会議にて

蒼井シフト

めがね越しに見た風景

 ネスタは、ガサゴソという音で顔を上げた。めがね越しに、マリウスが戦闘糧食を取り出すのが見えた。実戦部隊に似合わぬ黒い長髪が、汗に濡れている。会議の直前まで運動していて、昼食を食べ損ねたらしい。


 ネスタは、あまり人前に出るのが好きではない。というより、人とは距離を置きたいタイプだ。それが砲艦を任された理由ではないだろうが、戦闘中は当然、アウトレンジからの支援に徹する。普段の士官会議はオンラインで参加していた。

 前の作戦でマリウスの指揮下にいたが、直接顔を合わせるのは初めてだった。


 マリウスが箱を開封すると、生臭い匂いが漂ってきた。

“まさか、戦闘糧食13番なのかっ!?”

 ネスタは、2度食べたことはあるが、1度目は戻し、2度目は泣いた。

 味も匂いも最悪と言われ、懲罰や拷問にも使われるという。


“何かやらかしたのか? 罰でも受けているのか?”

 自ら望んで食べているとは、想像も出来ないネスタであった。

 マリウスは平然と口に入れ、咀嚼。

“顔色一つ変えないとは・・・精神が鋼なのか? 心がないのか!?”


 マリウスは戦闘用クローンである。

 心の動きを示すことは、戦術上は不利となる。よって、感情を表す生理的な機能は、削除されている。

 味覚はある。食糧の安全を確認するのに必要だからだ。しかし、味覚によって感情は変化しない。

 パンを食べるのも土を食べるのも同じ。去来するのは無のみ。

 劣悪な戦場食が、何か月続いても、平気なように出来ている。


 だが、抑制に綻びがあったのか、はたまた兵器局の深謀遠慮なのか。

 戦闘糧食13番にだけは、ほのかな美味しさを感じるのだった。


 ちなみに、嗅覚にも快不快がない。血の匂いも腐敗臭にも何も感じない。

 自分の体臭にも無頓着だった。


13番あれ、なんで無くならないんだろうね?」と聞くと、

 隣のマルガリータは、青い顔で口呼吸していた。匂いがだめらしい。

「滅多なことは言わないことね・・・

 中央に、あれが好きな人がいるのよ」


 ジルが入って来た。

「うおー、ギリギリ間に合った!」

 大きな体でドカッと座ると、椅子が壊れそうにきしむ。


 マリウスを見て、顔をしかめて、

「お前、またそれか。めがねぇなぁ」

 と言い、それから心配そうに、マリウスの顔を覗き込んだ。


 マリウスに表情はないが、心がない訳ではない。

 先ほど、軍団長から重大な通告を受け、落ち込んでいたのだ。

 糧食を、味わうように、ゆっくりかみしめる。


「大丈夫か、元気出せ」

 大柄で筋肉隆々としたジルが、見た目は人形のような(中身は狂犬らしい)マリウスを気遣う。

 一緒に育った幼馴染には、無表情でも、元気がないと分かるようだ。


 それはちょっと、いい話だな。

 そう思ったネスタは、やや前のめりになり、めがねに触れながら、じっと2人を見守った。


「で、腹は治ったのか?」

「だから。もともと痛くないぞ」

 眼鏡違いだった。分かってないようだ。


 ジルの冗談と、マリウスの照れたような物言いは、ネスタには分からなかった。


 軍団長のゴールディが入って来た。

 ジルを更にぶ厚くしたような、堂々とした体躯。

 会議の時は、眼鏡をかけている。なんだかおもちゃに見える。


「全員集まったな。では始める。

 情報軍から、新規の懸念事項について、報告がある」


 ネスタはめがねを直すと、気持ちを切り替えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

会議にて 蒼井シフト @jiantailang

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