しあわせの黒ぶち『めがね』
卯月二一
しあわせの黒ぶち『めがね』
「じいじ、帰ったよ!」
「お帰り。夕食はできとる、先に食べておきなさい。どれどれ、今日はどんなものを掘り出したのかの」
少年と老人は街から遠く離れた『嘆きの谷』という辺境の地にひっそりと暮らしていた。土地は痩せており農業には向かない。どうやって二人が生活しているのかと言えば『採掘』である。
「今日は『第三層』まで降りたよ」
「ほう、それは凄い。じゃが、危険なことだけは避けておくれ。万が一のことでもあったらお前の両親に申し訳がたたん」
この辺りは数百年前に起きた大地震によって地形が大きく変わってしまった場所であった。これは全くの偶然であったのだが、その割れた地面の断面から古代文明による魔道具が出土した。それはすでに失われた魔法工学により作られたものであり、その後とんでもない高値で取引されることになる。当然多くの者たちがそんな魔道具を手に入れようと大陸中から集まった。彼らのことを人々は『採掘士』と呼んだ。
一時は大きな街も形成され繁栄したが、当然お宝の数は限られている。出土する魔道具の数は年々減少し、価値のありそうな物はほぼ底をついた。掘り進めて行っても出てくるのは用途不明なガラクタばかり。一攫千金を夢見て集まった者たちは次々とこの地を離れていき、最後に残ったのは少年と老人だけだった。
「えっと、なんだっけ? そう、『安全第一』だ」
少年は狭い部屋にある食器棚の上の黄色いソレを指差す。
「そうじゃ、神話の時代の文字だのぉ。お前もいろいろ読めるようになったの」
「うーんと、『交通安全』に、そっちは『冷麺はじめました』だったよね」
少年は不思議な素材で作られた布を指差し自慢げに言う。
「正解じゃな。いまだ儂にもこの『冷麺』なる言葉が何を示しておるのかは不明であるがの。死ぬまでには解明したいのお」
「そうだね。きっとアレだよ、神聖な神さまのお言葉に違いないよ!」
老人は考古学者であった。元は王都で神話の時代の研究をする第一人者であったのだが、生活や戦争に役に立つ魔道具が掘り出されなくなってからは、考古学自体へ国からの補助も僅かとなった。この地を発見した功績によって細々と研究を続けることが許されてはいるが、いつ打ち止めになってもおかしくはない。
「夕食は後でいいよ。今日はとっても変なものを見つけたんだ」
少年は崖のかなり下まで降りて見つけてきた戦利品を麻袋から取り出していく。
「あった! これだよ。透明できれいじゃない?」
「おおっ、ガラスかの?」
老人は少年から手渡された物を確認する。
「ぬっ!? これはガラスではないぞ。軽いし……、まさか!?」
「どうしたの? じいじ」
老人は隣の書庫へと消えた。しばらくすると分厚い文献を抱えて戻ってきた。
「これを見てみよ」
老人が開いた本は、神話の時代の内容が書かれたとされる古書の写しであった。
「本当だ。この挿し絵と同じだね。えっと、この文字は知らないな。でも、こっちは読めるよ。『めがね』だ」
「うむ。これは『眼鏡』と読む。ふむふむ、『れんず』を利用して『視力』を補い……、その先は読めんのお」
「きっとこの透明なところが『れんず』だよね。このなんとか力って何だろう?」
「この文字『視』は見ることを意味すると考えられるな。おおっ、こうすると文字の見え方が変わるの。いや、神々の時代の人々が使用していたと考えるなら『視力』とは、我々には計り知れぬ大いなる見る力なのかもしれん」
「す、すごいよ。じいじ! 未来とか見えるのかも、もしかしたら魔王も恐れる凄い力だとか」
「そ、そうじゃな」
老人は長年の研究で、神話の時代の人々が「見ること」を重要視していたことを突き止めていた。『じょうほう』というものが大きな価値を持ち、それを得るためには「見ること」が必要。人々は神々から授けられる莫大な『じょうほう』を各人が持つ金属板により毎日毎日得ており、それ無しには生きていけないとも推察していた。神話の時代の世界が滅んだのも『じょうほう』によるものだとも。きっとこれはそれに関わる神器に違いない。老人はそう確信するのだった。
その後、少年と老人はこの『めがね』を王さまに献上することになる。プラスチックレンズの再現は、古代魔道具の時代であってもすでに失われた技術であり、神話の時代の文献にもある『視力』なる未知の力の解明とともに多くの学者たちを苦しめることになった。この奇跡的に発見された『黒ぶちめがね』は王城の宝物庫に厳重に保管されることになり、王さまからは多額の報奨金が二人に与えられたのであった。
そして少年と老人は、その後王都で何不自由なく幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
了
しあわせの黒ぶち『めがね』 卯月二一 @uduki21uduki
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