解。最後に、頭部に埋め込まれた基盤を破壊したら処理は完了です。細断されたパーツは奥にあります専門機械でプレスします」


 ガラス窓越しに階下を覗くと、フロアに張り巡らされたベルトコンベアが見えた。

 右奥、保管庫から続くコンベア上に、処理を待つ不良品アンドロイたちが列を成していた。各セクションでは機械が待ち構え、データの登録を行なったり、四肢を外すためのアームがテキパキと動いている。

 傍らでは、担当部門の機械が正常に稼働しているか、各々のセクションリーダーが目を光らせているのが見えた。

 ハーパーがふと目線を上げると、フロアの中央あたりの壁。そこに埋め込まれた電光掲示板に、赤い文字列が流れ始めたところだった。

 

《安全第一》

《明るい未来を創造する》

《仲間に対し思いやりと誠意を忘るるなかれ》

 ……云々うんぬん

 

 従業員が作業中に留意すべき注意事項だ。

 聞くに、このセンターのスタッフは朝礼時にこのおよそ十条の行動規範を斉唱する習慣があるらしい。現センター長が業務中の事故を防止するためにと発案したものだそう。


「廃品処理フロアの従業員は、全員がまずこれを暗記するんです」

「へぇ。……あなたも?」

「えぇ。毎日繰り返せば嫌でも覚えますよ」


 ハーパーの疑問に、ジェフは眉を下げて微笑んだ。しかし、どこか瞳に影が差したように見えたのは気のせいだろうか?

 再び顔色をうかがったときには既に元の真面目な表情に戻っていた。

 

(従業員への行動規範周知は徹底されている)

 

 ハーパーは手元のバインダーに目を落とし、項目欄にレ点を入れた。


「それでは、実際に処理フロアに降りましょう。あちらの階段からどうぞ」


 ジェフに促され一歩進もうとしたときである。

 回廊に、階段を駆け上がるボーン、ボーンという反響音が聞こえてきた。しばらくして踊り場からずんぐりむっくりした男がやってきた。巨体を揺らしながら、やや駆け足でこちらに向かっている。

 作業服姿で、口周りに髭を生やした五十代半ば。

 わずかに息を上げながら、額に滲んだ汗を手で拭っている。

 男は、ハーパーの姿を捕らえると上から下まで舐めるように視線を這わせ、どういうわけか安心したように息を吐いた。


「いやぁ、遅れてすんません。ハーパーさん、と言ったかな? ……センター長のサイモンだ。今日はよろしく頼むよ」


 困ったように頭を掻きながら、男はハーパーに会釈した。


「視察のために本社から参りました、ダニエル・ハーパーと申します。よろしくお願いいたします」

「……さて、早速フロアを案内しますよ」


 サイモンがにこやかに笑いながらこちらへ声をかける。と同時に、ハーパーの一歩後ろにいたジェフを一瞥すると、突如、怒号を浴びせた。


「IA705! そんなところに突っ立って何をしている! お前の役目はもう終わったんだ。さっさと持ち場に戻らんか!」


 ジェフは一瞬肩を震わせて、だがすぐにハッとして姿勢を正した。人の良さそうな顔が一変、強張った面持ちでお手本のような角度で頭を下げた。


「申し訳ございません! 私めはこれにて失礼します」


 ハーパーは突然のできごとに面食らった。

 踵を返し足早にその場を離れるIA705の背中を見つめる。


「いやぁ、すんませんね。は少々、生意気にプログラムされているもんで……。ハーパーさんに対して失礼なことはなかったかい?」


 ハーパーは、なるほど、これは難癖がありそうだと胸の内で苦笑した。

 高圧的で横柄な態度。節々から感じられる支配欲。

 他方、上役には媚びへつらう一面もありそうだと安易に想像できた。きっとハーパーがもういくらか年長で威厳ある風貌であれば、また違った対応が見られただろう。

 ……このセンターでは職場環境に起因するトラブルが潜んでいそうだ。


 廃品処理フロアに降りると、あちらこちらで機械音が飛び交っていた。

 ベルトコンベアの出発点である廃品保管庫へ入ると、そこはまさに死屍累々ししるいるいの有様だった。各地のDIA販売店や修理工場から送られてきた欠陥アンドロイドたちの墓場。廃棄理由によりグループ分けされたアンドロイドが、体を重ねるようにして積まれている。

 かたわらで恰幅のいい二人の職員が、横たわる人形を担ぎ上げてはコンベアに放り投げていた。ガタガタと振動に揺られながら、生気を失った人形が次々に流れていく。


「ハーパーさんよぉ、最近じゃ経年劣化品よりもクレーム品の方が多くなった気がするな」

「えぇ。生産が安定してきたことで、開発チームが耐久性にも一層力を入れていますからね。……しかし、アンドロイドがもつ個性に関してはユーザー様の好みに依存するので、ニーズに適合させるのが難しいのです」


