今日会社休みます。
尾八原ジュージ
お題ぜんぶ盛ってみました
おれには三分以内にやらなければならないことがあった。めがねを探さねばならない。この部屋のどこかにあるはずだ――この広い部屋のどこかに。
元々はありふれた独身者向けのワンルームだった。昨日ちょっぴり内見して、安さとそこそこの広さで即決したのがまずかった。
この部屋、どこまでも拡大しているらしい。すでに昨日はなかったはずの扉が三つ、廊下が二つ出現している。
トリあえず落ち着かねば。ちょうど指にささくれがあったので、おれはそいつを爪で切り離すことに集中した。こういうことしてるとちょっと落ち着くよね――いやいや落ち着いている場合ではない。早くめがねを見つけて出かけないと仕事に間に合わなくなる。おれはまあまあ目が悪い。家事だの身支度だのは裸眼でもなんとかなるが、仕事となるとまずい。特に車の運転ができないのがまずい。
一旦振り向いた。さいわい玄関はすぐ後ろだ。このドアだけは色が違うからすぐわかる。玄関がわからなくなったら万事休すだ。なるべく目をはなさないで行動しなければ。
さて、改めてめがねを探そう。もはや買ったほうが早いかもしれないが、それでも始業時間には確実に間に合わなくなる。
おれは手近なドアを開けた。そこはバスルームだった。さっきまではなかった部屋だ。バスタブの中ではセクシーな美女がシャワーを浴びており、おれを見るとニッコリ笑って手招きをしてきた。
思わずフラフラっと行きかけたが耐えた。誘惑に乗っている場合ではない。出勤しなければ。それに裸眼だから美女に見えるだけかもしれない。
おれはドアを閉め、続けてその隣のドアを開けた。途端に顔に吹きつける風、ギラギラ照りつける太陽。そこは荒野に続いていた。
ひょろひょろした木々や褐色の岩、荒涼とした景色に目を見張っていると、地面が揺れ始めた。おれは遠くに目を凝らす。裸眼だからそう見えるのだろうか? いや、本物だ。遠くからバッファローの大群が、あらゆる障害物をなぎ倒しながらこちらに駆けてくる!
おれはドアを閉め、とるものもトリあえず玄関に走った。もうめがねとか出勤とか言っている場合ではない。このままではおれもバッファローに破壊されてしまう。玄関から外に飛び出す直前、バッファローの雄々しい角がドアをぶち破るのが見えた。
おれはアパートの外廊下に転がり出た。
嘘みたいに外は静かだ。バッファローの群れも、部屋の外へは出てこないらしい。
「危ないところだったわね」
濡れ髪に赤いバスローブだけを羽織ったセクシー美女が、いつの間にかおれの背後に立っていた。
「うわっ、あんた無事だったのか」
「もちろんよ。ヘイ
「はぁ、どうも……」
こんなモテ方をすることもあるのか……しかし驚きすぎて嬉しさがついてこない。
「素敵な殿方にいいものをあげる」
そう言って、美女(たぶん)はおれに細長い小箱のようなものを差し出した。なんと、おれのめがねケースではないか。
「バスルームにあったわよ」
「マジか! ありがとう!」
おれは早速めがねをかけた。美女は想像していた十倍くらい美女で、しかもおっぱいがでかかった。
おれは会社を休んだ。
今日会社休みます。 尾八原ジュージ @zi-yon
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