KAC20248 いろめがね
ケロ王
KAC20248 いろめがね
小さいころから苛められるのは当然として、歩いていると側溝に足を取られ、車にはひかれそうになり、料理を作れば出来上がるものはダークマターと呼ばれ、コピーを取ろうとすればコピー機が壊れ、お茶を淹れようとすれば給湯室が爆発する。
かといって、毎回ではないし改善される部分は徐々に改善されているので、周囲としては気にしていなかった。
しかし、小さいころからダメ人間の烙印を押されていた彼女は極度にネガティブな思考の持ち主であったため、そういったことの一つ一つが彼女の心を蝕んでいた。
この日は特に何事もなかったのだが、一週間前に給湯室を爆発させたことをいまだに引きずっていた。
もちろん、その後の調査で彼女が原因でないこともわかっており、彼女はむしろ被害者として見られていたのだが、ネガティブな彼女にとっては忘れがたい「失敗」となっていた。
「お嬢さん、お困りじゃないですか?」
路上で占いをしているおじいさんに声をかけられた彼女は、無視をしようとしたが、彼の発した次の言葉に足を止める。
「お嬢さん。ネガティブな自分を変えたいとは思いませんか?」
彼女は導かれるようにおじいさんのところにふらふらとした足取りで近づいていった。
「それで、先ほどの言葉はいったいどういうことでしょうか?」
「えーと、今、ネガティブで困っている人にポジティブになれるグッズを格安でお売りしているんですが、お嬢さんにお勧めできると思いまして……」
そう言って、彼は奥にある箱から一つのメガネを取り出した。
「これは『いろめがね』と言いまして、色眼鏡ってご存じでしょう? 何かをポジティブに見ることのたとえです。これはかけた人の見るものを全てポジティブに見せる効果があるものでして、お嬢さんにはぴったりだと思うんですが」
彼女は、胡散臭そうな目で彼を見ていたが、少し考えると口を開いた。
「それで、それはいくらで譲っていただけるのですか?」
「そうだねぇ。5000円でどうだい?」
魅力的な提案であった。
そんな値段で自分のネガティブな性格を変えられるのであれば安いものだと思った彼女は迷うことなく譲ってもらうことにした。
「まいどあり。それじゃあ、良い夢を」
メガネを受け取り、席を立って踵を返す。
そしてしばらく歩いて振り返ってみると、そこにいたおじいさんは最初からいなかったかのように消えていた。
「ま、いいか」
気にしてもしょうがないと、私は家に帰った。
翌日から、早速『いろめがね』を付けて生活した。
これまでは料理でダークマターができるたびに落ち込んでいたが、今日はそれも気にならなかったし、それを食べてとても苦かったが、それも逆に素晴らしいと感じていた。
会社に着いて、仕事に取り掛かかる時も、一日では到底終わらない量の仕事があることを素晴らしいと感じたし、仕事の書類にミスがあって怒られたとしても、時間を取って怒ってくれることに対して素晴らしいと感じることができた。
帰りの電車の中で痴漢されたときも、自分の体に魅力を感じることを素晴らしいと感じていたし、一人の男性がその痴漢を押さえて車掌に突き出したことも、自分を求めて二人の男性が奪い合っていることを素晴らしいと感じた。
帰りの道で、二人の男性に押さえつけられ、人気のないところに連れ込まれて襲われたのも、自分の体で気持ちよくなってくれたということを素晴らしいと感じた。
その様子を動画に撮られ、また会う約束をしたことも、求められていると感じて素晴らしいと感じた。
何もかもが素晴らしいと感じる世界は、ネガティブな思考で苦しんできた人生を塗りつぶすほど光輝いて見えていた。
そして、数か月が経ち、相変わらず素晴らしい日々を送っていた彼女は上司に呼び出された。
「最近、君はミスが多いし、反省する様子もない。申し訳ないんだが、今日限りで会社をやめて欲しい」
会社は彼女を辞めさせようとしたが、それすらも彼女にとっては自由を与えてくれたとして素晴らしいと感じていた。
そして、収入が無くなった彼女は住む場所も終われ、日々の食事にすらありつけることもなくなった。
しかし、それでも彼女にとって、生きていることは素晴らしいと感じることができた。
――それから一週間後
とある公園で女性の遺体が発見された。
死因は栄養失調によるもの、いわゆる餓死である。
その体は顔も腕も足もほとんど骨だけになっており、唯一、腹だけが膨らんでいた。
荷物もほとんどなく、顔にかけられたメガネとカバンに入った中身のほとんどない財布だけであった。
「最後まで幸せそうでしたね」
野次馬に紛れて、彼女の遺体を見たおじいさんが感慨深そうに呟いた。
KAC20248 いろめがね ケロ王 @naonaox1126
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