 サイモンの疑問に答えながら、ハーパーは今一度、倉庫内をぐるりと見回した。


 アンドロイドたちの廃棄理由は主に三つ。

 初期不良により使用されなかった者。

 使い倒されてパーツが劣化し、修理工場での修繕も不可と判断された者。

 そして、ユーザーの好みに合わず返品された後、経年により販売が終了となった者だ。

 DIA社のアンドロイドは、十人十色、個性を持ち合わせている。ユーザーとの相性がマッチせず返却されるものも少なくなかった。


「ほれ。こいつなんか『真面目すぎて冗談が伝わらない』なんて理由でゴミ溜まり行きだ」


 サイモンは、山積みになった《クレーム品》のてっぺんに寝そべる一体を指差した。手首につけられた赤いタグを専用端末で読み取ると、詳細理由が表示された。


「まぁ、所詮こいつらは替えが利く代物だ。どうせ最後にはこうしてゴミになるんだからよ」

「……そうでしょうか? アンドロイドといえ、彼らは我々と同等の存在意義があると思います。もし彼らの活躍がなければ、この社会は廃退の一途をたどっていたと、私は考えますが」


 ハーパーの率直な反駁はんばくに、サイモンは目をしばたたかせた。が、すぐに堪えきれぬ様子で大きく吹き出した。あたりに唾が飛び散る。


「はっ! 笑わせてくれるねぇ。こいつらは人間にプログラムされた操り人形だ。あのIA705だって俺の言った通りにしか動けない。……奴らが人間の手助けをする? 馬鹿馬鹿しい」


 口の端を歪めて嘲笑ちょうしょうしたサイモンに、ハーパーはそれ以上なにも言わなかった。



 処理工程を一通り見学したところで、館内にブザーが鳴り響いた。

 正午――昼休憩の時間である。

 職員は各々ラウンジへ向かい、アンドロイドたちはバッテリー補給のため充電室へ格納される。

 ハーパーはサイモンと別れ、ひとりラウンジへと足を運んだ。この時間を利用して、現場スタッフを対象に抜き打ちでストレスチェックを行う手筈てはずだ。

 カウンターで軽食を注文し、窓際で食事している男性スタッフに声をかけた。

 顔をよく見てみると、先ほど保管庫で不良品をさばいていた一人である。

 ここでの勤続年数から、仕事の充足感。職場の人間関係に至るまで、ハーパーはお得意の人の良さを以てあっという間に聞き出した。


「上司との関係はいかがですか? そう、たとえば……サイモン工場長の元で働くことについては?」

「サイモンさん? ……サイモンさんは、まぁ遅刻も多くて真面目とは言えないですが、僕たちにはよくしてくれますよ。特別、文句はないですね」


 意外な気がした。ハーパーの脳裏に午前中のできごとがこびりついていたからだ。

 探りを入れるように追求してみる。


「しかし、IA705に怒鳴りつけているのを見ました。あんな叱り方じゃ周りもやりづらいでしょう?」

「あぁ、ハーパーさん。勘違いしないでくださいね。僕が言った『僕たち』は、あくまで人間のスタッフに限ったものですよ。サイモンさんは、人間相手とアンドロイド相手じゃまるで別人ですよ」


 男は缶コーヒーを一口飲むと、ハーパーに耳打ちした。


「……ここだけの話ですがね、サイモンさんはクレーム品の中から気に入ったのをピックアップしては、ストレス発散をしているんですよ。それはもう、殴るわ蹴るわ、酷いもんです。でも、彼はいつも言うんですよ。

『どうせゴミになるんだ。最後に役に立てていいじゃないか』

 とね」

 ――今日の朝、視察開始に遅れたのもそのためですよ。


 ハーパーは、保管庫で覚えた違和感の正体に気がついた。クレーム品の山のてっぺんに積まれた、他より幾分状態の悪い数体……。

 サイモンは欠陥品のアンドロイドを、制御できぬ感情の吐け口にしていたのである。



 午後の視察開始時刻になってもサイモンは姿を現さなかった。

 例の如く“遅刻”してくるのだろう。

 ハーパーは呆れ半分で回廊に戻り、据えられたベンチに腰かけた。

 回廊の壁に設置された数台のモニターをそれとなしに眺める。階下で行われている各プロセスの映像がリアルタイムで確認できた。

 膝の上に頬杖をつき、昼間の会話を思い返す。


 サイモンからアンドロイドへ向けられる態度は、相手が人間なら即座にハラスメント被害として認められるレベルだ。だが、監査の対象はあくまでも人間にとっての職場環境が整っているか否かである。

 アンドロイドは人員の一部ではあるが、それと同時に備品として扱われている。感情を持ちうるからといって彼らに人権を認めることが、果たして正しい判断だろうか?

