狐の眼鏡

XX

童話にもあるけどさ

 狐の窓という呪術がある。


 手を決められた形で組み合わせ、覗き窓を作り、そこから呪文を唱えながら覗くと


 この世のものでない存在が見えるという。


 平たく言うと妖怪、幽霊、悪魔……つまり化け物だ。


「で、これはそんな複雑で面倒な手順を全部纏めた代物で、その名を『狐の眼鏡』という」


 僕はそのアイテムを手で示しながら、彼女にやっとそう説明をした。

 説明できたんだ。


 この目の前のカウンターに置いた、オレンジ色フレームのスクエア眼鏡がどういうものかを。


 僕の話を聞いた、僕の前のカウンターに座っている彼女は


「えっと、つまり」


 そう言って一拍置き


「この眼鏡を掛ければ、それが分かるんですね?」


 ようやく理解してくれたよ。

 ぶっ飛んでるアイテムなのは分かるけど、固定観念で否定ばかりしてくれて。

 正直、メチャクチャ疲れた。


 なので僕はホッとしながら


「うん。相手が人殺しなら間違いなく分かるね」


 そう言って頷いた。




 よく言うよね。

 人を殺すとその怨念が犯人に纏わりつくって。


 あれはマジなんだよ。

 人を殺したヤツは背中に被害者の霊を背負うんだ。


 彼女は悩んでいた。


 今、交際している彼氏クンが、現在指名手配を受けている男に似ている気がすると。

 その指名手配犯は……同僚の女性に一方的な恋愛感情を持ったのだけど、自分の想いが相手に伝わらないのを恨みに思い


 殺害した挙句、逃亡したゴミ人間。


 現在は整形手術をして、警察から逃げているんじゃ無いかと噂をされている男で。


 そいつに似てる気がしてどうしようもないらしい。

 かといって


「あなた殺人犯なの?」


 なんて訊けないし。


 んで、悩み抜いて、僕のところに来た。


 で、出してあげたんだ。

 僕のこの、霊的大発明を。


「……性能を確かめられないでしょうか?」


 僕の言葉を聞き、彼女はそう言った。

 まあ、当然の言葉だよね。

 彼女の性格を考えれば


 だからまあ


「じゃあ、ちょっと出ようか」


 僕らは2人、店を出た。




 そう言って、彼女を連れて来た。

 1年前にひき逃げ事件が起きた事故現場に。


 犯人はもう捕まっているのだけど。

 現場近くの電柱にはまだ、花束が供えられている。


「ここで眼鏡を掛けてみて」


 隣の彼女に、僕はそう促した。

 彼女は僕の言葉通り、狐の眼鏡を掛け


 ゆっくりと現場を見回し


「ひぃ」


 小さく悲鳴をあげた。


 ……見えちゃったか。


 頭が半分吹っ飛んだ死者の霊が。


 この事件、悲惨度がレアで。


 被害者の遺体が損傷度高くてさ。

 ここの地縛霊、見た目がヤバいんだ。


 でも、だからこそ信じてもらえるよね。


 彼女が眼鏡を外した。


 僕は彼女に言う


「……信じた?」


「はい」


 彼女は頷いた。




 そして眼鏡を貸し出し、次の日。


 彼女が僕の店にやって来た。


 そして彼女は


「彼氏は殺人犯じゃありませんでした」


 僕に眼鏡を返却する顔。

 それは何か納得いかないような顔だった。


「そう。それは良かったね。彼氏は間違いなく善人だと思うから、大事にするんだよ」


 でも僕は、そう言ってあげる。

 これは僕の本心。


「あの」


「何だい?」


 僕は答える。

 彼女は


「この眼鏡で霊を確認できなければ、間違いなく殺人犯じゃないんですよね? 彼氏の目、どうみても指名手配犯そっくりなんですよ」


 しつこいなァ。

 この眼鏡の話を切り出すときも、僕の話を何度も遮って、非常に面倒くさいことをしてくれたけど。


 1回納得した話を、また持ち出すのか。

 自分の中で「彼氏が殺人犯だと思う」が決定事項なら、自分1人で突き進めば良いでしょ。

 他人の同意を求めようとしないで欲しいのだが。


 大体、他人がくれた助力の成果に疑念を挟むのを、本人に直接言うのはどうなんだ?

 あんた、助けて貰えて当然と思ってないか?


 なんだか、少しウザったくなってくる僕。

 だから


「しつこいね。何度も言ってるだろ。人殺しなら絶対に分かるって」


 そう、少し荒っぽく返した。

 すると


「……人殺しならってどういう意味ですか?」


 そこに引っかかった。

 ……余計なことに気づくなぁ。


 まあいいや。

 なんだかムカついてきたし。


「そこに姿見あるよね」


 僕はこの店の壁に掛かっている大鏡を指差した。


 そしてこう言った。


「この眼鏡を掛けて、そこの鏡を見てみると良いよ」


 言ってやったんだ。




「ひいいいいいいい!!」


 彼女が真っ青になって悲鳴をあげた。


 やっぱりな。


 彼女、美人だけど他人を平気で疑う性格のようだし。

 他人の反応気にしないでズケズケ言う性格でもあるようだから。


 こうじゃないかと思ってたよ。


 ……今まで、結構な人数、死に追い込んでるね。


 殺人はね、別にナイフを刺したり首を絞めたり、毒を飲ませるだけじゃないんだよ。


 他人に害を与えて、死に追いやる行為が殺人なんだ。


 被害者の目から見ればね。

 それが法的にどうかなんて、関係あるわけ無いじゃ無いか。


 だから言ったんだ。

 キミの彼氏は間違いなく善人で。

 この眼鏡は人殺しが分かるってさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

狐の眼鏡 XX @yamakawauminosuke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画