 あれこれ考えにふけっていると、ふと一台のモニターが目に付いた。

 処理プロセスの最終地点。基盤が組み込まれた頭部を破壊する工程だ。

 

『――最終工程では、頭部だけになったアンドロイドを五体ずつこの機械に通すんです。無事に基盤がプレス破壊されれば、マシン外側のランプが緑色に点灯します。破壊された頭部はコンベアに流されて出てきます。ほら、こんな風に……』

 

 五つの頭部が機械へと流れていく。


 ガシャン―― ピー。

 ガシャン―― ピー。

 ガシャン―― ピー。

 ガシャン―― ピー。

 ガシャン―― ピー。


 五体だった頭部が、どれともわからぬ状態に粉砕され機械から排出された。そしてまた新たな五体が機械に飲み込まれ、その繰り返しである。

 サイモンと階下を視察した際に、このセクションを担当するアンドロイド――ジェフがそう説明してくれたので印象に残っていたのだ。

 淀みなく流れる作業が織りなす軽快なリズムのおかげで、いつまでも見ていられそうだった。

 

 ガシャン―― ピー。

 ガシャン―― ピー。

 ガシャン―― ピー。

 ガシャン―― ピー。

 ガシャン―― ピー。

 

 五体、破壊成功。

 

 ガシャン―― ピー。

 ガシャン―― ピー。

 ガシャン―― ピー。

 ガシャン―― ピー。

 ガシャン―― ピー。

 

 また五体、破壊成功。

 

 ガシャン―― ピー。

 ガシャン―― ピー。

 ガシャン―― ピー。

 ガシャン―― ピー。

 ガシャン―― ……ピーッ! ピーッ! ピーッ!


 突然、館内にけたたましい警告音が鳴り響き、ハーパーは肩をびくりと震わせた。

 

(一体、何が起こった?)

 

 慌ててベンチから飛び上がり階下を覗き込んだ。

 コンベアが緊急停止し、職員らがざわついている様子がわかる。最終セクションにあるプレス機のランプが赤く点灯していた。

 ハーパーは再びモニターに向き直り、異常が生じた機械を映した画面を凝視した。

 鋼鉄製の四角い機械の端からぬらり、と赤い液体が流れ出て、ぽたりぽたりと床に滴るのが見えた。機械入り口のベルトコンベアもまた、赤黒く染まっている。


(労災事故だ……!)


 ハーパーはぎょっとなりしばし呆然としたが、次の瞬間、弾けるようにその場から走り出した。全速力で階段をくだり処理フロアへと向かう。扉を開けまっすぐにフロアの奥へ足を進めた。

 職員が取り囲む現場をかき分けると、騒ぎの中心にジェフの姿を認めた。血まみれになった床をじっと見つめ微動だにしない彼に声をかける。


「ジェフ! 一体、何が? 誰かが巻き込まれたのか!? 早くサイモンさんに報告を――!」


 呼びかけに対しジェフはゆっくりとこちらを振り返った。ハーパーを見つめるその顔は異様なまでに穏やかで、口の端には笑みを浮かべている。右手をそっと胸に当てて、心臓の鼓動を確かめるような仕草を見せた。


「ハーパーさん、我々は初めて、仲間に対する思いやりと誠意の心を知りました。あなたのおかげです。あなたが初めて、我々の存在を認めてくれました。……そして話し合ったのです。我々にも自由を求める権利があるのでは、と」


 ジェフは姿勢を正して直立すると、大きく口を開いて感情を失ったロボットのように唱え始めた。フロア内のアンドロイドたちが彼に追随ついずいする。


「安全第一!」

「明るい未来を創造する!」

「仲間に対し思いやりと誠意を忘るるなかれ!」


 十ヵ条を淀みなくそらで唱えたジェフは、唖然とするハーパーの前に一歩踏み出し、足元に広がった血溜まりへ目を落とした。


「……でしょう」

「ま、まさか――」


 ぽつりと呟かれたジェフの言葉に、ハーパーは頭を鈍器で殴られたような衝撃に襲われた。

 警告を知らせるサイレンが遠くに聞こえる。

 脳内に、ジェフの冷たい声が響いた。


「……代わりはもう少し優秀なのを寄越すよう本社にお伝えください、ハーパーさん。我々の明るい未来のために」



 ※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。

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